第六十六話 あなたはいま、なにをしていますか
どうにか顔合わせを終えた二人がナヴァロ家を出たのは深夜だった。
一泊を勧めるティティにビスタニアは断固として首を縦に振らなかった。
お土産に、と甲斐にポプリを持たせてくれたティティの手は小さいが思ったよりも熱かった。
× × × × ×
「……いや~、思ったよりナバロパパカッコよかったな~。ママさんも可愛かったし」
「カッコ……!? ……長髪派か?それとも赤の髪が不満なのか?」
「髪形に固執してるんじゃないよ!? 想像してたより全然優しかったし」
「優し……!? 父が優しいなら俺はどうだ?初孫を喜ぶ老人並に優しいのか?」
翻弄されるビスタニアに甲斐は楽しそうに笑った。
「いやいや、もうあたしの中でナバロパパは会った瞬間、投げナイフとか飛び道具を食らわせて来るようなイメージだったしさ。あたしが何か言おうものなら頸動脈掻っ切ろうと躍起になってくるのかと」
「そこまで心に問題を抱えた親ならまず紹介などしない」
だが仕事とはいえ、この世界から存在を消してしまおうとしていた相手が今日、自宅にやってきたのだ。
息子の恋人として。
父はどういう気持ちだったのだろう。
そして今、彼が何を考えているのかを想像するのは非常に難しい気がした。
「……じゃあ、また……な」
転送スポットに着いてしまった。
しかし、甲斐は繋いだ手を中々離そうとしない。
愛しさを数値化したメーターがあったならとっくに限界値を振り切っていただろう。
このまま一人暮らしの部屋へ連れ込む、いや、呼びたいが明日も仕事がある。
まさかこの夜更けに男女二人が密室にいて、そのまま『おやすみ良い夢を』とはならないだろう。
「ナバロ、ごめんね」
「い、いやこっちこそ連休じゃなくてすまないな……!」
「……ん? いやそれは別に……ああ、夜遅くまでありがとね! ……ごめんねは、あたしの両親に紹介出来なくてって意味……」
口を尖らせて残念そうに繋いだ手を激しく振る甲斐が口にしたのは予想外の答えだった。
「い、いや! 大丈夫だ。……ただ、俺と付き合うせいでお前を危険に巻き込むようだが……」
「大丈夫だよ、あたしが人を殺す事があっても殺されるとか無いってー!」
異世界人がこれまで犯罪行為をした例があっただろうか。
「その判例や有能な弁護士を探しておく必要がありそうだ……」
「じょ、冗談だし! なんでツッコんでくれないの!?」
「……冗談は笑えるから冗談なんだぞ……。そういえばお前は夏休みだったな。もう少しでウィンダム達の式だな。次に会えるのはその時だろうが、空いている夜があれば連絡する」
「オッケー! じゃあ、一週間後だね。……エルガ、来てくれるかなあ?」
その、期待しているような表情に青い痛みが蘇った。
きっと、彼は来ない。
その予感を口に出来ない。
まるでこの返答一つにエルガが来るか来ないかが掛かっているような、真剣な瞳でこちらを見つめているのだ。
「……来るだろう。招待状は行ってるのかは分からんが、届いていたら来るだろうな。そこにお前がいるんだ、仕事なんて笑いながらすっ飛ばして駆けつけるんじゃないか?」
「そうかなあ! そうかなあ!? エルガに会ったら、みんなで文句言おうね! あとあたしは一発急所を殴ってやる…」
「そうだな、まずはあのバカ犬が先に手を出しかねん」
「確かに! フルラの式の邪魔だけはさせられないね……!」
消える寸前まで手を振り続けていた甲斐を見送り、続いてビスタニアも転送場所へと足を進める。
「頼むぞ、ミカイル……。これ以上、あいつをがっかりさせてくれるなよ」
× × × × ×
夏休みを貰った二人は暇そうだった。
あれだけ毎日事件に関わって来たが、平穏に馴染むのに時間は掛からなかった。
徐々に起床時間は昼前から昼過ぎへと変わっていったし、日が暮れた頃に起き出して夕食を朝食代わりに摂る日もあった。
「おはよーシェアト。もう夜だよ」
「おー……。ドラマ見始めたら二十時間経っててよ……。お前も見るか?」
「あたしはいいや、登場人物覚えきれないから」
「バカだな! 俺が覚えてると思うのか!? そういうのはノリで見るんだよ! 何話か出て来ない奴は死んだと思ってるぜ!」
食事へ向かうシェアトとすれ違う様に自室へ戻ろうとすると再び呼び止められる。
「一緒に飯食いに行かねえのか? ……まさかお前、『早起き』とかいう裏切りをしたんじゃねぇだろうな!?」
「まあ、最近の中では一番早起きだったけど……。明日は朝に起きなきゃなんないの。結婚式用の服買いにクリスと待ち合わせしてんの」
「おいおいおいおい! なんで俺を先に誘わなかったんだ!? しかもよりによってあの女かよ!」
本気で怒鳴るシェアトに、甲斐はもう慣れている。
クリスとシェアトはいつからこんなに犬猿の仲になってしまったのだろう。
「だって、女物のドレスだよ? シェアトがショップに入ったらそれだけで捕まりかねないじゃん」
「意味分かんねえ……! 俺の姿が世の女共に性的ななんかに見えてんのか!? それともイケメン過ぎて目が合った女の心臓が止まるからか!?」
「発想の落差……! とにかくクリスとはあのじいちゃんと会った時以来だし、積もる話もあるのー。シェアトはルーカスとか誘って買い物に行けばいいじゃん」
「あいつ、仕事のせいでただでさえ連絡取れねえのにか!? ……明日、どこ行くんだよ」
「さあ……? 一応待ち合わせは世界最大のショッピングモールらしいけど……」
それを聞いて意味ありげに鼻歌を歌い、シェアトは夕食へと行ってしまった。
給料は寮の家賃と光熱費を引かれた額が振り込まれるが、特に使い道も無い甲斐はそのほとんど口座に入ったままだった。
今回は自分の金で買い物が出来る。
ドレスを買うには十分過ぎる金額をもう用意してあった。
働いてからプライベートで友人に会うのは初めてだ。
お洒落が好きなクリスはメイクも上手く、センスも良い。
以前在学中のプロムでもスタイルを活かし、目を引く存在になっていた。
今回のドレス選びに大いに助けてくれると期待が高まる。
その為にも明日は絶対に寝過ごすなど許されないのだ。




