第六十五話 貴方へ
「でも、一応ナバロパパでも新婚の時はラブラブにゃんにゃんだったんですか?」
「ちょっと待て……やめろ……ぐっ……頭が……おかしくなりそうだ……!」
「あらあら。そうねえ、あの人は今と同じでずっと忙しいから……」
「そうなんですね。でも、顔合わせ前にご両親が『事故』で亡くなるなんて……」
眉を下げた甲斐の言葉にビスタニアは彼女の肩を抱き、ティティは優しく微笑んだ。
「そうね……とても、残念だったわ。ビーくんを見せたかった~。ビーくんも会いたかったでしょう」
「い、いや……いえ…そ、そうですね……」
× × × × ×
防衛長として就任したサクリダイスは仕事が忙しくなり、帰る日も時間も不定期になった。
ふらりと現れ、すぐに仕事へ出かける。
そんな変動的なサイクルの中で唯一彼にとって、変わらない場所であり時間の流れるこの家を守りたいと思った。
あの事件以来、この家には彼以外が出入りできないように厳重すぎる警戒魔法を掛けており、私はこの敷地から外に出る事は許されなかった。
そんな閉鎖的な生活を苦に思った事は一瞬だって無かった。
必要な物は全て家から注文が出来たし、商品が届く転送装置があった。
とても便利だったし、不自由をしたこともなかったから。
『外に出て遊びに行きたい』
そんな風に同じ年の女の子は思うだろうか。
この状況を悲観して
両親に泣きついたりするのだろうか。
「お帰りなさ~い!」
いつも顔を見てはくれない。
そんな彼を、酷いとか冷たいなんて思った事も無かった。
だって、私の声は聞こえているのでしょう?
貴方に、届いているのでしょう?
テレビで目にする彼は、難しい事をすらすらと口にしながら世界を守っていく。
決して感情の起伏を見せない、防衛長としての任を果たす貴方はとても素敵です。
「お気を付けて~!」
気付いています。
あなたが玄関からリビングの扉を開けるまでの歩幅がいつもより大きく、少しだけ早歩きな事。
私の事を、心配してくれている?
それとも、あの日が貴方を苦しめているの?
寝室も、自分用の部屋も与えられた。
でも、私が二階にいてはあなたにすぐに気が付けないから。
ベッドの代わりにあなたが絶対に座らないソファで眠って朝を待つの。
不格好同士お似合いだ、なんて言われても会話が出来た事が嬉しくて顔がほころぶのです。
何を言っても、何をされてもあなたのお傍にいられるだけで幸せです。
二人でどこかへ出かけるなんて望みません。
一緒にいられた時間なんて少ないけど、あなたが帰って来る場所に私はいます。
「子供が出来たみたい……!」
貴方は新聞を読みながら、返事もせずに聞いていた。
その後、どこかへ遅れると連絡した後に出かける準備をしてくれて、陽性だと分かるなりセキュリティの高い特別入院室へと入れてくれたわね。
あの日から、あなたはますます誰にも気を緩める事をしなくなったわね。
大切にしようと、守ろうとしてくれているのは伝わっていたの。
私には、分かるの。
玄関を開けてから私の顔を見るまでのあなたは、怖い顔をしているわ。
守る人が増える重圧に苦しんだ事も、感じていたわ。
あなたが強くなろうともがいているのも、ちゃんと見ているから。
「ビー君、いってらっしゃ~い」
弱さも、油断も、一瞬の気の緩みさえも許せなくなってしまったあなたは息子に強さを求めたわね。
それに応えようと努力するビー君は、十分な強さを持って生まれてくれたわ。
ビー君が生まれる前に、あなたは言ったわね。
「あの時、涙一つ流さなかった俺を最低だと思うか?」
「じゃあ、あの時ず~っと笑っていた私は最悪ねぇ」
あなたが何も大切じゃないように見せているのも、誰が見ても自分以外を愛していないように見えるのも全て私達の為なのね。
いつかのテレビ番組で妻も子供も、人質としての価値は無く、弱味でもないと言い切ったわね。
私だけは、その意味を分かっていたいの。
あの子達に話せる事が少ないのは残念だわ。
話すには過激で、そしてあなたの努力が無駄になってしまう。
何があってもいいようにその態度を、性格を確立させるのに苦労したでしょう。
両親を失う危険も理解し、最悪な事態を予見していたのでしょう。
力に屈し、悲劇を嘆く人間ではないと、そんな事をしても無駄だと身をもって示したのね。
怒りも悲しみも憎しみも、その全ては傷になったわ。
癒えることのない傷が一生付き纏うの。
一人息子に同じ思いをさせる事に苦しんでいたのでしょう。
『この家の名を捨てさせる』、そんな可能性を示したのは驚いたわ。
私達がビー君を置いて殺されたとしても、化膿して醜い跡にならぬように。
あなたがそうして来たように、この家を継ぐ者として必要な強さを身につけるように導いてくれた。
人生を賭けたあなたの努力を私はサポート出来ているかしら?
× × × × ×
「……でも、パーティで会っていきなり婚約発表かあ。素敵だなあ」
かいつまんで話を勧めたティティは今までの軌跡が自然と思い出された。
改めて話した事の無かった祖父母の突然の事故という命の終わりに、ビスタニアは終始驚いていた。
そしてその『事故』には何か、策略のようなものがあったとティティはほのめかしている。
「……そうねぇ~。……あのね、でもまだお付き合いをしている段階といえどカイちゃんにももしかすると危険があるかもしれないの。それを分かっていて欲しくて」
きっと、どちらの為にも父は反対したのだろう。
そう、ビスタニアは直感した。
もし甲斐に何かがあった場合、異世界人がこれまで通りの方法で消えずにこの世界で命を落とすような事になれば影響がどこにどれだけ起きるのか未知数。
これは甲斐の身を案じているのではなく、この世界に及ぼす影響が計り知れないせいから危惧しているのだ。
そして未だにビスタニア自体も彼女を失うかもしれないという覚悟は出来ていない。
想像すら、つかないのだ。
「……成る程。幸か不幸かまだ父が健在ですから俺に防衛長の席が来る事はありませんが、今の世界を変えようとする勢力も多くいます。何があってもおかしくない、という事ですね」
「とりあえずあたしは全寮制だし、襲撃されたら特殊部隊VS暗殺者っていう熱い展開になっちゃう訳だけど……」
「だからね、ビー君。貴方は強くならなきゃ駄目よ~。あの人のようにでなくてもいいから、カイちゃんを守ってあげてね」
緊張したような顔で甲斐を見た後、声を弾ませる母にしっかりと頷いた。
「じゃあ、今度は二人のなれそめをもっと詳しく聞かせてちょうだ~い! なんなら泊まっていってね~!」
「か、母さん……!」




