第八十二話 シルキーの問い・シェアトの答え
敵は爆風の中に消えた。
あれは立体映像だったのかもしれない。
えぐり取られた一帯は歩きにくいが、まだ防御魔法無しで進めるような温度では無い。
立っているだけでも顔が焼けているようだ。
厚手の生地ばかりで体を覆われているせいで熱が逃げ場を失い、更に体温を上げているように感じた。
口を開きかけたが、熱によって口の中の粘膜が耐えきれずにすぐに口を閉じた。
目を開けているのも辛く、にっちもさっちもいかなくなった辺りでネオが盾を展開し、手を引いて先導してくれた。
「ね? 役に立ったでしょ? いやー爽快だったなあ」
顔をこちらへ向け、口元を抑えながらネオは甲斐にご機嫌な口調で話しかける、
「それは良かった、ネオって……普段無理してるの?」
「え? 無理って?」
「……ストレスとか、そういう反動がこんな感じに表れてんのかなって……」
「ははは。さて、どうでしょう」
甲斐は冗談を言ったつもりはないのだが、ネオは流してしまった。
それにしても、シルキーとは大違いだ。
余裕が段違いで、ネオは甲斐に気を遣ってくれたりとこれぞ先輩のあるべき姿である。
「あ、これで地下は誰もいないのかな……?」
「どうかな! センサーも無いから判断しにくいね。とりあえずドアは全て破ってみようか」
「……んっ?」
そう言うや早いが、竜巻を巻き起こし、ドアを開けた瞬間にマシンガンを撃ち続ける男を切り裂いた。
「ほらいた……武器庫なだけあって武装して出て来るやつがこの辺は多いね。けれど、使い慣れない武器よりも魔法が使えるならそっちの方がいいと思うけどなあ」
ネオに引き金に掛かった指は離れずに天井に弾を放ち続けている。
絶命していれば、後の事はもうどうでもいいらしく、すぐに部屋を出て今度は斜め向かいの閉まったドアを蹴破った。
甲斐は天井を撃ち抜き続けているその銃口が、目を逸らした隙にこちらを向くのではないかと思い、目を離せぬまま後ずさりしてネオを追いかける。
「あーあ、『また』僕がハズレだ」
「敵が多いってこと?」
開いたドアの先は男たちがしたり顔でこちらへ銃を構えていた。
「またってことは…あたし、次の任務からネオのいる方を避ければいいんだ」
「違うよ! ……またシルキーに『キング』を取られたんだ」
× × × × ×
二階は静かだった。
そこは居住区になっており、家族の長としての義務を果たそうとした男たちが集団となって押し寄せて来たのをシルキーは笑いながら舞う様に命を刈り取って行く。
使う魔法の色がこの惨状を効果的に見せている。
援護しようにもシルキーの動きに付いて行けない。
力不足をこんな形で痛感するとは、いや、現場に出なければ分からなかった。
もうすぐ戦闘も終わる。
一つ目のドアノブを回すと鍵がかかっているのが分かったが、簡易的な錠の為、手袋によって鍵が開いた。
ドアを引いてすぐさま体を壁に付け、中を覗き込む。
開けなければ良かった。
このままドアを閉め、鍵をかけてしまいたい。
通路から漂うのは鉄の匂い。
生々しい音と、悲鳴がBGMだ。
「どうした? クリアか? それとも怖くて動けないのか?」
シルキーは無言のままのシェアトを無視した。
警戒する必要も無いといったように大袈裟に肩をすくめて中へ入る。
中にいたのはまだ物心もついていない幼子を抱く母親だった。
シェアトが立ちすくんでいた理由が納得だというような音程で鼻を鳴らし、二人の体が光を放つ強さの電撃を放った。
ほんの数秒で子供を守る様に抱きかかえたまま、母親は首をだらりと下に向け、眠った。
シェアトは、目を逸らせなかった。
「……どうする気だった?」
「……え……」
「……見過ごして、どうする気だったんだ? 俺達の仕事に抜けがあったと、そう報告を上げさせる気だったのか?」
そうなれば部隊の名誉に傷がつくだろう。
『上手くいけば』
そんな事はこのシルキーとネオがいる限りあり得ない。
分かっていたはずだ。
『クリア』と答えられなかった。
シルキーのこの、猛獣のような瞳に睨まれた時に恐れたからだ。
彼には決して勝てないと、魂が言った。
その弱い囁きに負けたのだ。
「それほど救いたい命だったか?」
またも、無言。
シルキーは舌打ちをした。
「この二人だけか? まだ閉まっているドアはある。そいつらは殺していいのか?」
あの親子にだけ、情が沸いたのだ。
だが、この先のドアに同じ状況の母子がいたら?
