第六十九話 フードコート・ディスカス
フードコートは賑わっていた。
小さな子供は外出とこの雰囲気に浮かれて汗を浮かべながら走り回り、それを必死に落ち着かせようとしている母親や子供を肩車している父親の姿が微笑ましい。
席に着くと映像で店舗が浮かび、それにタッチするとその店のメニューに切り替わった。
まとめてオーダーできるようなので、大き目のピザとサイドメニューをクリスが適当に選び、最後にドリンクをそれぞれがタッチして行く。
待ち時間は五分らしい。
ここでもお手伝い天使が各店の制服を着用してかいがいしく働いていた。
一番厚着をしているシェアトはとうとうストールを外して襟元を指に引っかけて上下させ、風を中に送り込んでいる。
背の低い甲斐は足が床に付かないらしく、ぶらぶらと足を遊ばせて頬杖をついていた。
その様子がどうにも可愛らしく見えたのか、クリスが彼女の頬を両側から押し潰している時に注文した品々が届いた。
「これ、一回で」
さっとカードを取り出したルーカスを甲斐とクリスが慌てて止める。
片手でバッグから財布を取り出して急いでお金を探すが、もうお手伝い天使はチェックを終えてしまった。
「サンキュー! なんだよ、おごりなら先に言えよな。もっと頼んだのによ!」
「だから言わなかったんだよ。……なんてね。足りなかったら頼んでいいよ」
「やだ! ルーカス、悪いわ。もう、これって全部でいくらだったの?」
「え、えっと……」
メニューと運ばれてきた料理を交互に見て計算をしようとする甲斐の額を軽く小突いた。
「二人共、大丈夫だからほら食べよう。……たまにはカッコつけさせてよ。といってもそんな大したものじゃないけどね」
出来立てのピザは信じられない位チーズが伸びたし、生地の甘味と歯ごたえがあった。
優しく笑っているルーカスをこんなに大人だと思ったのは初めてだ。
「でもよお、いつからクレジットカードなんて持ってんだ? 現金は嫌いか?」
「いや……仕事で色んな国に行くんだけどちょっとした物を買いたい時とかに一々その国のお金に換えるのが面倒なんだ。余ると困るしね。だからカードにしてるんだよ」
「そっか、あたし達も持ってもいいかもね……」
「ま、今んとこ困った事ねぇし焦んなくても大丈夫だろ」
自分で提案したが、甲斐は果たしてこの世界でクレジットカードが持てるのかどうかと不安になってしまった。
それを察したのかシェアトが大き目にカットされたピザを甲斐の皿に乗せた。
「……ああ、フルラのドレスきっと素敵なんでしょうね。楽しみだわ」
「そうだね、こんなに早く友達の式に出るとは思ってなかったよ」
恐らくフルラ本人も驚いているのではないだろうか。
彼女は魔力を利用した研究所へ就職したが、働きながら式へ向けて動いていると考えると大変そうだ。
「みんな来るんでしょ? ナバロも予定空けてくれたみたいだし、クロスちゃんは大丈夫なのかな?どうなのお兄さん!」
「いなくてもいい奴だからなあ、もしかして呼ばれてないんじゃね?」
「あなたまさか……またしばらく家に帰っていないんじゃないの!?」
クリスがシェアトを睨みつける。
フェダインの頃、弟であるクロスとの折り合いが悪く、年に一度の帰省シーズンだというのに帰らずにいた。
その為、難関校だというの編入、そして飛び級をやってのけた優秀なクロスとの関係が一時悪化したのだ。
「なんでそうお前は所帯じみてんだよ……。もっと可愛く聞けねえの? 言葉の終わりをトゲトゲさせんな、サボテン女」
「私がどうしてあなたに可愛くしなきゃならないのよ!? だったらホルマリン漬けの気味の悪い脳にでもかわいこぶってた方がまだ有益だわ!」
どうしてもこの二人の相性は良くない。
放っておくと本気で大喧嘩を始めてしまうのだ。
甲斐は二人を放って、ルーカスへ話しかける。
「……ねえ、式にさあ友達みんな呼んでくれたかなあ?」
「そりゃあ……呼んでくれたと思うよ」
「じゃあさあ……エルガも、呼んでくれたかなあ?」
以前、エルガの話をシェアトの前で出した時にもうその名前を出すなと言われていた。
それ以来極力避けて来たが、今日ばかりは抑えきれなかった。
「……そうだね、呼んでくれたと思うよ」
「だよねだよね!? じゃあ、来てくれるかなあ?」
「……それは……どうかな。エルガも、忙しい身だからね。SODOMの代表がふらりと外出してもいいのかは…僕には分からないや」
「……だよねぇ……。忙しいのかなあ。じゃあ、もし来れなかったとしてもいっぱい写真撮って送ってあげてもいいのかなあ」
「……そうね、せっかくだもの」
クリスがぎこちなく笑う。
送るにも、一体どこへ送ればいいのか誰も知らない。
「……迷惑なんじゃねぇの。今頃もしかしたらほっとしてるかもだぜ?」
誰とも目を合わさず、ポテトを口に放り込むとシェアトはバナナサイダーを飲み干した。
その言葉にクリスが咎めるように睨みつける。
「それになんで俺達からあいつに媚びうるような真似しなきゃなんねぇんだよ。謝ってへこへこすべきはあいつだろ」
卒業式の後の事をシェアトは許せていなかった。
先日まで友と信じ、笑い合っていた全員が、自分が惨めで仕方なかった。
「……シェアトは、エルガの事嫌い?」
「いや?」
ほっとしたような甲斐に、間髪入れずにシェアトは続ける。
「……大っ嫌いになったぜ。あの日、あの瞬間からな。仲間を傷つけるような奴は大嫌いだ」
甲斐の瞳に、怒りなのか悲しみなのか。
判別し難い炎が揺らいだように思えた。
ルーカスが二人の仲裁に入る。
「……じゃあ、大嫌いって撤回されるかもね。……だって、傷ついていない。少なくとも、僕はね」
「わっ、私も! そりゃ……びっくりしたわ。でも、傷ついてないわ!」
椅子の背もたれに思い切りよしかかり、天を仰ぐシェアトに甲斐も止めを刺す。
「あたしも、傷ついてなんかいないよ。むしろソドムをどうにかしてやりたいって思ってる。友達だからね! ……ねえ、シェアト。傷ついたのは……」
「あーもういいよ、お前らタフだな! 安心したぜ! 俺達の部隊でもきっと大活躍出来るんじゃねぇの!盾ぐらいにはなれると思うぞ。お喋りはここまでだ、さっさと食っちまえ!」
傷ついたのは、誰でもない彼自身なのだとどうして今まで気づかなかったのだろう
癒えぬ傷も、晴れぬ心も抱えたまま、どうしようもない気持ちでいたのだろうか。
フェダインで最初に友達になったという二人には、彼ら以外には分からぬ何かをきっと幾つも共有したのだろう。
そして、積み重ねた三年間の全てが偽りだったのだ。
彼の痛みは、計り知れない。




