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第八十三話 ネオと甲斐・ぽんこつコンビ


 女が踏み込んだのが分かった。

 たった一歩、それだけでシルキーの背に冷たく光る刃を突き立てる事が出来る。


 何かを考えるよりも先に、シェアトの体は動いていた。


 手にしていた玩具が床に落ち、また軽い音を立てる。

 玩具の代わりに握っているのは拳銃だった。



 引き金は軽く、召還武器にはその反動も重さも無い。



 最も単純な、照準を合わせる為に付いているフロントサイト。

 そこへ、本当はシルキーが入り込む予定だった。

 だが、真っ直ぐ捉えたのは彼女だけで消えたシルキーに驚いているのが分かる。



「おいおいおい、目を合わせるなよ。殺す相手の目を見るなんて、よっぽどのサディスト以外はストレスになるぞ。俺には分からないが、トラウマとかで夢見が悪くなるぞ」



 真後ろから声を掛けられ、シェアトは全身の血が氷水へ変わったような感覚に陥った。

 すると戸惑っていた女はシェアトに向かって走り出した。

 赤く充血した瞳は泣き腫らしたのだろう。


 獣の様な叫び声を上げ仇を取ろうと、軍人にたった一本の刃物で向かって来る。

 彼女の年齢であれば恋に勉強に、年相応の悩みを持ったり、家族を疎ましく思ったりする頃だ。





 引き金は、やはり軽かった。



 銃声は。予想以上に大きい。

 




 薬きょうが落ちたのか、床に落ちた玩具の鈴が最後に鳴ったのか。

 区別が付かないが高い音が聞こえた。


 撃たれた女性は腹を押さえ、それでも尚、こちらに向かって来る。

 痛むのか、もう手を伸ばせば届きそうな位置に来ているのにおぼつかない足取りになった。




「余計な苦痛を与えただけか」


 


 シルキーは腕組みをして眉をひそめた。

 特に興味はないが、暇なのでスポーツを観戦しているような軽い一言だった。 



「狙うならちゃんと狙え。殺す感覚を楽しみたいなら銃よりも手に感覚が残る武器がオススメだ。そう、例えば…… あの女の持ってるナイフとかな」


 

 悪趣味な発言も気にならないほど、シェアトは集中していた。

 当たらないのが不思議だった。




 もう一発、次こそは。




 そう思っているのに弾は彼女の頬をかすめただけだ。

 もう覚悟が出来ているのか、撃たれている女性は怯んだ様子も無い。

 どうにか手にしたナイフを突き立ててやろうという執念を感じる。

 滴る血も、腹の傷も気にせずに歩いて来る。



 手が震え、嫌な汗が出る。

 指にもう一度力を込める。




 殺傷能力が上の銃を構えているシェアトの方が、まるで不利な局面にいるかのような表情をしていた。





「タイムオーバー」




 シルキーがそう言って首を鳴らした。

 言葉の意味を考える間もなく、憎しみだけが宿った瞳のまま、彼女は膝を曲げずに後ろに倒れた。




「射撃の腕を磨け。行くぞ」




 上がった息、胃の痛み、吐き気。

 それらに耐えながらシルキーに続く。


 

 部屋を出て、残っている部屋へと入る。

 この美しい少年のような先輩は、悪魔のようだと思った。




 あの時、シルキーがクローゼットから出て来た女性に気が付いていない筈が無かった。

 試されていたのだ。

 最初から、女性ではなくシルキーを標的にしようとしていたことも気付いていたのだろうか。

 背後から話しかけてきたシルキーを、狙えなかった。



 あれが最終審判だったのだ。



 女性とシルキーが対極の場所に位置した時、振り返り、シルキーを狙う度胸はまるで無かった。

 本当に女性を守りたいと思うならば、振り向かなければならなかったのに。


 

