第六十話 ティティの学生時代
「出会いはね、パーティだったのよ~。あの場にいる人たちって、みんな素敵なのよねぇ。綺麗で、華やかで……」
目を細めて笑うティティは、本当に無邪気だった。
「それは全部今まで徹底的に仕込まれたマナーや笑顔、そして声の出し方……今考えれば分かるの。あの場は発表会のようなものだって……」
幼い頃から、両親に連れられてパーティに多く出席してきたと言うティティはやはりそれなりの家柄だったのだろう。
ビスタニアは隣でへえへえほうほうと話に聞き入る甲斐と同じで、母であるティティの事を何も知らない。
ティティは今、幸せというものを噛みしめていた。
息子が自分と視線を合わせている。
息子の大切な人が会いに来てくれた。
そして、静かなこの家に誰かがいて時間があっという間に過ぎていく。
これを幸せと呼ばずに、何と呼ぶのか。
× × × × ×
大人たちの話す事は難しく、何故父も母も普段と違う声で話し、会場にいる間は不自然な笑顔を浮かべているのか。
その理由が分かったのはずっと後だった。
同い年の子供たちはまるで年上に見えた。
振る舞いも、笑顔の出し方も洗練されていたし、常に誰と仲良くしておけばいいのかを分かっていたように思う。
もちろんその輪に入れるはずもなかったのだけれど。
はしゃぎ過ぎると帰ってから酷く叱られるので、大人しく、そして両親とはぐれないように気を付けないと。
前のように人前で泣きわめくという大失態は二度と起こすわけにはいかないもの。
食事が終わったのであれば帰りたかったし、残念なことにダンスの神様は私には微笑んでくれないから私はいつも一人だった。
それでもいつもは寝ている時間までこうして家の外にいられる事だけは気分を持ち上げてくれた。
× × × × ×
「パーティかあ……。全然想像がつかない世界です。 踊り狂って美味しいもの食べてるだけじゃダメなんですもんね」
「そこまで楽しんでいる奴がいたら有名になれるな。……そういう人間がいてもいいんだろうが」
「そういうビジネス始めようかな……。『貴方のパーティ、盛り上げます!』とか……。あ、続きをお願いします!」
「ふふ、でもそうね……。あの時、もしカイちゃんがいてくれたら……きっととっても素敵なパーティになったでしょうね」
高飛車だったあの子も、鼻で人を笑うあの子も、もしかしたらとっても可愛らしく笑ってくれたかもしれない。
「あの時、私はまだ高校生だったわね。あの人は……もう就職していたはずよ。ビー君とおんなじ、防衛機関にね。私は勉強ができる訳でも無くて、試験の後が怖かったわ~。そのせいで長期休暇の度に部屋に入れ代わり立ち代わりで科目ごとの家庭教師がいらっしゃってねぇ……」
× × × × ×
当時の事は未だに夢で見てしまう。
だが机に向かう事も苦手だったが、外を駆け回るのも苦手だった。
学校はお嬢様校と呼ばれるエスカレーター式の所へ入れられたが、上には上がいると何度だって味わったわ。
可憐な女子生徒達はみんな、絹のような髪の毛に指は細く、足も腕もお人形のように白く、長かった。
スタイルも良く勉強の出来る子達ばかりかと思っていたら更に快活でスポーツ万能。
友達も多く、神様は不公平だと毎晩思っていたわ。
一体何が起きたらあんな女性になれるのかしら、と考えては眠れずによく学校で倒れてしまっていたのも思い出す。
× × × × ×
「そういうパーティに子供を連れて行くのはね、自慢でもあるのよ~。狭い世界だもの、あの家の子は優秀だとか……美人だとか、そんな噂に喜んだり。後は大きくなったら紹介ね~。働き始める前にその業界の方達と顔合わせさせたり~」
「……俺の場合は自慢して頂けていたかどうかは定かじゃないですがね」
「大丈夫よ~! 私と違ってビー君は優秀中の優秀じゃない! 私の息子だなんて、信じられないわ。……もちろん、あの人にとってもそうだったはずよ~」
× × × × ×
私の父の仕事はかなり大きい魔力産業会社の経営だった。
環境改善に尽力する企業の姿勢と、安価ながらも質の良い物を提供する努力が認められ、三代目にして世界中に名を轟かせていた。
でも私は、跡継ぎとしての力不足を誰よりも自分が一番分かっていたの。
学校での課題をどれだけこなしても、人間関係をいくら円滑にしても、父のように筆頭となって事業を進めるには何が必要なのかも分からない。
大学まで進学して、それから父の跡を継いだとしても上手くいく想像なんて出来なかった。
不安ばかりで、まだ高校生になったばかりの夜はとっても苦しいものだったわ。
× × × × ×
「……今にして思えば、私は猶予を与えられていたのかもしれないわねぇ~。大学まで進む中で、親の仕事を継ぐのが当たり前の世界だったけれど、私は私なりの道を探せるようにって。……ああ、どうして分からなかったのかしら~!」
思い悩む胸の内を話さずとも、両親は分かってくれていたのかもしれない。
一度だって、父の仕事や進路についての話をされた事は無かった。
それは期待外れの娘に諦めていた訳では無く、重荷を与えないようにという気遣いだったのかもしれない。
「……その頃までの間、あの人とはパーティで何度も一緒だったわぁ。でも、話した事なんて一度も無くてね~。初めて参加するパーティの時に、どこの子も意味は違えど防衛長一家の事は必ず教えられるはずよ~」
ビスタニアは嫌そうな顔をして肩をすくめた。
「凄い一家っていいなー。でも、なんて言われたんですか?」
「……え~? 『失礼な事をしたら我が家が消し飛ぶから気を付けなさい』、って言われたわぁ。……そうねえ、普通だと、『是非仲良くしておきなさい』でしょうねぇ」
仲良くしろ、と言わなかった両親は誇りがあるように思えた。
まあ取り入って来いと言われても人一倍不器用な自分には無理難題だったはずなので、それしか選択肢は無かったのだろうけど。
「それで……どうして結婚まで縁があったんです?」
思わずビスタニアも口を挟んだ。
母の話を聞いていると、得意なこともなく、自信もない。
そんな若いだけの女性に何故、完璧主義にも思える父が結婚にまで至ったのか。
「まさかの息子も知らない話題だったとは……! ドラマがありそうな予感!」
「映画みたいなお話を想像しないでちょうだいね? ……私が高校卒業を控えたクリスマスパーティがあったの。いつも通り、挨拶を済ませてから窓を見ていたのよ。……退屈だったのね。そうしたら……いつの間にかあの人が隣に立ってたの!」
「おっ! 殺し屋の登場かな?」
「残念ながら銃撃戦は繰り広げられないだろうな。……素直に父さんが一目惚れしたなんて思えないんですが……」
「……ふふ! そうね、確かに一目惚れとかそんな素敵な話じゃなかったわ」
遠い記憶を、誰かに伝えられる。
それはとても大切な事に思えた。
あの日の二人は今に繋がり、新しい世代へと動いている。
私も何かを残せるでしょうか。
誰かの、拠り所へとなれるのでしょうか。




