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第七十一話 フルラとウィンダムの結婚式



「……うわ……すっごい……」



 転送スポットから足を踏み出した甲斐は、ネイビーのタイトなミニドレスを着ていた。

 刺すような日差しが気にならないのは肌に心地よく当たる風のおかげだろう。

 長い黒髪を片側に纏めて巻き下ろした甲斐は大人びて見える。



 一面が透き通る海、そして白い砂浜。



 ぐるりと一回転をして見渡しても海の先に何も見えなかった。

 式場は目の前にそびえ立つこれまた美しい小さなチャペルで、白い十字架が屋根の先に輝いていた。

 アイボリーの色をしたレンガで出来た建物の前には、左右に分けて真っ白な椅子が並べられており、日除けのパラソルが席に合わせて浮いている。


 波の音しか聞こえないこの小さな島は、死角が無い。

 こっそり隠れて続々と現れるだろう旧友達を待ちたい気もした。

 あるとすれば協会の後ろ側だが、勝手に入り込んでいいか分からず波打ち際まで足を伸ばした。


「カイ、もう来てたんだ。凄いね、海だ。……カイには海が似合うね、ドレスも綺麗だよ」


 砂が靴に入るのを気にせずに歩いて来たルーカスは茶色のスーツを着こなしている。

 にかっと歯を出して笑った甲斐の足元を見ればミュールを脱いで裸足だった。


「あーっ、カイ! 海に入ってるの?もう、気が早いんだから! ドレスを濡らしちゃだめよ! ……それにしても、晴れて良かったわね」


 砂に足を取られるクリスをルーカスが支える。

 パステルピンクのドレスはホルターネックで短い髪の毛のおかげで結んだリボンが良く見える。

 外へ跳ねるようにアレンジされた髪形は快活な彼女のイメージによく合っていた。


 続々と人が来たのを確認して甲斐が足を砂浜で乾かしていると、シェアトがクロスを連れてやって来た。

 兄弟そろってネイビーのスーツだからか、一段と似ている。

 ネクタイがサテン生地で深いブルーと暗いグレーで恐らく色違いだろう。

 

 趣味が似ている二人は、恐らくどちらも譲らず、結果的にお揃いのようになってしまったのだろう。


「ルーカス先輩、お久しぶりです!」

「クロス! 久しぶりね! 私が綺麗になり過ぎて誰だか分からなかったのかしら?」

「ああ……クリス先輩もお元気そうで……」

「本当に久しぶり! スーツが似合うね、また背が伸びたんじゃない? 成長期だね、シェアトはついこの間朝まで一緒にいた以来か」

「よう、あとは主役を待つだけだな!」



「……数も数えられないか?」



 遅れて来たビスタニアにクロスが満面の笑みで話しかけた。

 甲斐以外の友人達とは卒業式から顔を合わせていなかったので、ルーカスとクリスも凛々しさを増したビスタニアと話が盛り上がっている。


 そうしている間に両家の親族が挨拶を交わして立ち話を始めた。

 見るからに気品のある夫妻はウィンダム家の両親だろう。

 それに対し、緊張した顔をしている優しそうな男性とその横にいるちんまりとした可愛らしい女性がフルラの両親だ。


「ねえ、フルラに似てるね。あの人もふぇぇとか言うのかな」

「ナチュラルに悪夢を植え付けるな。誰が喜ぶんだよ……」

「でもウィンダムの家も凄いんでしょ? なのに人少ないね。もっと大々的にお披露目するのかと思ってた」

「盛大なパーティを嫌う家もあるからな。あいつの家自体、名家の割に緩いというか……しきたりに縛られないんだ。だから身内だけの式にしたんだろう」


 二人の間に割り込む形でビスタニアが入って来た。

 ようやく甲斐のドレス姿をちゃんと見つめられ、数秒後に赤くなって何かを言おうとしたが上手く言葉に出来ないらしい。


「その……お前は、なんでもよく似合うな……。うん。……そ、その中でも、今日は……特に。一段と……」

「ほんと?ありがとー! クリスに選んでもらったんだ!」

「あ、ああ……そうか……。うん、いいな」

「ま、その時は俺もいたんだけどな」


 鼻高々にシェアトが話すが、ビスタニアは呆れたように笑みを浮かべた。


「……こいつには殺虫剤を携帯させるようにする。今後は安心しろ」

「ほら、そろそろ席に着くわよ!」


 呼ばれて席に着く頃には日差しにより、頭頂部が熱くなっていた。

 大きな天使たちがじゃれ合いながら低空飛行をすると、席のある床は芝だったが満開の白い花が咲き乱れた。

 そのまま上昇して十字架の周りを回ると華やかなリボンが掛けられ、二手に分かれた天使達を見ていると次々に可愛らしいバルーンへと変身を遂げた。

 と思いきや、その後ろから悪戯な笑顔で天使達がひょっこりと顔を出して観客から笑いが生まれる。



 彼らの手にはそれぞれ楽器が握られていた。



 一名が指揮者になり、一斉に響き渡る。

 パイプオルガンを空の上で弾いている天使がどうやって浮いているのか甲斐が考えていると、教会の扉がゆっくりと開いた。


 逆光で出て来る二人が良く見えない。

 その後ろにあるステンドグラスは白い光を様々な色に変えており、照明の無い教会の中は厳正な雰囲気が垣間見えた。



「……あれフルラ!?」

「カイ! 静かにっ……」



 小柄な彼女が着ているのはプリンセスラインのドレスだ。

 ドレスのスカート部分には髪の毛と同じ桃色の薔薇が幾つも咲いている。

 前髪を斜めに分けて綺麗に巻き込み、フルラのイメージに合ったセットは決して派手ではなく、とても可愛らしいものだった。


 フルラの手を取ってゆっくりとエスコートをしているウィンダムはツートーンの髪を全て黒く染めていた。

 しかしながらおかっぱ頭は変わらないが、スタイルと顔立ちが彼の印象の手助けをしているようだ。

 白い背広の中には黒いベスト、そして黒い蝶ネクタイとパンツという新郎スタイルだ。


 フルラが被っている長いベールには薔薇の花びらが付いており、ベールとドレスの裾を持っているのは幼稚園児程の大きさの、不細工な龍だった。


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