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第八十五話 追い詰められた『王』


 シルキーのいる管制室へ三人が到着したが、一向にシルキーはこちらを振り返ろうともしない。

 ネオがにこにこと笑いながらシルキーの横に立った。


「シルキー、シェアト君を殺さなかったんだね。偉い偉い」

「触るな、死にたいのか……?」


 頭に伸びてきた手を強く叩いた。

 叩かれたネオは肩をすくめ、甲斐とシェアトに舌を出して笑う。

 小さいシルキーは椅子の上にあぐらをかき、表示されるパスワード入力画面を凄まじい速さで入力して突破していた。













「おお……やっぱり元気そうだねシルキーさん……。実は致命的な怪我を負ってたり、毒攻撃とか食らってない?」

「あんなただの武装集団にシルキーさんが攻撃貰うワケねーだろ……」


 甲斐の疑問は半ば希望である事にシェアトは気付いていた。


「喋るな、気が散る。あと動くな、気に障る。大人しくその辺で前世の芋虫の真似でもしてろ」

「……はぁい」

「一応言っておくが、やめろよ」



 甲斐が床に寝転がろうとするのをシェアトが止める。



「どう?ここで二階は行き止まりなんだけど。地下の更に下もあるのかな?」


 

 ネオの問いかけに、シルキーは答えない。

 代わりにようやくタイプ音が止まり、この施設内の設計図が表示された。

 ネオはシルキーに無視されたことを気にするでもなく、当然のようにそれを手元に引き寄せて拡大していく。


「あった、三階だね。ここから移動するような時間は無かったはずだし、キングにはもう部下もいない。袋の鼠だ、行こう」

「……でも階段はこの階までしかなかったよね? 屋上を三階っていうの?」

「いや、もう一つ階があるみたいだよ。隠し階段を探すのも面倒だから直接行こうか」

「……直接? ネオ、直接たあどういうやり方で行くんだよ?」

「ふふ、お楽しみだね。カイちゃん、ほら早く」



「……運が良ければ一発で仕留められるな」

「あれあれ、また譲ってくれないの?参ったなあ、これだから君と出るのは嫌なんだよ」



 全員を一度管制室から出してネオが中へ戻る。



 念の為ドアを閉めたが、徐々にガタガタと激しく揺れ出した。

 轟音と共に、外開きだったドアは蝶つがいごと中へ変形しながら引き込まれる。

 シルキーは壁に寄り掛かったままびくともしない。

 訳が分からない甲斐とシェアトは巻き起こる風に耐え切れず、通路から管制室へと体が引っ張られ始めた。



「なんっ……はぁっ……息できな……!」



 呼吸すらままならず、かといって掴まるような場所も無い。

 甲斐が吹っ飛ぶ直前、嫌な笑顔を浮かべたシルキーが楽しそうに口元に手を当てながら話しかけてきた。


「重力を倍でかけたらいいだろう、馬鹿なのか? ああ、馬鹿だったな」

「そーゆーのは……先に……あああああああああ」



 シェアトよりも先に甲斐が部屋へ引きずり込まれた。

 中へ入って分かった。


 これはネオが大きな竜巻を起こし、天井を巻き込んで壊しているということ。

 そして部屋へ吸い込まれて来たのは甲斐だけではないということ。

 その中には瓦礫なども含まれており、非常に危険だと言う事だった。



「ああ、そっかー。シルキーじゃあ対策とか教えてくれないよね。まあ一人ずつなら上がれるしこのまま先に行っておいでよ」



 呑気に竜巻の外側を回る甲斐を見ながらそう言うと、すぐに威力を弱め、天井に開いた穴に甲斐を風に乗せて運ぶ。

 散々回され、挙句突風に煽られ、成す術がないまま未知の三階へ放り込まれた甲斐。

 胃の中身がひっくり返り、今にも口から元気に飛び出してきそうだ。

 こうまでされて、ようやくネオが人として必要な、優しさや思いやりの部分を持ち合わせていないと気が付いたようだ。



「よしっと! クリアー? カイちゃーん?」


 

