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第七十五話 オーロラを見る条件


 走り出る前に空の暗さに驚いてしまった。



 日陰が広がったのではない。

 あんなにも青い夏の空は星空へと変わり、夜へと進んだ。

 日没にはまだ早く、正午を過ぎた辺りだ。

 演奏していたお手伝い天使達が予期せぬ事態に驚き、照明を空に設置しようと慌ただしく動いている。


「これは……どういう事だ……!」

「あ、ナバロ! さっき、一瞬遠くの方でなんか光ったんだけど……それからインクが滲むみたいにぶわーって夜になって! しかもあそこにあった太陽が月になったの!」


 危険なのだろうか。

 しかし勝手な判断で避難を促して祝いの席を壊してもいいのか。

 動揺を抑え込み、感情を捨て、何が一番最善かを考えているとシェアトが駆けてきた。


「おい、なんか分かったか?指示があるなら俺達を使え。だけどな!お前に使われるからと言って俺がお前より格下じゃねぇぞ! 勘違いすんなよ! 適材適所だ!」

「はは……、そうだな。犬も駒としては役立つかもしれん」

 


 ふん、と鼻で笑うシェアトは強がっている。 

 何故か、急にビスタニアの心は平静を取り戻した。



×  ×  ×  ×  ×




「フルラ、これから何が始まるの? ムードあるじゃない!」


 クリスが楽しそうにフルラを肘で軽くつついた。


「えっと……こんなのプランに無かったと思うんだけど……」

「きっとサプライズだね、いやあやっぱり有名ウェディングプランナーは一味違うなあ」


 戻って来たビスタニアの表情から何かが起きようとしているのを察したウィンダムはフルラを安心させようと努めた。

 その言葉を又聞きしていた他の参列者は安心したようで、カクテルを注文したり、夫婦で海辺を歩いたりと思い思いにこの状況を楽しみ始めた。

 ウィンダムはただ、これ以上不可思議な事態が引き起こされない事を願うしかなかった。




×  ×  ×  ×  ×




「……で? なんだったんだよ、さっきのは」


 正体は分からないがSODOMが何かをこの空へ放った。

 そう言えばシェアトには余計な感情が生まれ、冷静さを欠くだろう。


 まるでこの式を狙ったように飛行させたのだ。

 今も胸騒ぎが止まりそうにない。


「……いや、それが正体はまだ分からないんだ。すまない」

「そうなんだ、ナバロのとこでも分かんないことあるんだね! それにびっくり仰天目が点々だよ」


 くりくりと目を動かす甲斐の横でトライゾンが何かを察知したのか吠え、クロスが慌てて抱き上げる。

 そうやって足元に注意をしなければ、押しては引いて行く波が黄緑色に光り出したのに気が付かなかっただろう。




「これは……! まさか……そんな、あり得ない!」




 クロスの声に、皆視線を追う。


 空一杯に幻想的な光の波が生じていた。

 それは意志を持っているように波打ち、ゆっくりと色を変化させている。

 あまりにも美しく、想像を越えた景色に誰もが動くことすらやめてしまった。


 オーロラは海へとその姿を堂々と映し込み、染め上げている。

 光る海を見た事がある者はここにはいなかった。

 星はオーロラの後ろでその色どりを邪魔せぬよう、白く小さく輝いている。

 夜空を乗っ取ったオーロラは、仕組みを知っても、画像だけでは伝えられぬ美しさがある。


 感動の余り静かに涙を瞳に溜めている女性も多く、フルラとクリスもその例外では無かった。

 そっと隣に寄り添う愛する者はどちらもこの状況に戸惑っていた。


「……うおーすごー……。オーロラって寒いとこじゃないと見れないと思ってたよ」

 

 甲斐も驚きと、感動が入り混じっているのか小声になっている。


「……いや……磁場が関係しているから結果的に寒い場所になってしまうだけだ……。だがこれは……磁気を発生させ…更に空を夜へと塗り替えたのか……?」

「こりゃいいな、あいつらの祝福か? ……でも誰からだ? どう考えたって自然の神が手を叩いて祝ってくれたとは思えねえぞ」



 そっとビスタニアの腕を引いたのはクロスだった。



 小声だが、彼の動揺が伝わって来る。

 それは何かを恐れるような声だった。


「……こんな技術……、ありえません……! 自然を、そして時間を操るなんて…! 規模が大きすぎる!どう考えたって個人で行えるようなものじゃない……」

「……そうだな、個人なら到底出来ん芸当だろう。……さっき機関に問い合わせた時にSODOMの名が出た。何を飛ばしたのかは分からん、しかしこの式に合わせたんだろう」


 沈黙は驚きと、回想に十分な時間だった。

 クロスは険しい表情へと変わった。


「……エルガ先輩なりに祝福の、つもりでしょうか……?」

「そうだろう、だが目的はもう一つあると俺は見た。技術力の誇示だ。これほどまでに圧倒的かつ、高度な技術力があると見せつけて来たんだろう」


 子供が自分の玩具を自慢するように。

 このオーロラは、そんな可愛らしいものではない。





 だから、関わるな。

 もう立場が違うのだ。

 見ているものも、目指す場所も

 何もかも遠い。





 そう言っているように、そう聞こえて来るように思えてならないのだ。

 これが最後だと、彼なりのメッセージが込められているようだ。


「……他の先輩方には、話しましたか?」

「話せると思うか? ……言えてベインだろうが、余計な重荷を背負わせては可哀想だ。仕事上、SODOM自体と関わる事も無いだろう。知らなくていい」


 そう言って一度、クリスの肩を抱くルーカスを見たがすぐに視線を外した。


「お前は観測機関だったな。……もしかするとこの先、関わる事になるかもしれんぞ」

「そうなったら、すぐにご連絡致します……。兄へは言わない方が良さそうですね」

「そうだな、余計な事をしかねん。あいつにも、俺は黙っているつもりだ。人を疑う事が苦手な奴だからな、ミカイルが何をしようが俺は一線を引いて見ていられるがあいつはきっと……傷が付く」


 七色に変化していくオーロラは月に変えられた太陽が夕陽になる頃、薄くなり、やがて消えて行った。


 まるで夜明けのような、胸が苦しくなる夕焼けの中で人々は朱に染まり夕食を楽しむ。

 その輪に交じりながら、ビスタニアは友を信じる事が出来なかった事実によって己の気持ちに気付いてしまった。



 上手く笑えているか。

 胸のざわめきに気が付かれてしまうのではないか。


 そんな不安を押さえ込むのに必死だった。



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