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第五話 初出勤



 通されたのは長官室だった。


 ここに来てようやくこの男性が民間警察のトップだという事に気が付く。

 すれ違ったスーツの職員はまず長官に立ち止まって挨拶し、その後ろを歩く若いシェアトに一瞬不思議そうな顔をするものの軽く会釈をし、最後に小さな甲斐の服装を見て明らかに怪訝そうな顔になり、とうとう会釈は無くなる。



 好きでこの格好のままここに来たのではない、と後ろで悪態をつく甲斐にブレインが一度吹き出したのをシェアトは見逃さなかった。









「さて……シェアト君にカイちゃんだね、さっき契約書が送られて来たよ。最近の志望者は魔法を使う素質があるのに全然生かそうとしてくれなくてね……。危険を犯してまで誰かを守りたいと思ってくれるのは嬉しいんだけど一般の人ばかり集まると、対魔法事件の際に困ってしまうんだ。助かったよ!」


 朗らかに笑うブレインは甲斐とシェアト、どちらとも目を合わせるように気を遣っているようだ。

 甲斐に話させるよりも、とシェアトが口を開く。


「いえ……。部屋ごと転送されてくるとダイナ中尉から聞いたんですが、ここで生活する上での注意点とかは……」

「ああ! 部屋はほら、左右にドアがあるだろう? 右がカイちゃん、左がシェアト君だよ。お風呂は増設しておいたからね。必要な物があったら言って下さい! あと、給料はうちから出る形になるから! そうだ、任務の時に行った街で買い物もしていいんだけど一応下は職員専用のショッピングモールもあるから自由にどうぞ!」


 聞き取りやすい声で話すブレインに甲斐は何か言いたそうにそわそわしている。

 口を開けばまともな言葉を発しない彼女にシェアトは警戒しつつも、新しい環境とようやく活躍できそうな場に浮かれた口調を隠せなかった。


「おい、聞いてんのか? これは快適な生活が出来そうだな! 意地糞悪い先輩にうるせぇ上官もいないしな!」

「そういう事はブレインさんがいなくなってから言うんじゃないの? ……ブレインさん、もしかしなくても物凄い激務? ってことは……あたし達も激務? 流石に徹夜ばっかりだとあたし無理なんだけど……」



 甲斐の視線に気が付いたようで、ブレインは目の下のクマを親指で押しながら話す。



「んーんーんー。そうだね、私は力が無い代わりに頭が良い。自分で言うのもなんだけど、この世界でも十本の指に入ると思う。だからこそ、命を賭けられない分は頭脳で勝負をするから忙しくて当たり前なんだよ。捜査や現状把握、起きた事件と過去の事件の比較……。ここにどかりと椅子に座っているだけじゃ、下の者は付いて来てくれないからね」


 座りもせず、立ったまま二人に丁寧に話すブレインはとても誠実だった。

 こんなトップがいればどれだけ安心して働けるだろう。


「二人にはこれから案件を振り分けるけど、どの国の民間警察に行っても上の立場として扱うように根回ししておくよ。実質特殊部隊からの新人出向とはいえ、私達では実力的には遠く及ばない人物だからね。私達の立場としては、忙しくない方が悲しむ者がいないという事だから幸せな事なんだけど……残念ながら仕事は山積みです」

