第八十四話 合流
甲斐とネオはようやく階段のある地点に着いた。
上がって行くと甲斐とシェアトが突入した地点で、少年が倒れている。
二階を目指して二人は足を早めた。
至る所に死体があり、重なる様に倒れている。
ほとんどが出血も見られず、まるで眠るように息絶えていた。
「二人が近くにいるね……どれもシルキーが相手にしてるみたい。シェアト君、無事だといいんだけど」
シルキーと共に行動しているはずのシェアトの痕跡が見られない。
しかし特に甲斐は心配そうには見えなかった。
「さあ、今度は向こうに折り返すよ」
「はいよー。シェアト、あたしが死んだと思って抜け殻になってたりして」
「だとしたら、シルキーが黙ってないだろうね」
何かを思い出したのか、ネオは困ったような声で言う。
抜け殻になったシェアトを、あのシルキーが心配したり、励ますはずがない事は甲斐にですら分かった。
「それに初任務で心が折れちゃう子、珍しくないから」
「そうなの? いやまあ、あたしだって何も感じてないって言ったら嘘になるけどさ」
「うん、だから体験制度を設けているんだけどね。やっぱり体験の時点だと緊張感とか、先輩に良く思って貰おうっていう気持ちが強いのか、案外平気なんだよ。でも、いざ任務ってなると今度は自分自身と対話していかないといけないでしょ?」
甲斐は自分自身との対話、と言われていまいちピンと来ていないようだ。
「みんな根っからの殺人狂って訳でもないなら、子供を抱いた女性を殺す時とか……心が痛んだりさ。はたまた見逃そうとしちゃったり、混乱して仲間を手を掛けようとするのも珍しくはないよ」
「だからシルキーさんもネオもアレなんだ。納得、折れずにぐねぐねしなり続ければこうなっちゃうのかあ……。人生考えちゃうわ」
話しながら、開いたままにしてあるドアの中を一応確認する。
背後の警戒は甲斐が担当して、部屋にネオが入ると入り口で待つ。
「クリアだったよ~。 でも心が折れた時に運悪くシルキーとペアだと下手したら死体の中に混ぜられるからねー、ははは!」
「あっはは! 話変わるけどネオ、紙とペン持ってる? 退職願って誰に出すんだっけ?」
「まあまあ、カイちゃんには無縁の精神状態だから大丈夫だよ。……おっ、なるほどね」
嬉しそうに出て来たネオは何やらドロドロとした物が付着している弾丸を手に乗せている。
「……なに、それ……汚いんだけど……」
「これ、たぶんシェアト君が撃った弾だよ! いやあ、女の子相手によく何発も撃てたねー。けっこう楽しむタイプなのかな?これ、初任務のヘッドショットだから記念に持って来たんだ!」
「ヘッドショ……うおええええ! なっ、ほじくってきたの!? それどうすんの!? 食うの!?」
「食べないよー。カイちゃん、発想がサイコパスだよ!」
「シェアトの名誉のために言わせてもらうけど……一撃じゃないのは躊躇ったんだと思うよ……」
ネオは嬉しそうに対魔法ベストの数あるポケットの内、左胸に弾を入れて何度か叩いた。
中で金属がぶつかり合う音が聞こえたのは気のせいだろうか。
× × × × ×
「……もう動いている者はいないな。流石にボスの部屋までカメラは仕込んでいないか。ふん、 あんな汚ぇ面した中年オヤジを監視してもつまんないよな」
「シルキーさん! カイとネオです! 良かった! 生きてたんだな!」
管制室には一面にこの施設内の映像が流れていた。
指令を出していたであろう役割の人間は慌てて退却したのか、無線装置が投げ捨てられている。
「……チィッ! お前には俺を不機嫌にさせる任務があるのか?」
「ここからなんか合図とか送れないんですかね……、あいつら全部屋確認してるからこっちに来るにも時間掛かるでしょう」
嫌味に反応出来るほどシェアトは冷静ではないらしい。
照明の無い部屋でモニターの青い光が二人の顔を照らしていた。
「直線の通路なんだからここから出れば話が早いんじゃないか?……オススメはしないがな」
「なるほど! 流石ですね! ちょっとじゃあ、俺がひとっ走り行ってきます!」
飛び出して行くシェアトをシルキーは止めなかった。
どの状況で、何をしたら、どうなるのか。
身をもって知ってみたらいい。
「何事も、経験……ってやつだな」
残ったシルキーは黙々と管制室のレバーやスイッチを観察して微妙にいじりながら、どこにボスのいる部屋があるのかを探し始めた。
この騒ぎだ、とっくにこちらの侵入に気が付いているはず。
しかし何の動きも無く、逃げ出せるような時間も無かった。
まだこの施設に息を殺し、目をぎらつかせて潜んでいる。
まるで、見つけてみろと挑戦するように。
「……もういいかい? ……かくれんぼは見つかると、鬼に食われちまうんだったか?」
× × × × ×
「……九時方向に敵はっけーん、一名!」
「ホント!? いやー取りこぼしの無いシルキーの仕事に嫌気が差してたとこなんだ……。悪いけど、貰うね!」
部屋に入ったばかりのネオは心底嬉しそうに走って来た。
そう言うなり、脚力強化だけでは補えないであろう速度で一直線に向かって行く。
狙うのは頸動脈。
手を下にして日本刀を鞘ごと召還する。
「……あれ? あれって……ん~……? ごめんネオーー! それシェアトーーー」
今正に鞘から抜き放った。
びたりと首に当てられた抜き身の刃をシェアトは避けられなかった。
甲斐がこちらに気が付いたと思った時に部屋からネオが飛び出し、消えた。
そして見えたと思ったら彼の手には刀、首筋に感じるのは細い冷たさ。
どうしていいか分からず、小声でネオの名を呼ぶ。
「ネオさん……ネオさん……俺あの……しぇあと……シェアトです……ネオさんっ……」
細められているネオの瞳は、冷たかった。
「なんだ~、ごめんごめん。でも危なかったよ、敵の顔なんて正直一々見ないから」
武器召喚を解除して爽やかに笑うネオは残念そうに見える。
大声で笑いながらこちらに駆け寄って来るのは甲斐だ。
「ぎゃっはは! ごめんごめん! ぶっはっは! 死ぬとこだったね!」
「……階段で罠に掛かったのは確かに俺が悪かった、でもな! 俺を敵と判断したのはお前だろ!? ふざけてんだろ! なあ! フレンドリーファイアで死ぬのはごめんだ!」
「ふれんど……? 今は斬られそうになってたんだよ、シェアト」
「カイちゃん、フレンドリーファイアっていうのは味方からの攻撃の事だよ」




