第九十三話 甲斐とエルガ
「自分の立場が分からない者の相手をするのは面倒だ。結論だけ簡単に返答をしよう、開示はしない。そして君達にはお帰り頂く」
エルガはそう言うと、先ほどまでの冷静な表情に戻った。
細く長い指を立てて、それをくるくると回しながら言葉を繋ぐ。
「予言をしよう。親犬である中尉とやらに君は呼び出され、そしてこの件は忘れるようにと言われるはずだ」
同じ金の髪を持つ二人は似ているようで、対照的だった。
エルガの白い肌は健康的ではないが、冷たく光らせる猛禽類のような瞳を持ち、獲物の次の動きを予測しているように狡猾な色を見せている。
一方で、後ろからでも感じる程に怒りで熱を帯びているシルキーは微かに震え、今は耳まで赤い。
きっとくりくりとした大きな瞳は今、目の前に座る狐を威圧しようと嫌悪感を剥き出しにして、射るような視線へと化けているのだろう。
「貴方の瞳は開いているように見えたが、眠っているのか?」
シルキーはふん、と鼻を鳴らして足を組み替える。
「……開示はしない、そう言うだけだというのにSODOMさんは話が長い。我々は一度拠点へ戻り、上へ報告を上げさせて頂きます。……恐らく防衛機関に回すことになりますがそれで本当によろしいと?」
「……では、この場で連絡を取ってみたらどうでしょう? 親犬が子犬の面倒を最後まで見てくれるとは限りませんよ」
通信機器はW.S.M.Cは使用しない。
一応用意は拠点にあるのだが、シルキーは持って来なかったようだ。
それに気が付いたのかリチャードが音声通話用のテンキーをシルキーに手渡す。
リチャード、次にエルガを睨んだ後に受け取るとナンバーを素早く叩く。
「……俺だ、中尉に繋げ。……シルキーです、ええ……何故です……!? ……っ! ……はい……」
通話の内容は聞こえなかった。
だが、こちらで起きた内容を話す前に恐らく不本意な指示を受けたのだろう。
その様子をエルガは口元の笑みを浮かべたまま見つめている。
まるで勝敗が分かっているゲームを見ているような、退屈さも見て取れる。
「『今回の件からW.S.M.Cは全面的に手を引く。至急拠点へ戻るように』」
エルガは高らかな声で言った。
「そう指示をされたのでは?」
シルキーは何も答えない。
「……せっかくお会いできたのに、残念です。良ければ最後までコーヒーを飲んで行って下さい。口に合うといいのですが」
「武器兵器を扱っている代表にしては臆病だな」
シルキーの挑発的な言葉に、エルガは眉を上げた。
「最初の応接間には盗聴器とこちらの様子を監視する機器……そして魔法武器制御装置。分からなくもないが、お次はうちの部隊に根回しとはな」
「害虫駆除を生業にしている方々には人の粗探しをしている暇は無いかと。駆除が終わる事など無いでしょう。この世界に生命がある限りは。互いに忙しい身だ、またお会いできるといいのだけれど」
「……その様子では、防衛機関も染め終わっているか? ……なるほど、埃どころかカビの根を見つけてしまったという事だ。根絶しなければ胞子を撒き散らして、厄介な事になる」
あっという間に先手を打たれてしまったらしい。
わざわざこうしてエルガがこの場に顔を出した意味は、悔しがるシルキーの顔を拝みに来ただけだろう。
傲慢で自信に溢れた彼を目の前でやり込め、部下の目の前で恥をかかせる為だけにエルガは出向いたのだ。
そうでなければ、リチャードに任せておいても良かったのだ。
上からの命令は絶対であり、完全にシルキーの負けだった。
コーヒーを飲み干してしまうこと以外に用事はもう、無い。
「……あちゃあー、もしかしなくても撤退命令ですか?」
この場に似つかわしくない声で甲斐がシルキーに話しかける。
一瞬、リチャードの眉が動いた。
「……そうだ」
「えー……どうしてもッスか? ちらっとでもダメ?」
これ以上答える気が無いシルキーから、甲斐は顔を上げてエルガに笑いかける。
「ねえエルガー、ホントにちょっとも協力してくれないの?」
場の空気が凍った。
そう感じたのは事情を知っているシェアトだけではない。
確かにシルキーがカップを揺らしている手はその瞬間止まったのだ。
「……いくら年が近いとはいえ、ファーストネームで呼ばれるとは。……シルキーさん、いくら優秀だったとしても礼儀と立場をわきまえられなければ愚かなものですよ」
酷く静かな怒りを含ませたエルガに、なんと言うべきかシルキーは頭を悩ませた。
それこそ顔には出ないが、非常に困っただろう。
「……仰る通りだ。ちなみに、我らW.S.M.Cは世界の平和と秩序を守る為に特殊案件に取り組んでいる部隊です。『害虫駆除』などした事が無い。シロアリの巣を焼き尽くす事は出来るでしょうが、ご存知無いようでしたので一応ご説明を」
「なるほど……。いや失礼、特殊部隊など売るほど関わっているものでね。覚えておきましょう。あなた方は『大切なお客様』ですから」
今のエルガの言葉には、W.S.M.Cには特殊部隊としての脅威は一切無く、あくまで一顧客としての付き合いだと強調させる意味が含まれていた。
どこまでも大きく、そして徹底した振る舞いのエルガにシェアトは怒りだけが最後に残ったのを自覚している。
「確かに旨いコーヒーだ。……また、飲みに来ても?」
「いつでもどうぞ、お待ちしております」
どちらも嘘くさい笑顔を浮かべて笑いあった。
可愛らしい美少年の笑顔と、天使の微笑み。
そこには恫喝したエルガも、嫌味の応酬を繰り広げたシルキーの姿も無い。
見送りにはリチャードが付くようだ。
エルガは掛けたまま、動かなかった。
「……気を付けて、お帰り下さい」
「あんたらが刺客でも差し向けなきゃ、無事だろうね。……おい、あいつはまだか?」
「……すぐに来ると思いますよ」
退室の際に、甲斐はお手洗いに行くと言ってリチャードに場所を聞いていた。
流石に漏らされても困るとシルキーはぼやきながら先に玄関ホールにシェアトと向かったのだが、中々戻って来ない。
「チッ……通信機器を置いて来たのが間違いだった」




