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第五十八話 君と僕と父

 座るように促す事もしないサクリダイスの前に、二人はただ立っている。

 ビスタニアの顔色はまだ赤いままだが、目線が甲斐に釘付けである。


「……それで?」


 切り出したのはサクリダイスだった。


「え? それで、とは? ああ、えっと……ナバロのお父さんである自分の事をなんて呼ぶか……っていう議題ですか?」

「違う……! 呼び方などどうだっていい。私を呼ぶ機会など無いだろうからな」

「ありますよ、だからナバロパパって呼んでもいいですか?」


 いい訳がない。

 いい訳がないのだ。


 沈黙したままサクリダイスは話を変えた。

 案外、気が長いのかもしれない。


「何故私の家に君がいるのかと聞いている」

「何故って……ご挨拶に来ました。あ、凄い美味しいお土産持って来たので良ければ食べて下さい!」



 だからの意味も分からない。



 ほんの一瞬だが、サクリダイスの眉が動いたような気がした。

 それは神経的なものなのかもしれないが、少しの動きでも今のビスタニアにとっては大きなものなのだ。


「……何が狙いだ?」

「狙い、とは。はて……」

「金か? この世界での地位が欲しいのか? それとも安定か? 元々の世界が崩壊でもして逃げ込んで来たのか?」

「お金が欲しいっていうか、生きてく上で必要ですよね? だから、あ……名刺とか無いんですけど……特殊部隊で働いてます。あと、良ければ前の世界の事お話しますよ! 魔法は無い世界でしたが、不自由なく暮らしてました! 地震とかはありますけど崩壊なんてそんなそんな……。食事も大体の文化も多分一緒ですよ」


 甲斐がこうもまともに人と話せるという事自体に感動を覚える。

 みくびっていたという訳ではないが、彼女の口から普通の返答が出るとは。


「……結構だ。異世界がそんなに平和で愉快なら、早く戻るといい。帰る場所が無いのか? あるならこの世界でおままごとをしている場合ではないだろう」

「……戻る方法、誰も知らないんですよねー。あたしも好きでこっちに来たんじゃないんで。また勝手に戻されるかもしれないですけど」


 へへっと甲斐が笑い、頭を掻く。

 あまり挑発が過ぎると、強制徴収されて尋問にかけられたりするのではないかと不安がよぎる。


「それなのにこの世界で友人と楽しくやっているのか? 自分の事しか頭にないようだな。君がこの世界の誰かと過ごした時間は本来あり得ないものだ。その誰かが本来、君のいないはずのこの世界で関わるべき人間との時間を君に奪われている。それについての感想は?」




 ああ、最初からサクリダイスに勝ち目など無いのかもしれない。




 理詰めをして甲斐の存在価値を徐々に削り取ろうとしているのは明白だった。

 もし、この場で彼女が言い返せなくなり、流れに乗せられてしまえば先に待つのは良い結果ではないだろう。

 同意を得て何処かへ幽閉しようとしているのかもしれない。


 割って入るべきかと考えるが、甲斐はどこか楽しそうな顔で話している。

 そうだ、いつもそうなんだ。


 いくら嫌味を言っても、突き放しても彼女はニヤリと笑って自分を曲げない。

 まるで地中深くまで根を張っているようにぶれず、折れないのだ。

 


 彼女はいくら振り払っても、本当にいつの間にか隙間に入り込んでくる。



「あたしが嫌なら関わらなきゃいいし、本当に嫌がる人に対して付き纏ったりしないんで大丈夫ですよ。それにあたしがいなかった世界はもう無いんです。あたしの事を好きだって言ってくれる人……とか、一緒にいてくれる人を突き放したりなんてする気さらさら無いです無理ですね。目一杯楽しんで、一緒に笑って、もしパッとあたしがいなくなってもまた会いたいなって思ってもらえたらそれでいいんじゃないですか」


 サクリダイスが何かを言う前に、吹き出してしまった。

 若干を身を引いて驚いている甲斐の顔を見て、更に笑いが込み上げる。



「お前っ……はっ……はは……! 嫌がる俺に付き纏ってただろ……! ぶはっ……!」

「だって本気で嫌がってなかったでしょ? あれはノーカンノーカン」



 そうか、彼女にはそう見えていたのか。

 

 

 いくら虚勢を張っても、最初から見抜かれていたのだろうか。

 いや、それでも最初から彼女を気に入っていたなんてやはりまだ、認めてられない。

 悔しいだろ、そんなの。

 



「……なあ、ビスタニア」




 笑いが急に引いた。

 息を整えて父を真っ直ぐに見据える。

 これが一人息子を見る目だろうか。


「……お前はいつからこんな風に馬鹿になってしまったんだ? 異世界人を家に連れ込んで……お前は私の邪魔をしたくて仕方ないようだな」



 標的が変わったようだ。



 異世界人には話が通じず、全く悪びれる様子も動揺も感じられない。

 むしろ、これはちょうどいい機会だ。



「……すみません。父さんからの教えは守ろうと努力してまいりましたが異世界人と交際するな、という教えが無かったもので」



 歯ぎしりの音が聞こえた。

 表情こそ変わらないものの、腹の底では恐らく地底で火山が大噴火状態なのだろう。

 今になって気が付いたが、一応他人の手前だからいつもよりも口調が柔らかくしているようだ。


「……ほう、私にそんな口が利けるようになったか。……お前に合わせてやるつもりは無い。この場で別れろ。女が欲しいなら用意してやろう。君にはそうだな、いくら出せば黙って身を引く? ん?」


 わざと激昂させようとしているのが見えている。

 嘲笑しそうになるのを堪えたが、甲斐はこういった異常な相手に慣れている訳では無いのを忘れかけていた。

 流石に暴力沙汰はまずいと思った矢先に甲斐がしおらしい声で言った。



「……そう、ですね……。じゃあ……この家と土地、家具家電全てと……ナバロのお母さんと……あと全財産と……ナバロパパの地位で、手を打ちます……」



 これを冗談ではなく、本気で言っているのだろうから大物だ。

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