第八十九話 SODOMとW.S.M.C
「いいか、さっきの へなちょこデーモンが言っていた事を裏付ける」
シルキーは声を弾ませて言った。
へなちょこデーモン、というのはあの小さな肉塊にされてしまった者のことだろうか。
「お前たちが遊んでいる間に中尉からも許可が下りたんでね」
「あだ名のセンスがメンタルバイオレンス……! でもソドムに何しに行くんスか? それに……裏付けって?」
全くシルキーの狙いが分からない甲斐は口を尖らせている。
「相手を殺せ……って言わないとダメか? いや、命令されたことすらも忠実にこなしきれていないんだったな……。可哀想に。トロールといい勝負だ、雄のトロールへ嫁にでも行ったらどうだ?」
トロールが何か分かっていない甲斐だが、馬鹿にされているということは分かったらしい。
「いいか、あいつは武器をSODOMから調達していたと言っていただろう。証言は映像記録も残してあるし、ネオがまめに拠点へ送っていた記録にも武器庫の内部写真も入っている」
ここでぎくり、と甲斐が身を揺らしたのは自分のミスで何もかもを爆破してしまった事を思い出したからだろうか。
「分かるか? SODOMからさっきの武器商人へ、そして反政府勢力へと流れていたんだ。これは叩けるぞ。SODOMの弱い部分をつついて、こちらへ武器を流しやすくしてやるんだよ」
そういって笑うシルキーは邪悪な笑みを浮かべている。
弱い部分を決してシルキーには見せてはいけない事が分かる。
腕組みをして、非常に難しい問題に取り組むような表情の甲斐はようやく頭の中で導き出した結論を口にする。
「……って事は……ソドムが悪の根源だった……ってこと? でも、そんな悪い奴らに売るつもりもないし…買った武器をその後誰に売るとか、譲るとか想像できないんじゃ……」
「知らなかった、で済まない事もあるだろう? それに、そういったものを売っているなら尚更相手がどんな人物でどこと関わっているのかを理解しておかないと! こうやってつつかれるんだ」
シルキーがピッ、と指を甲斐に向けて弾くと甲斐の額に小さな光の玉がゆっくりと近づいていく。
そして目の前に来た途端、甲斐の髪の毛が一斉に引き寄せられ、触れた瞬間焦げ臭い匂いがした。
「げっ! もう! 女の髪は命ですうー!」
「……どこに女がいるんだ? どこに?」
ここに来てから、話しているのはシルキーと甲斐だけだった。
「……でも、私達って正義の味方なんですよね……?」
「世界に脅威をもたらす者は全て排除するだけだ。そんな大義名分が無いと、どの国でも仕事がし辛くなるだろう? あいつらが武器を売るのが悪いか? いいや、そうじゃない」
ふん、とシルキーは鼻を鳴らす。
「そんな事を言ったら俺達は殺人鬼だ。それも集団のな。逮捕される殺人鬼と何が違う? 何の罪も無い女子学生を自分の好みでチョイスして墓に送っているか? 好みのタイプだからと家まで特定して、ケーキを持って惨殺してから食べさせているか?」
「答えはのーう!」
甲斐が意気揚々と答えたが、話の腰を折られたと思ったのかシルキーの手が嫌な光を帯びる。
「なんでもないでーす、続けてくださーい」
「……俺達は世界に牙を剥く者にしか刃を向けない。だが、悪党にも金があれば喜んで魂すら売り渡すような奴らはどうだ? 欲するままに無条件で与えて良いのは優しいママがガキの口に放り込むキャンディだけなんだよ」
大仕事の手柄を前にシルキーは饒舌だった。
お荷物呼ばわりをした二人を連れて行くというのに、興奮を抑えられずにいる。
「……それで、あの、あたし達はソドムで何をしたらいいんスかね?」
「……雑用だな」
「ザツヨウ? ん? 専門用語……?」
「犯人が確かにSODOMから購入していたという証拠を見つけろ。勝手に歩き回れという意味じゃない。購入者の履歴を確認したり、不審な動きがあれば注意しろ。絶対に隠ぺいさせるなよ?まだSODOMには何の件で査察に行くかは話していないんだ。向こうも動きようがないだろう。化かし合いに勝ちに行くぞ」
さらりと言ってのけたのは雑用にしては重い任務だった。
「……以前の犯人達へ売った証拠があったら……SODOMはどうなるんですか?」
痺れが引いて来たのか、口を大きく開けるようにして声を出したシェアトに注目が集まる。
シルキーは手を叩いて笑い出した。
「『A.今の代表が厳罰を受ける』だろうな! ははは!」
一言にまとめ上げたが、やはりSODOMは危ない線の仕事も多くあるのだろう。
そしてシルキーは性格が捻じ曲がっているせいか、SODOMという大企業の弱みを握れたことが嬉しくて堪らないようだ。
「そのトリガーが俺達なんだ! 世界が揺れるぞ! しばらく営業も出来ないだろう! ははは! 久しぶりに酒が旨くなりそうだ!」
可愛らしい風貌に似合わず、豪快に笑うシルキーに甲斐は顔をひきつらせた。
