第八十一話 どいつもこいつもくるってる
「カイ! カイ!」
段の縁ぎりぎりに手を付けて覗き込むが、何が起きているのか激しい音が聞こえる。
光も見えるが白煙が立ち上り、よく見えない。
この状況の中でシルキーは声を掛ける事もせずに上へ向かい始めた。
その様子に明らかにシェアトは腹が立ったようだが、自分一人ではどうすることもできない。
咄嗟に彼を呼び止める。
「シルキーさん! カイが……! 俺のせいであいつが……!」
「そうだな、お前のせいだ。喚かなくとも見ていた。で? そこに住むのか?」
手すりの上からシェアトを睨みつけるシルキーもまた、ずいぶんと苛立っている。
今すぐにでも下へ行き、甲斐の無事を確認したい。
通信魔法が無いので彼女の声が聞こえないかと耳を澄ますが、轟音を立てながら崩れる音しか聞こえてこない。
「お前のせいで階段は崩れ、下の床も抜けたようだ。今日の夕飯のメニューでも考えていたのか? ここまで来たらのこのこ拠点に戻らせてやるもんか。死ぬ気で付いて来い」
「……はい……」
「ピクニックに来て足を踏み外し、崖から落ちたというならその顔をするのは分かる。俺達は仕事で来てるんだ。行くぞ、俺の前で次にその府抜けた返事をしたら首を切り落としてあの女の落ちた先に捨ててやる!」
腰を上げると素早くシルキーは階段を上り、周囲を警戒しながら走り込んで行く。
最後までシェアトは視線を穴の開いた階段から外せぬまま、高らかな笑い声を追った。
× × × × ×
「(……あたしは……シェアトを助ける為にこの部隊に入ったんだ。じゃあ、いいじゃん。結果的に助けられたし、これで天寿全うじゃん……)……うおおおおンな訳ねぇし死にたくないいいぃ神よあたしを常に見ててぇええええ今目ぇ離したからこんな事になったんじゃないのおおおお!」
その咆哮は誰の鼓膜を震わす事無く、自身も壊れ落ち行く瓦礫が一階に叩き付けられる衝撃音しか聞こえていない。
どうあがいても着地にはかなりの衝撃があるだろう。
拳に炎を宿し、ありったけの力を集めて固める。
抵抗を捨て、一瞬で目前に迫った地下へ続く階段に向けて腕を振りかぶる。
突き出した拳よりも先に撃ち出された攻撃魔法が炎を渦巻き、小さな破片を灰に変え、階段と衝突した。
その衝撃で甲斐の落下が止まり、反対に押し返される力が強い。
「うおおおこのまま着地すればよかったああああああ」
そう思ったが後の祭りだ。
最早階段に亀裂が走っている。
そして壁も巻き込み、一気に崩れ去った。
対する物を失った甲斐の炎は標的を追い求め、穴の開いた中へとうねりながら入って行く。
抵抗しようにも掴まる物も無い。
どうすることが正解なのか。
もはやこうなってしまっては、静かに行動など夢の話だ。
「わあー! 楽しそうだね……って聞こえてないか!」
急な横風は甲斐の体を巻き上げ、階段の下へとさらった。
ネオの起こした風だと理解したのは体に異常が無いかと至る所へ力を込めて確認してからだった。
「……ネオ!」
安堵したのもつかの間、いつもの余裕ある笑顔の下、そう。
彼の手に、何か見慣れないものが握られている。
「……その手に持ってる物はなんでしょうか……?」
ダーツの矢を武装したような形状の金属の塊を片手に持ったまま、今も微笑んでいるネオ。
灰色の迷彩は血に染まり、その甘い笑顔にも血しぶきが付いている。
「これ? さっき戦車見つけてさあ、訓練場が外にあるみたいなんだけど鉢合わせちゃって」
「げっ……聞くまでもないけどネオがここにいるって事は……」
「ああ、うん。 飛び乗って操縦席の蓋のとここじ開けてやっつけて来たよ。で、ちょうど中の人が弾装填しようとしてたから持って来たんだ。何かに使えるかな~って」
生身の男がいきなり戦車に飛び乗って来た時点で、相手の感じている恐怖は最大である。
そこから今にも押し入ろうとしてくるのを感じた人々の気持ちを考えると、甲斐の顔がくしゃりと歪んだ。
もっと上手いやり方があっただろうし、戦車が突然召還されたとは考えにくい。
移動音を聞いて待っていた、そう考えると薄ら寒くなる。
見かけに似合わず狂戦士のようなネオはそのせいでいつも誰より負傷しているのだ。
「これもSODOM製の物だけど魔法兵器じゃないから良かった。最新武器はカイちゃん達も学んでおいた方がいいよ。どういう特性で何をしたら無効化出来るのか分かればきっと役に立つ」
「前向きに検討しとく。……地下は戦車で終わり? 敵はもういない?」
もう一つの階段からやって来たのか、武装集団が行き止まりの二人目掛けて何かを撃とうとしている。
目視できる大きさの長さのある弾を肩に担ぎ、構えた。
「RPG弾をよく室内でぶっ放そうと思うよね。ああ、死んでもいいのか」
「……ファンタジーな弾? 当たったら魔王を倒さないといけなくなるとか? レベル見えるようになる?」
「……ロケットランチャー、って分かる? あのタイプは後ろの安全確保しないと爆風で自分がローストされるんだよ。それに目標に当てるのが難しいから、ほら……ああやって複数で一つを狙うんだ」
「わっ、分かった分かった! ど、どうする? バリア張る? い、威力ってどの位!?」
「対戦車用兵器だけど、市街地戦でも使われるんだ。……それくらいのぶっ飛びよう。威力を是非見せてあげたいんだけどなあ……。まあ、ここじゃ撃たせないよね」
手に持っていた砲弾を顔の位置まで持ち上げて手を離す。
「死ぬなら一人で死んでええええええええ」
衝撃を加えて良い結果が生まれるなど、到底思えない甲斐はキャッチしようと両手を伸ばして飛びつこうとした。
しかし自走機能があるように、砲弾は真っ直ぐ敵へと飛び立っていく。
一秒ごとに速度が上がり、RPGを構えていた全員が背を向けて逃げ出した。
誰一人、追撃から逃れることは出来ない。
床に突き刺さる様に落ちた砲弾が炸裂する瞬間、ネオがそっと甲斐の両耳を塞ぎ、熱を帯びた爆風もものともしない球体の防御魔法を展開させていた。