 ネオはいい仕事をした、とでも言いたげな顔で甲斐の応答を待つ。

 返ってきたのは壊れた天井から砂埃が音を立てて落ちる音だけだった。



「あれ……まあいいや、行けば分かる事だ。二人も送ろうか?」

「……誰に言ってるんだ? 向こうにある死体でも手土産にしてやろうか?」



 軽く膝を曲げるとシルキーは三メートルはあろうかという高さまで飛び上がり、入り口に捕まるとそのまま体を持ち上げて入り込んだ。



「……すいません、ネオさん……俺に翼が無いばっかりに…」

「いやいいよ、 シェアト君なら翼があっても上手く飛べそうにないし」

「……普段冗談言わない人の冗談って深読みしちゃいますね……」

「はいはい、いくよー」

「うおっ!?」



 甲斐と同じように荒くシェアトを上へ送ると、最後にネオがシルキーと同じ要領で三階へ入り込む。



 そこはただ広く、何も無い空間だった。

 ドアや階段、テーブルも椅子も無い。

 ただそれは恐らくの話だ。


 広い空間には壁に掛けられた蝋燭が等間隔であり、薄暗い。

 少し離れてしまうと人の表情など見えなくなってしまう。



「……誰も、いないのか……?」



 シェアトのその問いに答えぬまま、シルキーとネオが閃光弾を放った。

 光の尾をなびかせながらこの空間を飛び回ると、通り過ぎた所から汚れを落とす様に明るくなっていく。






「……人んちで勝手をするのはやめてくれや」






 地響きのような声が響く。

 何も無い部屋の中で反響し、やがて消えた。



「危ないよ」

「ん? 何が……」



 甲斐は両肩を後ろから掴まれ、ネオの方へと引かれる。

 誰もいないはずの空間に上から大きな稲妻が走った。

 カーペットが敷かれているが、雷の落ちた場所が黒く焦げている。


「うっひゃあ……なんで分かったのなんでなんで!?」

「なんでって……カイちゃんの顔のとこの髪の毛、上がり始めたから。自然の起こす落雷なら運が良ければ生き残れるんだけど、これはどうかなあと思って」

「自然の現象だったとしても教えてね!? ネオ!?」


 一連の流れを見ていたシェアトは自分の近くにいるのはシルキーだと気付き、大声で喚きたてる。


「ネオさん! 俺の事もどうかよく見ていてください!」

「うっせバカ! その分あたしを見る時間が減るとあたしが死ぬ確立が上がるだろが!」




「死ぬのはみ~んな一緒だから、寂しくねえよ」




 今度は威力が強く、範囲の大きい雷が離れた場所に立つシルキーを除いた三人に落ちた。

 ネオはシェアトの襟を掴んで引き寄せ、盾を上に展開させて防ぐ。



「これだけ明るいのに影も落ちない、か。良いモノ使ってるなあ、それもSODOM?」


 普通の調子でネオが話しかけると、男が答える。


「そうだ、お前らは細々とやってる俺達の仕事が死ぬほど気に食わねえみてえだなあ……」

「……ああ、知ってるかもしれないけど君のファミリーはみんな死んだよ」


 男の沈黙は怒りを帯びている。

 だがまだネオは黙らない。


「それで質問なんだけど……さっきの『死ぬのはみんな一緒』、って自分自身に言い聞かせてるんだよね? だったらいいんだけど」

「……けど、なんだ? 言ってみな、聞く耳はまだあるぜ…」

「僕達に言っているなら、 ユーモアのある人だなあ……ってね」





「そんなにグチャグチャにされてえかあああああ」





 砲弾を撃ったような怒声は甲斐とシェアトを怯ませた。

 ネオはテレビに好きな芸能人が登場したように口元を隠しながらも笑いが見えていたし、シルキーは首の後ろを掻いていた。


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