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第七話 プロローグへ戻る



 甲斐の状況は最悪だった。



 部隊で叩き込まれたはずの潜入方法を何一つ守っていないせいだろう。

 シェアトと別れる前もそうだ。

 堂々私語をしていたのでもしも周囲に敵がいたとしたならば格好の的になっただろうし、大きな音を立てて侵入した結果、蜘蛛男が待ち構えていた。




 そう、話はここへ戻る。




 道に空けた穴のせいで怪物染みた人間が地上に出てしまう危険も発生させてしまい、無事にローレスを捕獲して戻ったとしても、今度は甲斐の首が飛ぶかもしれない。



 しかし彼女はそんな事を考えられるタイプではない。

 鼻歌を歌いながら暗い道を矢印に沿って進んで行く。


 初めての任務に胸が高鳴っていた。



 名前も知らぬ対人間を敵と認識して沈静化させるのも初めてだったが、出だしは上々だと自画自賛を繰り返している。


「シェアトー? ……どれだけ離れたとこにいんだろ。あ、そうだ。案件確認しておかないと」


 視線を右上で微笑み続けているローレスに移すと矢印が薄くなり、文章がゆっくりと流れていく。

 読む速度の遅い甲斐が苦戦していると右耳に小さく読み上げる声が響き始めた。




『魔法科学者として名を馳せているローレス・キャメリオは数多く医療の発展に役立つ功績を残した。しかし、その背後では秘密裏に新たな研究がされていた。『魔法記憶調整』、これは脳に直接魔法を作用させ、記憶を整理するものだ。忘れさせたり、幸せな記憶を呼び起こし再体験させたりと五感を操り、自由に行う事が出来る』

「へーえ。いいじゃん、それにしても科学者って凄いな。その頭があれば勉強から儲け話からなんでもどんと来いなんだろうね。 キイィ憎らしい」




 やはり誰かの声が聞こえるというのはいいものだ。

 こうして不気味な地下通路を歩くならば特に必要である。




『PTSDなど、記憶や体験が原因で病に心因性の病に伏している者を救うという点ではとても役立つ研究である事は否めない。だが、それをローレスは発表しなかった。知への探求には金、そして高価ではあるが欠かせぬ実験材料の魔力を手に入れねばならない。どちらも、手に入れる手段を思いついたのだ』

「えっ、魔力って買えるの? ……ととと、なんだこれ」




 音声ガイドに質問をすると別枠で魔力についての説明が簡単に表示された。

 視界がごたついて来たので一度足を止めて音読して理解しようと努める。


「……えっと……? 『魔力はこの世界に溢れており、人体は常に影響を受けている』…… へーえ。なんか前の世界で言う悪い電波みたいな感じなのかな」


 たった一年半とはいえ、魔法について専門的に学ぶ学校にいられたのは大きかった。

 魔力と素質があって初めて魔法が完成するという。


「『多くの人間は体内に魔力を取り入れることは出来ないが、稀に魔力を扱う事の出来る適性のある者がいる。』あ、それあたしあたし。『それらは死亡すると体から魔力が抜けていくのが確認されている。無理に抜こうとすると生命を維持するのが難しくなるといった報告もあ……る』…… うそうそうそ、じゃあ抜かないであげて!」


 要は適性がある者が少数であり、魔力をもって生まれた者は一生その力と共存していかなければならないという事だ。

 残りの行も読んでみると、この世界の常識に改めて驚かされた。


「『企業などで扱われる魔法は各国に置かれている魔力管理機関により管理され、許可されている物となる。世界に溢れているとはいえ、貴重であり、また、悪用の恐れが―――』……長い。とにかく危ないモンだから勝手に使うなって事ね。だから高いぞ、と。なんでこう大人って仰々しく言うのが好きなのかな。ありがと、もう大丈夫分かったよー」



 画面が戻り、音声ガイドが再開される。



『それが今回の逮捕の理由である。彼の元に内密に通っていた者達がゆっくりと行方不明になっていった。ローレスの自宅には何の痕跡も無い。いよいよ記憶調整に向かっていたという証言が取れた。しかし場所は特定出来ず、彼の主体としていた研究所も違った為、観測機関に依頼した。優先すべきは被害者の保護だ。証拠となる者は破壊させるな』

「よし、分かった。とりあえず戻ったら、音声ガイドの内容を数行でまとめるようにブレインさんに言おう!」



 何か踏んだと思ったのと同じ時に足首に痛みが走った。

 薄暗いので良く見えない。


 手で触ってみると、ぴりっとした痛みを感じる。

 ようやく指の冷たさを感じて分かったが血が出ているらしい。



 耳元で息をゆっくりと吐く音が聞こえ、振り返ったがそこには誰もいない。




「うそぉ。霊とかそういうのやってないんだけど」




 暗闇の中、下からぐっと突き出てきたのは二本の腕だった。

 怯んでしまい、両手を掴まれる。

 遅れてゆっくりと下から顔が上がって来た。


 直角に折れ曲がっていた女の顔は長い黒髪を纏わりつかせたまま甲斐を見上げる。

 白目は赤く変色し、猫の目の様に黒目が大きくなったり小さくなったりしている。


 一番注目すべきは彼女の腕の力よりも、ナイフの柄の部分を軋むほど握りしめ、刃を立ててこちらに突き刺そうとしている所だった。




「危なああああい! 危ないでしょおおおおお! ちょっ……ほんっ……ホント待って……! 来んなって…!」




 押し返そうと壁に片足を置いて必死に抵抗する甲斐と、息荒くどうにか突き刺そうとしてくる女の戦いが始まった。

 フェイントのようにいきなり手を引いてやろうかと思ったが、腹部にナイフがジャストミートする図が浮かんだ。


 早急に考え直すしかない。

 相手が女性なので躊躇していたが、甲斐は決心して壁から足を離した。

 背を壁に付けるとそのまま足を上げ、脚力を強化して女の腹目掛けて思い切り蹴りを入れる。


 女は倒れなかったが、ナイフを口から落として込み上げて来た物を吐き始めている。



「ふっ、ふざけんじゃないわよね! アナタ、ホント! アタシ、怒ってるからね!」



 涙目で怒鳴り、肩で息をする甲斐を再び女性は捉えた。

 手加減が苦手な甲斐は女性がどれ程の衝撃に耐えられるのか分からず、迷っていた。

 睨み合っている最中に不気味な女は激しく咳き込んで苦しむと、急に血を吐き、倒れ込んだ。



「な、なるほどなー! 今の力加減が限界ねー! オッケーオッケー! ……し、死んでないよね……? あれかな、生理が上から来たとかそういう事でもないのかな……?」


 

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