「……シルキーさん、ソドムに何か私怨でもあるんスか……?」
「いや? ただ、叩いて埃が出るんだ。だったらまるごと綺麗にしたくならないか?」
にこっと笑ったシルキーは甲斐が今までに見た子供達の中で、一番可愛らしかった。
この仕事が成功すれば、待っているのは昇進だろう。
任務を遂行するだけでなく、その根を探して絶やそうとする。
彼が評価されている理由を見せつけられたような気がした。
× × × × ×
最強クラスの防衛網で覆われたSODOM。
これだけの世界的企業だというのに支店や代理店は無く、本社のみで営業を続けている。
連絡先を探してもどこにも無く、アフターフォロー用の通信番号が掲載されているだけだった。
ここに連絡をしても、所詮マニュアル通りの受け答えをする人工知能がいるだけだ。
この通信番号のセキュリティを突破し、SODOM本社の場所を探ろうとした者もいる。
結果として彼らが目にしたのは広大な宇宙のずっと先を指し示す結果だったはずだ。
この武器・兵器研究開発を行っているSODOMはこれまで一度だって求人も出さず、顧客をどうやって掴んでいるのか。
その全てが創立当時から謎に包まれている。
世界中の国がこぞって新兵器を開発したとニュースで報道される事もあるが、結局はSODOMに莫大な資金投入をして開発を依頼をしているのだから分からないものだ。
各国が独自の技術で開発を行った体にしていないと、恐らくSODOMとしてもどちらの味方なのか等と面倒事を背負わされる事になりかねないからだろう。
この世界中でSODOMの名を知らぬ人間はいない。
魔法が使えぬ人間の方が多いこの世界で、彼らが力を手にするには武器が必要不可欠だ。
目を覆いたくなる場面にも、涙を流して喜ぶ場面にも、これまでの全ての歴史の中にSODOMの名は刻まれているとまで言われている。
しかし兵器開発だけでなく、教育機関への資金援助や災害時の物資輸出も迅速に行い、惜しむことなく財力を、いや力を注ぐ彼らを人々は恐れ、そして敬った。
× × × × ×
「……本社でっっか……! もうこれみよがしだね……」
そびえ立っているSODOMの本社ビルはとんでもない場所に建っていた。
どこを見渡しても一面が草原で背景には山脈。
山から流れついた小川は段々と大きな川となり、反対側にある海に繋がっている。
ここら一帯には民家や他の高層ビルなど一つも目に入らない。
田舎というよりも、未開拓の土地の中にSODOMのビルがワープしてきたような錯覚に陥りそうだ。
「ここ……どこなんだ?」
「ふん、狐の住処が知りたいか? どうせどれもこれもまやかしだ」
前を見ずに歩いていた甲斐は、シェアトの問いに答えたシルキーが足を止めたのに気が付かなかった。
思い切り見えない壁にぶち当たり、弾き返される。
「……大丈夫か!? おい!」
「痛いなんてもんじゃない……! めっちゃなんかに押された……! 腹立つぅううう!」
シェアトが甲斐を引き起こしているのを、シルキーはまるで見えないらしい。
『照合します、両手を前に出して目を開いたままお待ち下さい。……お約束のシルキー・オンズ様ですね、生体反応も確認できました。体毛を一本、又は血液一滴頂けますか? 貴方が『成り済まし』ではないという事を確認させて下さい』
素直に髪の毛を一本引き抜くと手に乗せた。
するとどこからか光が差し込み、髪の毛は消える。
シルキーは許可されたようでさっさと先へ進んでしまう。
痛い思いをした上、置いて行かれた事に甲斐が憤慨している。
「ちょっ……あんのドチビ……! ダーツの矢にして投げたろか……!?」
「お前もそんなに身長変わんねぇだろ……! 落ち着けって!」
二人もセキュリティチェックをパスしてシルキーの後を追う。
髪の毛を提供する際、むしゃくしゃしている甲斐にシェアトは数本力任せに引き抜かれた。
その頭皮が痛むのかシェアトはまだ頭を擦っている。
「お待ちしておりました……」
眼鏡をかけた男性が小さな声で挨拶をすると、対照的にシルキーが堂々たる声で名乗る。
「W.S.M.Cを代表して来たシルキー・オンズだ。我らの前で隠し事など不可能だと考えて頂きたい。……出迎えが君のような眼鏡の冴えない男とは……、はぁ。美貌だけの女をあてがって相手の心を懐柔しようとするような小細工は無しか、まあいい」
「その方が相手に対して無礼なのでは、ミスターシルキー? ……申し遅れました、リチャード・アッパーです」
背が高く真面目そうなリチャードは、好戦的な瞳でシルキーを見下げる。
アッシュグレーの髪は斜めに分けられ、長さのある部分は後ろに流しているようだ。
斜めに睨みを利かせるシルキーと暫し見つめ合うと、甲斐達の自己紹介を聞かずに背を向け、中へと入って行く。
彼に付いて行くしかないようだが、シェアトは最早波乱の匂いを感じていた。




