第七十二話 ブーケ戦争
突然の龍の登場に美しい花嫁姿に感動していた一行からどよめきが起こった。
どてどてと太く短い足を左右交互に蹴り上げるようにして歩く姿、龍にしてはどうにも出っ張っている腹、白く美しいはずの体は灰色で顔もどこか間抜けだ。
翼は穴が空いている場所もあり、お飾りにも見える。
これまた極端に短い尾は途中で千切れてしまっているようだ。
見上げる程に大きく、気高い生き物のはずの龍が何故かブライズメイドをしている。
ざわめきを制するように、大砲の様な咳払いが起きた。
発信源はクロスだった。
殺気を放っている。
龍は呑気に鼻の穴をひくつかせながら、きょろきょろと周りを見回すとクロスを見つけて小さく鳴いた。
この醜い龍はクロスの相棒である。
フェダイン時代に龍の一団と出くわし、その中でいじめられていたこの龍に妙に気に入られてしまったのだ。
その時のサイズは甲斐とクロスを背に乗せて飛び立てるほど大きかったが、学校内で一緒に過ごすために魔法で小さくしてもらっている。
卒業時に鞄に詰めて持って帰ったのは知っていたが、今もこうして仲良く過ごしているのだろう。
音楽が止むと、皆の前でフルラとウィンダムが背中を向けた。
全天使達がファンファーレを演奏すると、空から光が集まっていく。
その光は真っ直ぐにあちこちから差し込み、新しい夫妻になる二人の前に集まった。
光が強くなった瞬間、誰もが一度目を瞑ってしまった。
そのせいで大天使が降臨する瞬間を見逃したのだ。
「マジかよ……大天使呼ぶ儀式と条件、揃えんのも大変だっつーのに……。すげえな……」
体全体が、今にも透けてしまいそうだ。
それほどに髪も肌も、大天使の全てから眩い光が主張している。
細い体に似合わぬほど立派な翼が二枚ずつ生えていた。
この世の何よりも、美しいであろうその姿は中性的で表現しがたいが金に近い髪の毛は地に着く前にふわりと浮き上がって広がっている。
斜めに掛けるようにして纏っている白い布は肌触りもよさそうだ。
人間などが触れてはいけない。
見つめる事すら、躊躇われる。
そんな気持ちに自然となってしまう。
きっと、隣にいるシェアトは苦い顔をするだろうが甲斐はあの大天使はどこかエルガに似ていると思った。
「汝、ウィンダム・アビヌスはこの女、フルラ・インラインを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も……共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで愛を誓い、妻を想い、妻のみに添う事を神聖なる婚姻の契約の元に誓いますか?」
何も見ずに、決して瞳を開くこと無く大天使は告げる。
その声も男性なのか女性なのか判別できなかった。
「はい、誓います」
「汝、フルラ・インラインはこの男、ウィンダム・アビヌスを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も……共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで愛を誓い、夫を想い、夫のみに添う事を神聖なる婚姻の契約の元に誓いますか?」
「は……はいっ! 誓いますっ……」
「では、誓いの口付けを。ここにいる人々が二人の愛の証人となり、彼らを裏切らぬ愛を身をもって実証し続けるのです。そしてここに召還された私、大天使ガブリエルも今日という日を祝福し、貴方達を信じましょう」
ガブリエルの開いた瞳は幾重にも輪が重なって、不思議な色となっていた。
ゆっくりと二人が向き合い、そっとウィンダムがリードするようにして口付けが行われた。
いつもよりヒールのおかげで背が高いフルラは首から上が真っ赤に染まっていた。
拍手が巻き起こり、祝福の音楽を空で天使達が奏でるとガブリエルはその翼をはためかせて上空へと飛び立っていった。
するとゆっくりと白とピンクのカラーで纏められたブーケが空から落ちて来た。
それは右へ漂ったり、左へ漂ったりと不安定ながらもフルラの伸ばした腕の中へと舞い込む。
そして二人は腕を組んで真っ直ぐ歩き始めた。
いつの間にか席の間にはレッドカーペットが敷かれており、観客にはお手伝い天使からライスシャワー用の色とりどりの米の入ったグラスが渡されていた。
「フルラー! おめでとう! ほんとにっ……おめでとう!」
「……もう泣いてるの? ほら、ライスシャワー投げないと。……まったく、君ってどうしてこんなに可愛いんだろうね」
手を振るフルラも込み上げるものがあったらしく、今にもこちらに戻って来てしまいそうだ。
そうさせないのはウィンダムで、仕方ないなという笑顔で組んだ腕を揺らして彼女の意識を自分に向け直した。
「フルラ! おめでと! 玉残せてよかったね!」
「下半身の話だと思われるからやめろ! 新婦に性別の問題があったとか誤解を招くだろ!」
「お前もやめろ! その解説が余計なんだ! ……ウィンダム、幸せにしろよ」
通り過ぎる前に、とうとうフルラの瞳から涙が溢れた。
フェダインにいた頃のようにこうして皆が仲良くしているのが懐かしくなったのかもしれない。
「参ったな……最後の席が両親か。フルラちゃん、あんまり泣かないでくれない? 僕との式が嫌だと思われる」
「ええぇ……がんばるぅ……!」
レッドカーペットの先に着いた時にフルラが振り向いてブーケを投げる準備をした時、それは戦いのゴングだったのだろうか。
出席者の女性達が一斉に立ち上がり、前へと詰め寄った。




