第七十四話 応答せよ・ロジャー
この場にいる誰もが何か、はっきりしたものを見た訳では無い。
ただ、何かとてつもなく大きくて速い何かが頭上を通過していった。
それに気は付いたのは降り注ぐ日差しが、その瞬間だけ遮られ、見えなかった何かの影を落としたからだ。
だが音も無く、それによる風も起きていない。
皆、不思議そうに空を見上げていた。
しかし、海よりも濃い水色と形を流れて変えていく雲が高くあるだけだった。
では一体何が通って行ったのかと思案する者は少なく、すぐに変化が起きる前の話題に戻った。
「……今のはなんだ……?」
「なんか、急に暗くなったよね。何が通ったんだろ……?」
こんな時、きっと普通の人間ならばああしてまたすぐに談笑を始められるのだろうか。
職業上、こういった事態を見過ごすわけにはいかない。
顔つきの変わったビスタニアから甲斐が下りると、すぐに立ち上がりスーツの砂を払いながら主役を探した。
その様子を敏感に察知した甲斐は目を細め、フルラをすぐに見つけ出して手を振った。
「……あ、ちょうど出て来たんじゃない? おーい! ちこうよれー!」
「カイちゃ~ん! わわっ……、よくヒールで砂浜歩けるねぇ」
着替えたフルラは白のミニドレスに変わっていた。
広がる裾は全てチュールで、真っ白な足は普段から仕舞い込まれていたのが分かる。
ウェディングシューズでは歩きにくいらしく、頭に乗せたティアラが揺れた。
これまた可愛いデザインの白い日傘は見事な薔薇の刺繍が施されており、柄の部分は蔦で出来ている。
それを新妻の上に向けながらウィンダムは背広を脱いだ状態でにこやかに歩いて来た。
アイコンタクトをしてフルラを甲斐に任せ、ウィンダムとさりげなく二人になる。
「……めでたい席でこんな話題を出して悪いが、ここの飛行権はどうなっている?」
「ん? 服装が変わっていないって?そうだね、どうせ男の衣装なんて腕と足の丈を長くするか短くするか位しか出来ないんだ。あとは色かな、だったら別にいいかなって。主役は彼女だからね」
マイペースなウィンダムはまず自分に注目して欲しかったらしい。
ビスタニアは両手を上げて降参を示すと、話を続ける。
「……ウィンダム、今上空を何かが通過した。かなり大きく、そして速い。お前も名家の人間で跡取りだ。何かあってからでは遅い」
防衛機関の下請けといった認識のウィンダムの父が長を務める統制機構は、世界の秩序を守る為に重要な機関だ。
その実質的跡継ぎが一般人と結婚するという情報は今や各界隈に知れ渡っている。
「もし、快く思わぬ輩がこの祝いの場に脅威をもたらそうとしているのならばすぐに動かなければならない」
「……やだな、そんな怖い顔をしないでくれ。この場所の飛行権は僕の物じゃないよ、でもこの島の権利をもっている国に式を挙げる申請も出したし日時と時刻を伝えてあるから、その間はこの上を邪魔になるものは飛ばないだろうね。 規格外の鳥だったら規制は掛けられないだろうけど」
「そうか……。残念だが鳥ではないだろう。しかし、通り過ぎたにせよあの影からいくと高度は低い。それなのに姿が目視出来なかった。余程の速度だと思うが、風も起きず無音……。気がかりだ、すぐに俺の機関に問い合わせてみる」
一人その場から離れて目立たぬように教会の裏へと向かったビスタニアをシェアトは見ていた。
そして邪魔者が消えた隙をついて甲斐の元へ急ぐ。
「あいつ、トイレか? 海に向かってする気じゃねぇだろうな」
「さっきの影が気になるんだって。そういえばここってトイレは?」
フルラは影を見ていないので、不思議そうに笑っている。
そして久しぶりの甲斐に興奮気味である。
「教会の中にあるから自由に使ってね!案内、する……?」
「息が荒いぞ淫乱娘! ……確かにさっきのは妙だな。こんなとこでドンパチ始まるとか勘弁して欲しいぜ危ない物かもしれないって事!? どしぇー!」
「えっ……えっ……!? 何か、あったの?」
「なんでもないよ、大丈夫。少し大きな鳥が驚かせただけさ」
戻ったウィンダムが、甲斐とフルラにウィンクをして誤魔化した。
フルラに余計な心配をかける訳にはいかない。
確認へ行ったビスタニアが早く勘違いだった、と笑って出て来て欲しいと願うばかりだ。
× × × × ×
裏へ行ったビスタニアは日陰の涼しさに、どれだけ体に熱をもっていたかを身をもって知った。
丸い石が敷き詰められた通路に立ち、教会に寄り掛かって音声通信を始める。
「……ビスタニアです。ロジャー先輩をお願いします」
内線を繋ぐ待ち時間がもどかしい。
ようやく保留音が切れたと思うと、通信が切れてしまった。
再度かけ直し、再び繋いでもらう。
今度はロジャーがそのまま応答した。
「なんだよ、かけ直してきやがって! 今日は結婚式だろ?しかもダチの! お前のせいでどれだけ忙しいか分かるかー? こりゃあ引き出物と土産と旨い酒で手打ちだな!」
「……わざと切ったな? そんな忙しい中で仕事の依頼だ、協力してくれ」
「はい出たーー! いいか、そういう言い方は人によっちゃあ怖がるぞ。しかも忙しいっつってんのにじゃあまたにしますとか気遣いのカケラも見えねえ!」
「……場所は987544321254、上空に不審な飛行物体があった。ついさっきだ。まだ五分も経っていないだろう。これの詳細を教えて欲しい」
ロジャーはふざけてはいるが、仕事はできる。
早口でナンバーを伝えても即時、検索をかけているはずだ。
「会話はキャチボオオオオル! はいはい、きゅーはちななごーおっと……あん?これ、SODOMから飛行申請あるぞ」
「なんだと!? 内容は!?」
「国に直接申請出して、そっから許可降りてるからなあ……。調べるのは時間かかるぜ?お前も分かるだろ」
突如どよめくような声と、走り出す足音が聞こえた。
ロジャーから詳細を調べるかどうかの問いかけに応えている余裕は無かった。
「悪い! また後でかけ直す!」




