第七十七話 二人の初出動
「あれ? あれれ? なーんか見た事あるなあ。だ~れだっけな~あ」
髪を束ねながらノアがシェアトに顔を近付けていくと、嫌がられた。
部隊にようやく甲斐とシェアトは戻って来られた。
早速ダイナの元へ挨拶に行ったが、特にこれといった話も無く忙しいと追い出されてしまった。
昼を過ぎた今、出動していない者は昼食の時間だ。
案の定食堂には見知った顔が揃っていた。
カッカと喉を鳴らす様に笑い、強く甲斐の背中を叩いて迎えるとその衝撃で甲斐がテーブルに頭を打ったようだ。
「お帰り、二人ともー。民警はどうだった? 現場に出てたんでしょ?」
後ろから来たネオの髪が汗で濡れている。
トレーニングを終えて来たのだろうか。
藍色の短髪は少し伸びたようで、艶やかな甘い顔つきに良く似合っている。
「まあな! 少なくとも『俺は』戦場をお前らと駆け抜けられる程度には成長したぜ!」
「さりげなくあたしを下に見やがって……憎い……!」
「歯ぎしりすんなよ…俺が悪かったよ……! 俺達がいない間、誰か死んだりしてねぇか?」
「あー、期待させて悪いが全員無事だ。けど、もう一個の拠点に移動してったヤツ何人かいるからな。今ここにいんのは俺たちとシルキー、あとギャスパーぐらいだぜ?」
「だから二人共、もしかしたら出動メンバーに入れるかもね。……そういえばシルキーが前に君達を見たって言ってたけど、本当?」
夏休みの前、小さな町全体が反政府勢力に加担していた事件。
確かにあの時、反政府勢力と対峙しかけていたが偶然その紛争にW.S.M.Cが配属されていた。
そのせいで敵を殲滅しに来たシルキーと鉢合わせてしまった。
その中で町を担当していた警官が命を落とす結果になってしまった。
シェアトは今もまだ、記憶を呼び起こすと胃が重くなる。
「あーそうだな……、つーかあん時って他に誰がいたんだ?」
「僕達も出てたよ、あとアルフレドと……スタンもいたね。今、二人は別拠点に移動になったけど。といっても、あの時の敵は少なかったし扱う兵器自体も旧型だったから楽だったかな」
「そういう兵器ってどこから調達してくんだろ。戦車VS人なんてテレビ番組にしたら視聴率取れそうだけど」
「仕事に疑問を持つのは良い事だ! その番組の司会はナイスガイの俺で決まりだな! ちなみに運が良けりゃ、その答えを知れるだろうな!」
ノアが自信ありげに甲斐へ答えたが、誰一人反応しなかった。
『出動要請、繰り返す、出動要請。今から名前を呼ばれた者は速やかにミーティングルームへ移動して下さい』
館内に響き渡るアナウンスが懐かしい。
名前を呼ばれた事は無いが、一日に何度も放送が流れるのだ。
ミーティングルームから出て来る先輩達の顔が仕事モードへと切り替わり、声を掛けようものなら肉を裂かれそうな雰囲気を体験した。
『シルキー・オンズ、繰り返す、シルキー・オンズ』
「うひ~、出たよ……。今のとこ出現率百パーじゃない? ゲームで言うとこの出現率なら雑魚敵だよね……」
「ただ実力はボスクラスだからね……、性格に難があるけどここはお友達を作る場所じゃないしそれもまた軍人としてはプラスポイントさ」
ノアが目を弧の字にして優しい声と笑顔で話したが、甲斐はべーっと舌を出して首を振って拒絶している。
『カイ・トウドウ、繰り返す、カイ・トウドウ』
「……あれ、これって出席取ってんだっけ…?」
「……こんな時、どんな言葉をかけたらいいか分からねえ俺を許してくれるか?」
『シェアト・セラフィム、繰り返す、シェアト・セラフィム』
「神なんていない!」
「……悪意しか感じない……。あのダイナ……!」
「げーっ! 俺はごめんだぜ!? 流石に新人連れ歩く趣味はねえしよ!」
「ははは……そんなこと言わないの、ノア」
ネオが優しくたしなめた直後だった。
『ネオ・トパーズ、繰り返す、ネオ・トパーズ。以上四名、至急ミーティングルームへ移動して下さい』
「……僕を励ます言葉は残ってる?」
× × × × ×
面倒なメンバーの組み合わせ、そして逃げ場のない少人数での出動。
ネオは明らかに遠い目をしている。
甲斐は気持ちを切り替えようにも、通りすがるだけで一々嫌味を飛ばしてくるシルキーが勝手も分からぬ初出動の新人に丁寧に物事を教えたり、フォローに立ち回ってくれるとは到底想像できなかった。
むしろ厄介払いだとかなんとか言って、こちらへ本気で攻撃してくる確率の方が高いように思う。
唯一シェアトは初めての出動要請への期待感の方が大きいのか、意気込んでいる。
「失礼します、ネオ・トパーズです」
「しつれ~しま~す……カイちゃんで~す」
「失礼します! シェアト・セラフィムです!」
「広くもないこの施設内の移動にそんなに時間がかかる? 老人の世話なんてする気無いんだけど?」
ミーティングルームは壁一面にデータ画面が無数に浮いていた。
案外簡素な造りで、中央が空洞になった角の丸い白いテーブルが置かれ、椅子があるだけだった。
先に座っていたシルキーは足を机に上げて横目で遅れて来た三人を睨んでいる。
「出た出た……お久しぶりですシルキーさん」
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、本日はよろしくお願いします」
甲斐と違い、しっかりと挨拶をするシェアト。
しかし何を言ったところでシルキーから返ってくるのは毒でしかない。
「ハァ? おいおい嘘だろ、そう思うなら来ないでくれない? 敵側のトラップなのか?」
「シルキー、新人を育てるのも僕達の仕事だ。今日が彼らの晴れ舞台になるがフォローしろなんて言わないさ。でも、部隊としての目標は一つのはずだろう」
「この二人が殉職すれば階級も上がるし、こっちとしてももっと優秀な新人を入れられる。それは非常に合理的でかつ部隊としても良い結果になるんじゃないの? ん?」
「まーた死ねって言われてるよ。やだねー、物騒で」
甲斐の小声の犯行に、シルキーの青筋が浮き出た。
ダイナが入って来てもシルキーは机から足を下ろさなかった。
そんな態度が許されるほど、シルキーが結果を出しているという裏付けだろう。