×  ×  ×  ×  ×



 シェアトが動くものを人ではなく的と認識するまでに、もう時間は必要無かった。

 相手に考える暇を与えず、的確に急所を狙う。



 最後の部屋にいたのは老夫婦だった。



「……いつかきっと、こんな日が来ると思っていました」



 シルキーは他の部屋を見に行っている。

 横にいた夫を撃ち抜き、揺り椅子に座る老婆の頭へ照準を合わせる。



「……私達夫婦は死を恐れません。ですが……他の者はどうでしょうね」



 聞いてはいけない。

 そう思っているのに、皺だらけの顔を微笑ませている老婆へ引き金が引けない。



「兵士さん、どうか一生この仕事を続けて下さい。そしてそんな顔をしないで下さいよ。……でないと、貴方はただの――」



 

 銃声


 揺り椅子が揺れながら軋む


 近付くシルキーの靴の音


 聞こえないのは自分の鼓動




「おい、俺達の行動を見ていたモニター室があるはずだ、行くぞ」

「……はい」

「……飼い犬から野良犬になったな、その顔なら覚えてやるよ」



×  ×  ×  ×  ×



「ネオネオー、ソドムって悪者なの?」



 地下の部屋を一つ一つ、確認しながら進む甲斐は静寂をぶち破った。

 小さな足音や衣擦れの音も聞き漏らさず、反応できるようにと教えられていたがパートナーが優しいネオだからだろう。

 弾薬庫に入るとネオは防御魔法を解除して中を見る。



「え? 僕の意見でいいのかい? ……僕はそうは思わないよ」



 入念に全ての部屋を確認し、武器の一部を破壊していく。

 それを見様見真似で甲斐も手伝おうとしたが、召還武器と違い、これらの仕組みが分からない。

 そのせいでどこを壊せばいいのか分からず、途方に暮れていた。

 するとその様子を見かねたネオが近づき、分かりやすく指示を出す。



「銃口に何か詰めて、絶対に引き金に触らないで」

「オッケー! ネオネオやっぱ優しいね」

「そう? ……ああ、そうだ。話の続きだけど……僕達だってSODOM製の物を使っているし、力が無ければ守れない物も多いからね。国で保有する兵器も、いわば脅威の提示だし……」

「きょーいのてーじ?」

「うん、相手に凄まじい兵器があるから戦争にならないっていう事もあるんだよ。やっぱり、喧嘩を売る相手は選びたいみたいだ」

「ふうん……。なんかせこい話だよねっ! とっとっと……!?」


 むしゃくしゃしたのか、手りゅう弾を一つ持ち上げようと、指に丸い輪を通したままネオに顔を向けた拍子に本体が固定されているのに気付かず、引っ張ってしまった。 


「カイちゃん、それ……あーあ……」



 レバーを押さえていなかったので、手りゅう弾は正常に発動するだろう。

 ネオは大股で甲斐へ近付き、彼女の腹部に腕を回して抱き上げ、急ぎ足で後退しつつ再び盾を展開させる。


 手りゅう弾の殺傷能力は爆発の際、立っている人間であれば半径十五メートル程だ。

 ところが現状はそれどころではない。

 甲斐がピンを抜いてくれた手りゅう弾は、ざっと見ても一ダースはあった。

 それが次々に誘爆され、弾薬庫の中に保管されている全ての火薬に火が点いてしまうのだ。


 重厚な扉をネオが甲斐を俵の様に抱え、もう片方の手で閉めている途中に強い衝撃と爆発音が聞こえた。

 どうにか閉め切ると、間の無い花火大会の如く威勢のいい破裂音、そして何かが壊れる音が立て続いている。

 いささか不安になるような揺れも感じる。


「……なんの話だったっけ? ああ、SODOMだね。僕はこの世界の人々が過去から今まで、望んだ力を具現化して望みを叶えてくれているんだと思っているよ。SODOMが無かったとしても代わりに他の兵器会社が出来ていたと思うなあ」

「ご……ごめんなさい……! 怒っていいよ!? なんで笑ってんの! ?怖い!」


 話の続きをし始めるネオに、甲斐は心底恐怖している。



「……怒られたいの? 悪気は無かったんだしいいよいいよ」

「うう……すまんねえ……」



「でも」



「僕から絶対離れちゃダメだよ」

「……は、はい……。そ、それでネオさんソドムの話なんですが……」

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