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第六十二話 ティティの決意

「そ、そのあとって……どうなったんですか?」

「そうねえ……特に、何も無かったわ~? 気付いたら、ビーくんがいて……こうしてカイちゃんが来てくれてたのよ~!」

「ちょっ、ナバロ! 何か補足とかないの!?」

「わ、悪いが俺では……」



×  ×  ×  ×  ×



 突然の婚約宣言に私自身も実感が無いまま、両家の顔合わせとなった。


 両親はその日までに何度も服を購入しては無造作に床に積み上げていたし、私も夜遅くまでファッションショーの様に着替えさせられては、学校から帰宅するとまた着せ替えが始まる生活を続けていた。

 学校では噂がとっくに広まっており、今まで一度も目線を交わした事の無いような相手からしょっちゅう話しかけられるようになっていた。



 結局冷静になる時間は無く、ナヴァロ家へと出向いたが規模の違う豪勢さと代々家を守って来たという威厳漂う当時の当主に父が汗を掻いていたのを思い出す。

 サクリダイスは柔らかな笑みを浮かべて私の両親へ挨拶をしたがその間一度もこちらを見る事は無くて、なんだか不思議な感じがした。

 食事を終えて自宅に戻ってから、ようやく息が出来たと父がぼやくと母は震える手で頭を撫でてくれた。

 私はただ、窓の外を見てた。



×  ×  ×  ×  ×



 今度は私の家へとナヴァロ家一向が来ることになった。

  あれは春に近付いた頃、雪が溶け始め、外の匂いが懐かしい気持ちにさせる朝だった。


「あーあーあー、母さん! どうしてこんな元気の無い花を用意したんだ! 前から言っているだろう! ティティのように明るく、可愛らしい花を活けてくれって!」

「あ~ら、ごめんなさい! 私の中でその花がとっても明るくて可愛く見えたので活けたんだけど! あなたにはしおれて枯れ草のように見えているのね!? だったら捨てたらいかが!? ゴミ箱はこちら!」

「そうは言ってないよ……でも、なんだ……これじゃあナヴァロ家の皆さんを歓迎している雰囲気が出ないんじゃないか? ……おはよう、我が愛娘! 今日もご機嫌さんだね!」

「おはよう、パパ~! ママもおはよう~。もうすぐいらっしゃるのよね! リボンは付けた方がいいかしら~?」

「ティティ、いいよ。君はそのままで十分さ。いつも言っているだろ、レースもフリルもリボンも全て君の可愛さには本当は必要ないんだって」


 母は朝の挨拶も素っ気なく、お手伝い天使に指示を出していた。

 こんなに両親が取り乱すなど、想像もしなかった。

 いつもどちらも尊重し合っている二人が、珍しく意見がぶつかっている。

 それも全て私の結婚相手の為だと分かっているから、なんだか、くすぐったいような気持ちだった。



 けれど約束の時間が来ても、家の呼び鈴は鳴らなかった。



 忙しい相手だ、仕事が立て込んでいるのかもしれない。

 家中を歩き回りながら父と母は互いに可能性を口にし合った。



 早く会いたい。



 それだけしか浮かばない自分は何度も鏡を覗き込んでは唇の血色を心配したり、髪の毛のカールが取れて来ていないかと確認していた。

 今度こそ、こちらを見てもらわないと。


 とうとう家の呼び鈴が鳴らずに一時間が経った頃、父宛に映像通信が入った。

 部屋の扉を閉めても階下まで聞こえて来るのは随分と騒がしい音声。

 そして荒く部屋の扉を開いた音と階段を駆け下りる音を聞いた時に、不吉な予感を感じた。


「……あなた? どうなさったの?」

「ティティ、ティティ。こっちへおいで。リラ、落ち着いて聞くんだ。この子ももう子供じゃない。お嫁に行けるまでに大きく成長したんだ。知っておく必要がある。だから私は話そうと思う」

「……パパ?」




 息を整えようとしているのは分かる。




 しかし、オンスの息は乱れたままだった。

 大企業の上に立ち、数千人を動かしているだけあって声と表情は一見すると冷静だった。









「ナヴァロ家の……当主と……その夫人が殺害されたそうだ。発見者はサクリダイス君だ……、通報も彼が行ったらしい」









 息を呑む音だけが聞こえた。

 それが誰の物なのか、まして自分の物なのかも判別出来ないほど衝撃を受けていた。

 冗談にしては面白くない。


「私達も、一度身を隠そう。結婚の話も正式発表はしていないが、とっくに回っているだろう。詳しい事は何も分かっていないが、サクリダイス君は偶然仕事で帰宅が朝方になったそうだ。……自宅に押し入り、あの当主の命を奪えるのであれば相当力を持っている反政府勢力だろう」

「……ティティ……、いらっしゃい」


 母に抱きしめられながら、サクリダイスの両親を思い出していた。

 厳しそうだが、凛とした中にも女性らしさがあった立派な彼の母。

 広い視野と強い信念の元、機関を守り続けてきた彼の父には器量の大きさが垣間見えた。



 もう、二度と会うことはできない?



 これから、たくさん話をしていきたかったのに。

 たくさん、彼の事を、ご両親の事を知りたかったのに。



 あの日、立派な両親に挟まれて貫禄あるサクリダイスは微笑んでいた。

 それは本心から来る笑顔でない事は分かっていたが、これから家族になり、この人達の中で生きていくという覚悟が固まった日でもあった。




「……さあ、準備をしよう。早い方が良い。警備もあと数分で到着するはずだ、荷物を纏めておいで」




 リラが夫の言葉に頷いて寝室へ行こうと立ち上がった時、ティティは笑顔を保ったまま明るい声を出した。



「私は行けないわ! パパ、ママ! 本当にごめんなさい!」



 空気が、凍り付く。

 それは、娘の初めての反抗だった。


「……ティティ、パパもママもお前を良い子だと思っているよ。わがままも言わず、不器用ながらも努力をしなかった事は無い。自慢の娘だ。だが、今のお前の意見は理解できない。何処へ行こうというんだ?」

「サクリダイスさんの所ですよ~。私の居場所は、もうそこしかないんですから!」

「ティティ! あなた……きっとこの子は混乱しているのよ。だって……こんな残酷な話があって!?」

「……ティティ、私達は家族だ。こんな時に輪を乱すという事は、どういう事か分かるか? 力ずくでもお前を連れて行くぞ。もしも、それに抵抗するのであれば……お前はもう私達の家族では無い」



 

 ああ、壊れていく。


 優しく、温かな父。

 愛に溢れた、母。

 



「あなた! なんて事を……なんて事を言うの!?」

「私がいつ、何かを無理強いした?私が今までに理不尽な命令をしたことがあったか? 確かに私も人間だ、機嫌が悪い時に冷たい態度を取ってしまったかもしれない。しかし、子を守りたいという親の気持ちを無視するというのなら、それはもう子供では無い」





 決断する時間は無いけれど、それはもう、問題じゃないの。

 そうよね、パパ。

 私の事を、もう一人で大丈夫だと信じてくれたのよね?




 子供じゃないなら、私は『大人』でしょう。





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