第八十六話 特攻・ネオ
荒々しく吠え続ける男の姿が現れるまで、一秒も掛からなかった。
脱ぎ捨てたローブは七色のグラデーションを波打たせては配色を変えている。
顔の部分もフードから繋がっており、大男一人を隠し通せる大きさのステルスがかけられたローブは最新の物らしく、影すらも打ち消すようだ。
作戦会議の際に写真で見た通り、彼の左半分は悪魔の刺青は施されていた。
悪魔など見た事も無いのに、これが悪魔だと分かったのはその刺青の妙な生々しさとこの世には存在し得ないだろう邪悪さを感じたからかもしれない。
半分は怒りに震える人間の顔、もう半分は耳まで裂けた口と吊り上がった目をいやらしくゆがめて笑う悪魔の顔。
スキンヘッドなのはこの悪魔の為なのか、それとも元々の趣味なのか。
見せつける為か上半身は服を着ずに、下半身だけ妙に細く光沢感のあるパンツを履いていた。
靴も無く、ただ左足が異様な色をしているので本当に体の半分を悪魔にしているらしい。
「俺は大事なSODOMのオキャクサマだ! お前らがこうして俺の仕事の邪魔をしに来た事を知ればただじゃ済まねえぞ」
「あーいい、いい。もう話すな」
後ろに捨てたローブが燃え始めたのに男が気が付いた時、片手を追い払うように振っていたシルキーが飛んだ。
パキッと心地よい音が聞こえる。
強化したシルキーの足が男の顔を捉え、砕く。
だが、違和感を感じたのかシルキーは足を掴まれる前に距離を取って着地する。
男は澄ました顔で自らの手により、外れた顎の関節を治すと首を鳴らした。
「ん~? ……効いてないなあ、普通ならあれで死ぬのにね。僕にもやらせて!」
使えなかった事を気にしていたのか、再び日本刀を腰に添えてネオも参戦する。
同じように姿勢を低くして、今度は止めずに一気に振り抜く。
何かおかしい。
音が、何かとても固いものがぶつかったような鈍い音だった。
そう、やはり男には傷一つ付いていない。
瞬時に身を引いたネオは鞘に戻す前に刀の刃を確認すると無残にも刃こぼれを起こしていた。
ネオの召喚した刀の強度が、男に負けてしまったということだろうか。
「ええ~……もうなんだよー。カタナに期待してたのにー」
うずうずしていた甲斐は、いつ入ろうかと機会を伺いつつも動けずにいるシェアトを置いて走り込んだ。
「カイ! ……ったく!」
「へっへっへ、思いっきしめいっぱい、フルパワーで……」
男の腹目掛けて燃える拳を振りかざし、力一杯殴りつけたが跳ね返された。
床を縦に横にと回転した甲斐は一度大きくむせ込んでから、起き上がる。
「う、うわっ……! マジで!? なんこれ! さっき壊した階段よか硬いじゃん! 筋肉って凄い!」
口に溜まった血を床に吐き捨てた男がシルキーの攻撃をかわす事無く受ける。
シルキーの得意とする雷、容赦のない斬撃、全てを巻き込もうとでもいうような規模の爆弾、全てをもってしても男は立ち続けている。
「……もういいか? 俺はヒトであることを辞めた。魔法が使えたってこれだ……。テメェらみーんなここで死ぬんだよ!」
彼が手に持っているのは砲弾だ。
どこから、いや、召喚したのだろうか。
どれほどの威力なのかは甲斐は一足先に目の当たりにしている。
顔が引きつった甲斐をシェアトが引き戻す。
緊迫した場面―だと思ったのは新人二名だけのようだ。
パチパチ、と拍手が聞こえる。
そう、相変わらず空気を読まないのはネオだった。
「良かった良かった! 今日はアタリだ!」
「始まった……誰がお前を連れ帰ると思ってるんだ!」
ネオが挑発的にゆったりと男に向かって歩いていく。
大きな腕で、男はそれに応えるようにネオに向けて砲弾を投げる。
向かい来る砲弾に向けて腕を伸ばしたネオは風で捕らえ、そのまま男に向けて風向きを変えた。
受け止めようとする男の目前で、ネオが空気砲を砲弾に撃ち込む。
「度胸試しなら大好きだ!」
爆風に乗って砂埃と床の破片が舞う。
離れていたはずの甲斐とシェアトまで熱風に晒され、吸い込んだ空気が熱くむせ込んでしまった。
アイコンタクトを取り、力を合わせて盾を作りどうにか呼吸を落ち着ける。
煙が邪魔でネオの動きが見えない。
ネオはその時、笑っていた。
爆風で押し返されぬように風を操り、男に向かって強風を吹かせた。
そして脚力を強化、風の波に飛び込み、後は流れに身を任せる。
頭部だけを守るようにして最低限の防御を展開させ、そのまま突っ込んでいく。
手には新しく召喚した刀の切っ先を真っ直ぐ男の腹に向けて差し込むように狙いを定めている。
誤差が無いように片手を刃の上に添えた。
焼けるような熱さに手が酷く痛むがそれがネオを高ぶらせていく。
距離がどんどんと近づいていく。
そしてようやく前傾姿勢で両腕を交差させ、ガードしている男が見えた。
砲弾の破片が肌に突き刺さっている。
「自慢の肉体もこの威力は予想外ってことかい!? いいね! 攻め込む価値は十分だ!」
刃先が触れる寸前で、男は刀ではなくネオの構えた腕を掴んだ。
鍛え上げた筋肉の軋む音が聞こえそうなほどに力を込め、実に男の腕と比べて半分以下の細さの腕を両側から圧して潰そうとしている。
「いたた……凄いな、万力みたいだ。ああ、もう少しで折れるね」
男は少しだけ、恐怖した。
ネオは痛がるふりをしているのではないだろうか。
そうでなければ腕の筋組織、中の脂肪層が全て壊され、皮膚が裂け始めているというのに笑っているのはおかしいだろう。
「シルキー! 一定以上の力なら効くみたいだ! さっきの雷からしてそうだけど対して魔法が得意じゃない! 多分『後付け』だよー!」
骨が軋み、握られている腕に血液が巡らず指先が冷たくなっている。
男の爪が服を裂き、食い込み、痛みにしてはどこか遠く感じる感覚の中でネオはシルキーへ情報を伝達した。
加減を知らぬ子供が親にじゃれついているような反応が癇に障ったのか、息を深く吐きながら一層力が強まっていく。
男を焦らせているのは、ネオの笑顔と乱れぬ呼吸だ。
「……だそうだ。今の砲弾クラスの力を出せよ。否定的な意見なら便所にでも流して来い」
シルキーは背中を向けたまま二人に告げると、ようやく見えた我慢比べを続けているネオの元へ走り込む。
付いて来い、という事だろう。
「後付け、ってなんじゃらほい?」
「さあな……行くぞ!」
無抵抗に見えるが、刀を捨て笑顔で男と向き合うネオの腕はまだ無事なのだろうか。
全力で抗わなければとっくに腕はもぎ取られていただろう。
恐らく、あれでもまだ防御魔法を相手に分からない程度にかけているはずだ。
だからこそ、あと少しで相手はネオに止めをさせると思い、離さない。
その勘違いが、隙を生むのだ。
シルキーは素早く男の後ろに回り込むと防御に力を振らず、右手を鋭い氷柱で包み込んだ。
狙うは標的の体の部位で最も細いであろう足首だ。
「床の味を教えてくれよ、甘いのか辛いのか……それとも苦いのか!」