「任せて! その為に来たんだから、ちゃっちゃか片付けちゃうよ! いつでも出動するよ。ギブミージョブ! もう社内ニートはごめんだよおおお!」

「ラフ過ぎる格好で言われても締まんねぇな。なあ、ブレインさん。俺達には制服は無いのか? スーツならクローゼットにあるぜ」


 場の雰囲気に流されてすっかり敬語を忘れたようだ。

 失礼極まりない二人だが、ブレインはニコニコしたまま両手をクロスさせ、部屋を示した。


「制服はサイズを合わせて掛けてあるよ。つい最近まで学生だった君達からしたら懐かしいかもしれな い。民警の制服は学生服の様だとよく言われるからね」

「やったぜ! 聞いたかよ!? 小さい頃は民警の兄ちゃんに憧れたもんだ! 黒いネクタイが一般警官、そして真紅が魔法警官だぜ! ヒューッ!」



 元の世界と同じでやはり悪を取り締まる警察という職業と、その制服には憧れるものなのだろうか。




 即座に部屋に入って行ったシェアトに引きながらも、ブレインに促されて甲斐も部屋に入る。




 部隊の寮と何もかも同じ自分の部屋がそこにはあった。

 窓のカーテンレールに制服が二着掛けられている。


 確かに、とブレインの言葉を思い返して納得した。

 黒のプリーツスカート、そして真紅のネクタイ、胸ポケットに施された金のエンブレムの刺繍が一層ジャケットの学生制服感を増している。


 着替え始めてみると、随分と生地が厚く、重い。

 スカートは中に薄手のスパッツが付いていたが丈が長く、膝が隠れてしまう。

 袖の折り返し部分と襟はグレーで、どれを取ってもサイズはぴったりだった。


 いつまでもこの薄着でいるよりはいい。

 甲斐はさっさと着替えを済ませて部屋を出た。




「なんっじゃそりゃ! おい、それで街に出たらコスプレかなんかだと思われるぞ!」

「おかしいなあ……。ああそうか、カイちゃん位小さい子が入って来たのは初めてだから……。それにしてもバランスが……よし、スカート丈を縮めよう」




 一瞬で野暮ったいスカートの長さが膝上十センチまで縮み、足元がすっきりとした。

 それでもまだ不満のある甲斐はそっとホックごと巻き込んで、何度かスカートを折り込み、ようやく気に入った長さになったようだ。

 シェアトの制服も甲斐と同じ配色で、違うのはパンツだけだった。


 靴は制服の下に置いてあった箱の中に入っていたので履いてみたが、まだ硬い革靴は馴染むまで時間が掛かりそうだ。



「よし、じゃあ早速なんだけど仕事を頼むよ。そうそう、君達のいた部隊と違って容疑者でも殺しちゃダメですよ。世間の目もあるし、大変な事になりかねません。人質を取られたら人質の解放説得、それに応じなければ奪還……。一応 サインをしてくれた契約書と一緒にあった紙に書いてあったから大丈夫だと思いますが、念のため」


「(言えないっ……そんなもの二人共見ずに来てるから初耳だよ~ん! なんて口が裂けても言えないっ……!)」

「(まあ、殺すなってことだろ? 余裕だヨユー)」


「基本は拘束、捕縛。そして連行。連行はその管轄の民警に任せて大丈夫です。ああ、そうだ。二人の血を一滴貰えますか?恐らくアジトに突入や、単独行動をしなければならない時があると思うんです。その時に化けられていないかを瞬時に見極められるように登録させてもらいます。……はい、ありがとう」


 何が起きたのか、シェアトも分かっていないようだった。

 返事をする前にブレインは満足そうに笑いながらこちらを見ている。


「うおっ!? ……なんだ、これ! ……通信魔法か?」

「んあ? ……おおおう! 耳の中が急ににぎやか! ……あれ、なんか右目が……」



 二人に起きている症状は同じだった。

 耳の中では急に臨場感のある人の声や、歓声、料理のオーダーなどが次々に繰り広げられている。

 右目には文字が程よい距離で浮かび上がり、目の上下に合わせてスクロールされる。



「通信魔法をかけさせて頂きました……といっても民警専用の物ですが。通信は民警の者であれば名前を呼べばその人に繋がります。回線テストであちこちの情報を拾っているんでしょう、すぐに治まります。あと、右目ですが二回連続で瞬きすると事件に関するファイルが見えます。閉じ方も同じ。以上です。戻り方は終わり次第来た場所から戻って下さいね! 民警の人間のみ、かつ本社許可の下りた者だけが入れるスポットがありますから」


 今回は飛ばされる前に、二人の足が一つの魔方陣の上にあるのに気が付いた。

 ブレインを見ると充血した目を眼鏡の隙間から擦りながら手を振っている。



「じゃあ、頑張って! 期待していますよ!」



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