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第八十七話 必要なのはグロ耐性


 一突きで男の体が傾いた。


 貫かれた足は血を噴き出して二、三度大きく震えた。

 そしてとうとう、男は膝を付く。


 やっと自由になれたネオはその隙を逃さず、男の顔に向けて真空波を撃ち込んだ。

 甲斐とシェアトは上から重い一撃を体重を乗せ、男の広い背中へと叩き込む。

 ダメージがあったかは不明だが、二人がかりでの衝撃は堪え切れなかったようだ。


 床に這いつくばるようにして倒れ込むと、すかさずシルキーが男の四肢に氷柱を突き立てた。

 それは杭代わりとなり、男はとうとう床に貼り付けになった。

 

 指示があればいつでも攻撃しようと、それぞれ銃と拳を構えているシェアトと甲斐。

 彼らを手を上げて制したのはネオだった。

 そして、一本の長い光を男に這わせると大まかに巻き付かせた。




「『後付け』の割に中々やるな。俺は今回の任務のリーダーだ。どうだ、うちで働く気はあるか?」




 予想外の言葉に、驚いたのはこの大男だけではない。

 甲斐は口を開き、明らかに文句を言おうとしていたが、即座に顎をシェアトに閉められてしまった。


「……働くぅ? 仲間も、家族も奪ったテメェらと一緒に働くだと……?」


 男も半信半疑どころか、ほとんど疑っているようだ。


「そうだ、反政府勢力に肩入れをしていたとはいえ……武器商人としてここまで大成したのは驚かされた」



 シルキーの言葉は少しもバカにした風には聞こえない。



「元は一個人だったはずのお前が仲間を集い、ここまで武器を仕入れたテクニックも評価に値する。……本当に使える武器なのかは知らんがな」

「……ふん、銃やちゃちな武器以外はモノは確かだぜ。戦車は中古だがRPGやデケえもんは新品だ。SODOMは客の審査なんざしねえ。金を積めりゃあそれでいい」


 褒められて気を良くしたのか、今後の身の振り方を考えたのかは分からない。

 ただ、男は磔にされた状態で首を横に向けて答え始めた。



 予想外の展開に甲斐とシェアトは顔を見合わせた。



 どういう仕組みか分からないが、至近距離で炸裂する砲弾並の威力が無ければ傷一つ付かない男は部隊にいれば確かにネオと同じアタッカーになれるだろう。

 しかし、その思想たるや世界を変えようとして武力を集めた危険なリーダーである。

 仲間になったところで確実に部隊を裏切るだろう。

 それどころかこの男は『殺すよう』言われているのだ。


 シルキーが命令違反をするとは、一体どういう事なのか。

 こういったスカウトが日常茶飯事なのだろうか。


「そうか、じゃあ残っている武器は使えそうだな。『後付け』をした仲間は他にいないのか?こっちも見てのとおり人手不足なんだ、誘える者がいれば助かるんだが」

「……『後付け』してもらいに誰かと肩組んで一緒に行くようなバカはいねえよ。施術したセンセーにでも聞きゃあ使えそうな奴は見つかるかもしれねえが……おい、いい加減これを外してくれ。さっきから手足も痛むわ、体が窮屈だ。アンタら四人にはもう何もしねえさ……」

「ああ、悪い。そうだな……おい、ネオ」



 ようやく解放される。と男が安心したのが分かった。

 このやり取りを微笑ましく見ていたネオが前に出て、血だらけの腕をかざす。



「これから俺はアンタらの仲間って訳か……。その前に裁判でもすんのかい? ……まさか地雷原に置き去りにして死ぬまで歩けなんて言わねえよな?こう見えても痛ぇもんは痛ぇんだぜ」

「まさか、そんな事はしないさ。俺達の部隊をなんだと思ってるんだ?」

「へへ……冗談だ……。俺は恩は返すぜ……殺したいほど憎いが命を救われた恩はな……」



 急に男の表情が固くなった。



「おい、締め付けが強くなってるぞ。なんか間違えてねぇか?」

「死ぬかどうかも分からん場所にお前みたいなゴミを放してやる訳ないだろう?」


 

 シルキーが天使の笑顔を浮かべて告げる。



「恩を返す? 猿がバナナを人間に差し出す行為の事か? そんな物はいらないんだよ。締め付けが強い? 後付けのお前には出来ない芸当だろう。この魔法は時間が掛かるんだ。実戦向きではないが、ネオはこれでも誰より早く完成させられる。光栄だな!」

「何を……何を言ってやがる……?」


 男の体全体に丁寧に巻き付いた光の糸は隙間なく彼の体を包み込んでいく。

 困惑している彼の瞳に映っているのは、ほんの数秒前まで責任感が強く、誠実な瞳をしていた部隊の小さなリーダーでは無く、下卑た笑いを浮かべ、上手く話に乗せた事を喜んでいる汚れきった瞳の美少年だった。


「貴様が我らW.S.M.Cの拠点に入れるならば、それはきっと下水管の清掃業務を請け負った時だろうな。情報をどうも、ミスター。まあ、信憑性に乏しいからこちらで調べさせて裏付けさせてもらおう。お前が生き永らえたこの数分間はどうだった? 『希望』や『明るい未来』とやらが見えたか?」

「やめろっ……おい! このっ……クソ野郎! ちきしょう! くたばれ!」


 とうとう頭の先からつま先まで黄色い光の繭にすっぽりと覆われた。

 ネオが徐々に開いた指先を握る様に折っていくと、男の体が四方から縮められていく。

 耳をつんざくような悲鳴があがり、その途中途中で骨が砕け、肉を突き破った音が聞こえる。


「アッハッハッハ! どうした、頑張れよ! 自慢の肉体なんだろ!? さっき大人しく斬られておいた方が楽だったんじゃないか? 仲間と家族を殺した俺達を憎いと言ってたっけなあ? お前達のせいで何百人死んでると思ってる? そいつらに家族がいないと思うか……もしもーし? 聞こえてますか~?」

「もう聞こえてない……っていうか、この世にいないかもね。僕の両腕、感覚が無いし左腕は上げ下げも出来ない。も~、またヴァルちゃんに酷い治療されるよ~……」



 ネオとシルキーは二人で笑い合っている。



 大男がシルキーよりも小さく圧縮された頃、シェアトが白目をむいて倒れた。

 甲斐はこの二人との接し方を考えるのが今日の課題になりそうだ。




「シェアトは暇さえあればグロい映像見てりゃ大丈夫そう……よし! あたしも頑張んないと!」




 甲斐がシェアトの腕を掴んで背中にもたれさせた。



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