第六十八話 ベビードール論争
メンズのショップへシェアトが勝手に入り込む事が多いが、意外にもクリスは寛容的だった。
それどころかシェアトと服について論議を交わしたり、どれが似合うなどとチョイスしてやったりと面倒見がいい。
ルーカスはとりあえず入ってみるものの、シェアトと服のセンスが違うのか小物を見ているだけだった。
シェアトは裾広がりの黒いパンツに細身の変形カットソーで、赤いストールを巻いており、大きなバックルの付いたベルトを見せるように付けている。
強めなコーディネートのシェアトと反対にルーカスは、白いパンツにベビーイエローのシャツ、そしてキャメルのベストといった爽やかな出で立ちだ。
甲斐は一応皆に合わせて店に入るが、サングラスや帽子などを被ってルーカスに見せるという行為を彼が笑うまで続けていた。
最初はポーカーフェイスを決め込んでいたら流石にサングラスを十個も重ねた甲斐にどこが本当の目か聞かれ、位置が変わるはずもないのに何を言っているのかと言う前に笑いが先に出てしまった。
その輪の中にクリスはいない。
店を出ると、甲斐と並んで歩くのだが店内では三人から離れて行ってしまう。
「あ、そうだあたし欲しいモンあったんだ。あそこ見ていい?」
「あら、なあに? どのお店?」
「ほら、あそこの下着屋さん」
男性二名は固まった。
まさか付いて行くわけにはいくまい。
「あれ、何してんの? さっきメンズショップには付き合ったんだから、興味無くてもちゃんと付き合ってよー」
「……か、カイ……それは……その色々と問題があるんじゃないかな……」
ルーカスは口元を引きつらせ、遠回しに断ろうとしているがクリスにがっちりと腕を掴まれてしまった。
「あら、今時カップルで入るのは珍しくないわよ。……シェアト! 一人で鼻の下伸ばしながら入らないで!」
下着ショップに入ったものの、ルーカスは極力顔を上げないようにしていた。
「おい! 見ろよ! これならいっそ何も履かなくていいんじゃねえか? この部分なんてどうせ食い込んで見えなくなるだろ!?」
「どれどれ……ほう、中々の物を手に取ったねぇ。うん、次も珍妙な品を探してきなさい」
「カイ! シェアト! 何してるのよ……! カイ、あなた買う物があるんじゃなかったの? ……もしかして、勝負下着?」
この言葉に、シェアトは可動範囲を越えた首の回し方をして甲斐を見ている。
「勝負下着? 試合前に付けるの?」
「試合に上がる前に練習試合が必要じゃねぇか……? 是非その相手は俺を……!」
「こんな所でも君は衰えを見せないのが凄いね……。でもいい加減に少し黙ろうか」
シェアトに足を掛けて転ばせるルーカスは、目が笑っていない。
「考えたらあたし、フェダインで借りてた下着を盗んできちゃっててさ。えっと! 自分の下着もももももちろん家にはあるんだけどね!?」
慌てて異世界から来たという事情を知らないクリスに弁解する。
着の身着のままでこの世界に来てしまった甲斐はフェダインの女子制服と、用意された下着を付けて過ごしていた。
「……ど、どうしてフェダインの下着を……? 新品だとは思うけど……。なんだ、じゃあただの下着の新調なのね」
「そーゆーこと。あ、これ可愛いじゃん」
甲斐が手に取ったのはショッキングピンクに黒いレースが付いたセット下着だった。
「おし、ちょっと着てみろ。話はそれからだ。俺としてはもっと布が少ない方が好みだがな」
「ああ~ら! カイの下着を見る機会なんてこの先の人生で一度だって無いはずよ! だからあなたには関係ないじゃない! 隅で丸くなって明日の夕飯でも考えてたら!?」
「あんだとこの……そうします。明日はイタリアンかな~それともカリーかな~? なんだろな~?」
ルーカスに即座に睨まれたシェアトは一瞬で屈服したようだ。
「クリスは何か買わないの? 選んであげようか?」
「えっ!? ルーカスが……!? あー……どうしようかしら……」
「ほら、これとかどうかな?」
差し出したのは隠すべき場所が全て透けて見える、悩ましいデザインのベビードールだった。
大人の艶のある紫は確かにクリスに似合うだろう。
「あら、ホント可愛いわね。そうね、それにしようかしら」
「クリス、それって渾身のボケなの? それともルーカスの言葉には同意しないと殴られるの?」
何着か下着を買った甲斐は満足そうだったが、ルーカスがクリスへあのベビードールをプレゼントするのをシェアトは前歯を出しながら茶化す様に見ていた。
「ドレス買わないとね、でもその前になんか食べたいな」
「やだ、もうお昼なのね! フードコートに行きましょ!」
「おい、それ貸せよ」
甲斐の荷物を指さすとシェアトがぶっきらぼうに言うが、中々こちらへ渡そうとしない。
痺れを切らして奪おうとするが、その手を見事にかわされてしまう。
「……試着なら店でしてきてよ……」
「だな! 悪い! ちょっと待っててくれ!」
そう言って爽やかに店へ走り出そうとしたが、シェアトは急ブレーキをかけて甲斐に詰め寄る。
「……って着っるっわっきゃっねっえっだっろっが! 持ってやるっつってんだよ! 一から十まで言わなきゃ分かんねえのか!?」
「なんで? いいよ。だって下着屋さんの袋持ったシェアトって……『店から出て来た女性が美人だったからどんな下着を付けるのか知りたかった』って動機で強奪したみたいに見えるでしょ?」
「見えねえよーーーーーー! なんでこの面子と並んで歩いててそんな犯罪してんだよ! そもそもそういう奴の友人も大丈夫なのかって話だろ! 見ろ! ルーカスだってあの女の袋持ってやってんだろ!」
「あれは……ただの彼女の荷物を持ってあげてる優しい彼氏」
「はい出ました! 俺差別!」
前を歩いているクリスの顔が浮かない。
ルーカスは早いうちからそれに気が付いていたが、この雰囲気を壊さないようにとおいしそうなデザートのある店を提案したり、砂糖専門店があると話題を上げてみるも反応はイマイチだった。
「……クリス? どうしたの?」
「……ううん、なんでもないわ。行きましょ」




