第八十話 子供・敵・人間
強い光を放つ攻撃は、その勢いのまま二人の間を通って子供に当たった。
小さな子供の体がボールのように床を跳ねながら転がっていくのを見ていたのはシルキーだけだ。
二人はただ表情を変えずにまだ幼い子供に向け、迷わずに強力な攻撃を向けた彼を見ていた。
子供に駆け寄ろうというのか、シェアトが足を踏み出そうとした。
足の僅か数センチの場所に落雷が落ちる。
「……動くな! 任務の邪魔をするなら強制的に拠点へ戻すぞ!」
「……保護は……保護は無いんですか? あの子はまだ何も知らないでしょう!? 確保したってよかったのでは……!?」
口をついて出たのは、上司への反抗。
そして部隊では有り得ないはずの、温情を持ち出すシェアトにシルキーの瞳から光が消えた。
「何も知らないだろうな。だから利用される。危機感も無い。だから知らぬ人間に声をかけて、無邪気さを見せつける。滑稽だ」
「……子供嫌いにもほどがあるんじゃないの」
甲斐はぼそりと低く言ったが、シルキーは鼻歌を歌い出した。
倒れている子供は動かない。
もうこと切れているのだろう、床に広がる赤色に二人の顔は険しくなった。
シルキーは何も答えぬまま、荒く子供の首に掛けられていたストーンペンダントのチェーンを掴んで切ると、ペンダントを手に持ったまま甲斐達に向き直った。
手首をしならせ、こちらに投げて来たので目で追う。
それが間違いだった。
目を瞑ったのはいつだろう。
この体の痛みは何故だ。
全てが夢で、ベッドから落ちたのだろうか。
それにしては焦げ臭い。
ぱらぱらと顔に落ちて来る固い粒が痛い。
目を開けても、ぼんやりと視界の中心に残像効果のような物が見えるだけでしっかりと捉える事は出来なかった。
太陽を見た後、すぐに目を逸らしても暫くは見る物全てにその跡が残る現象と似ている。
咳き込んだ拍子に異物を吸い込んでしまい、シェアトは激しくむせ込んだ。
「分かったか? これが何も知らない子供の使い方だ」
立ち上がると冷や汗が出た。
壁に打ち付けられたようで、背中から激痛を感じる。
シルキーの声が籠って聞こえる。
涙目で彼を見れば手には小さな銃を持っていた。
あのペンダントを投げた直後に撃ち抜いたのだろうか。
「これを無防備なお前達が目の前で食らったらどうなるか分かるな? まあこうして分かりやすい仕掛けをしてくるとはな。遠隔操作で爆破可能のシロモノだ。最近の流行りは体に内蔵型起爆装置で死んでからも爆発する」
体重の軽い甲斐は奥で倒れていたらしい。
気が付いたようで、千鳥足でこちらへ戻って来た。
「……な~るへそ……、これが挨拶代わりかあ」
「なんだ、生きていたか。お前達は新人の癖に俺やネオ達のようにヘルメットをしていないが、頭の中に大事な物は入っていないから必要無いのか?」
「……取りに戻ってもいいですか?」
感慨に耽っている暇は無かった。
先を進むネオを追い、三人は広い施設内を走る。
その間にもこちら侵入にとうに気が付いている敵は次から次に進行を妨害しようと武器や罠を持って現れた。
残念ながら甲斐とシェアトに出る幕は無かった。
全てシルキーがシナリオを読み尽くしているように、一人、また一人と敵を床へ転がしていく。
その速さと正確さは類を見ないもので、全て一撃で仕留めている。
こうしていると少しはシルキーの事を尊敬出来そうだが、一人また一人と床へ落とす度に彼のテンションを上げていくようで今は高笑いをしながら目を爛々と光らせていた。
「ハハハハハァッ! 弱い弱い! ゴミが! 誰を! 敵に! 回している!? アッハハハハ!」
「……はぁっ……速い……。これでもシルキーさんは俺達に合わせて……はぁっ……走ってんだろうな……」
その後ろを走るシェアトと甲斐は、前方で白い稲妻が走り、体から煙を上げながら床に落ちる敵に少し同乗していた。
「祈れ! 待機している害虫共が! 虫に神などいるのかな!? ハハハハハ!」
「……トレーニング…はぁっ……メニュー変えないと……はぁっ……!」
倒れ行く者の性別や年齢など気にしていられない。
閃光弾だとシェアトが認識した瞬間に、それは砂と変わる。
判断するのに要する時間は驚くほど短い。
ドアを開けて飛び出し、跪いて命乞いをする女性にも足を止める事無く、シルキーは喉を裂いた。
残酷だと思う気持ちもやがて薄れたが、小さな背中を追いかけながら果たしてこれが自分に出来るだろうかと考えを巡らせる。
走るペースはまるで落ちず、呼吸が乱れ、酸素と二酸化炭素の交換の速度が異常に早くなってきた頃にようやく果ての突入地点へと辿り着いた。
「またネオが好き勝手にやってるな……。行くぞ、俺達は二階を片付けてから地下へ向かう」
本当は先程の階段を上階と階下に分かれ、片付けた方が早かっただろう。
だが、任せられるほど成熟していない事も、敵意が見て取れない相手の命を奪う覚悟を持っていない事も見抜かれていた。
だからこうしてネオと別れ、シルキーが新人の面倒を見に戻り、案内役を買って出た。
任務に支障をきたしてしまい、シェアトは自分が情けなかった。
こうしてこの地点に着くまで、甲斐と二人であれば時間が掛かっていただろう。
致命的な一撃を食らわせられただろうか。
迷いは後れを生み、隙は力を鈍らせる。
「……クソっ……」
この場に集中しなければならないのに、余計な事を考えてしまった。
それが知らぬ場所へ足を踏み入れている緊張感を消した。
「ちょっ……バカ!」
シェアトがシルキーに続いて階段を上っている中、他と素材が違う段に足を乗せてしまった。
いや、見抜けなくともシルキーの動きをよく見ていたならばその段だけ飛ばしていたのに気付けただろう。
安全が確保されていない中を進み、罠を見極められないのであれば、仲間を危険に晒さぬよう頼りになる先輩が前を走ってくれているのだ。
それが何の為なのか、分かっていなかった訳では無い。
違和感に気が付いたのは、装置が動き出す音を聞いてからだった。
足を乗せた段差に細かく縦横、規則的に線が入り、そして崩れた。
崩れていくのはそこを始めに下へ続き、流れるように音を立てて落ちて行く。
咄嗟に動けぬシェアトの腕を甲斐が掴み、普段であれば持ち上げられぬ彼をシルキーにぶつけるように投げる。
決して広くない階段の段差で、甲斐はバランスを保てずに崩れ落ちる瓦礫と共に下へと吸い込まれて行った。