いや、いる可能性は低くない。
「命を天秤に掛けるとはお前は一体何者だ?」
全員が助からない事は分かっている。
だが、この二人に一体何が出来よう。
「汚名を被ってでもお前が助けようとした命は司法のあるこの世界では助からん。愛国心を捨てた者が集うW.S.M.Cが出動しているというのはそういう事だ。誰かを救いたいなら医療の道を進め、手を汚さず正義を語るならば警察にでも転職しろ」
忠実でない犬など捨てられるだけだ。
今、こうして部隊のリーダーの足を止めている新人に価値など無い。
それどころか、いっそこの場で敗北を装って死体に変えられても文句は言えないだろう。
「……お前の事を知らな過ぎたな。問うのはこの一度だけだが、なんと答えても信じてやろう」
その瞳は、とうとうシェアトを捕らえた。
シェアトの中身を、品定めするかのように細くなる。
「……お前はどこの、誰だ? 此処に何をしに来た? 迷ったならば希望する場所まで転送してやろう」
何故、声に出来ないのだろう。
よりによってこんな時にシルキーは普段のような挑発的な態度を取らない。
そのせいで勢いで口を開けず、自分と向き合わなければならない。
庇ってくれた甲斐の無事も確認せず、逃げ帰る?
きっと彼女はそれを責めはしないだろう。
『やはり現場は過酷で、性別も年齢も無く、敵を動く的だと割り切れない』
そう正直な気持ちを口に出したら?
何を恐れているのだろう。
臆病者だと笑うような友はいない。
ならば、何故?
強制労働を強いられているのではない。
望んで、この部隊へ入った。
それは、何故だ。
「……自分は! シェアト・セラフィムです! W.S.M.Cの任務でここへ来ました!」
決死の咆哮に、シルキーは口元を上げた。
「新人だったか、俺はそもそもお前になんの期待もしない。戦果を上げれぬならば犬が散歩をしてもらう時のように俺にしっかりと付いて来い。部隊にはペットがいないからな、席は空いてるぞ? ……飼い殺されるのも給料泥棒になるのも嫌ならば餓えた獣のように獲物を捕らえてみせろ」
「はい!」
× × × × ×
次々に鍵を開いては突入し、ほぼ無抵抗の親子や老人の命をもぎ取るシルキーはやはり笑顔だった。
傍に寄ると微かに聞こえる鼻歌。
そのメロディーはこの状況とかけ離れた曲調で、数年前にヒットしたヒーローが活躍する映画のテーマソングだった。
フェダインに入学する前にクロスが珍しく親にねだり、たまにはいい兄をしろと弟の保護者代わりに連れて行くように言われた映画だ。
内容は王道中の王道だったが、悪役があまりにもしぶといのでもしかするとバッドエンドなのかもしれないと微かに不安になったものだ。
寝室に隠れていた標的二名を仕留めたシルキーが出て来るのを待ちながら、リビングに落ちていた振ると音の鳴る玩具を拾い上げた。
チリチリ、と軽い鈴の音を鳴らしながら寝室に目線を戻す。
シルキーがこちらに歩き出している。
その周囲から立ち上る煙の発生源を、見る気にはなれなかった。
眉一つ動かさずにシルキーを待とうと思ったがそれは失敗に終わる。
後ろで音を立てずにクローゼットが開き、痛い程の殺意を宿した女性が刃物を持って出て来たのだ。




