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第五十六話 ラブシーンよさようなら 


「……あ、これ……」

「ん? なんだ?」


 押し倒されたまま、甲斐は大きな目を見開いて少し首を持ち上げた。

 二人の距離が抱き合うよりも遠く、向き合うよりも近い。

 

「ベッド……ベッドドン……。いや、ベッドン!」

「……べっどん……。悪いが俺にも分かる様に、こう……なんだ過程をだな……」

「あ、そっか。なんかね、日本だと……っていうかあたしのいた方だけど。壁ドンっていうのが流行ってるっていうか……! 『こう、キミの心臓バクバク言わせるぞ!』『やだーもう動悸息切れ眩暈の三コンボ! 』みたいな?」

「……みたいな……」

「それのベッド版かなって思って。ベッドドンでもいいんだけど語感がイマイチだったから。ベッドン

ベッドン……」

「それで……お前は動悸ぐらいは起きたのか?」


 もう、おかしな発言にも慣れた。

 言葉の足りない彼女の説明も理解する力も付いた。


 今度はこっちのターンだろう。


 どうにか攻略してやりたくて、持っている表情を全て見たくて仕方ない。


「……そう、だね。うん。起きてる。一大事だよ」

「それは大変だ。呼吸は苦しくないか?」


 今度はビスタニアから甲斐に顔を近付けると、避けようにも避けられず、彼女の目が泳ぐのを見ていた。

 こうして動揺するのを見られるだけでも珍しい。

 もっと、先が見たい。


 胸の辺りを押す様に甲斐の手が入り込んだが今はそれすらもどかしい。

  甲斐の頭の後ろに手を回して唇を奪うと、もう片方の手で細い手首を纏めて掴んだ。


 息継ぎに一度口を離すと、荒い息が零れた。

 すぐにまた、苦しくなってしまうのに。

 何度も、何度も繰り返す。


「はっ……ぁ……! ナバロ、ちょっ……まっ……!」


 靴のままベッドの上で甲斐の腰の辺りに膝を付いて上に乗ったまま、ネクタイを床に捨てた。

 このベッドのスプリングが軋む音を初めて聞いた気がする。

 顔を近付けると甲斐は眉間に皺が寄るほどきつく目を閉じている。

 自由になっている両手の置場に困っているのか、胸元に置いてみたり、シーツを掴んでみたりと忙しい。


 その姿がどうにもいじらしくなって、耳元に口を近付けて軽く噛み付いてみる。

 気の抜けたような声は普段よりも高く、どうにか逃げようと体を反らした。


 首筋に唇を這わせ、鎖骨の辺りに歯を立てると甲斐の腰が跳ねた。

 もう、限界だ。




「……カイ、俺に全部くれないか?」




 小さな声は、聞こえただろうか。

 そんな不安を抱いた少し後に触れている頬が、確かに縦に一度動いた。


「いーよ。だからナバロの全部もあたしにちょうだい。ナバロがあたしに望むのと同じ全部。内臓でも腕でも足でもなんでも持ってけ! 代わりにあたしはナバロのを貰うから」

「それは……交換、じゃないか?」


 思わず甲斐の顔を見ると、彼女特有の不敵な笑みを浮かべていた。

 覚悟を試されているような気もする。

 それでも潤んだ瞳と、紅潮している頬は今、自分だけのものだ。


「なんだってくれてやるよ。交換、といわずお前が欲しい物ならなんだって差し出してやる」

「ひゅ~う、太っ腹! ……じゃあ、誓いのチュウを……!」



 二人はまた、口づけを交わした。

 こんなにも服がもどかしく感じるとは。



 ビスタニアが自然に照明を落とそうとする手が、ぴたりと止まった。

 手だけでは無い、急に身を起こして何も無い部屋の一点を見つめたまま動かなくなってしまった。 



「霊……?」



 さっと甲斐の前に手を出して制し、静かな部屋で耳を澄ませているようだ。

 何が起きているか分からず、甲斐も同じように呼吸を抑えて音を探すが何も聞こえない。

 だが段々とビスタニアの顔が険しくなっていく。


「……霊だったら良かった……。今なら俺はよく来てくれた、と歓迎パーティを開いて部屋を霊に合わせて作り変えてやれるだろうな……」

「な、ナバロ顔色悪いよ!? 遠足のバスで吐く直前の子みたいだよ!?」

「……吐き戻せば楽になれるならとっくに吐いてる。……最悪だ、いや今日はお前がここに来てくれて最高の一日になっていたんだ……。……とにかく最悪で最低の気分だ……」

「もうこれナバロが突然悪霊に憑依されたんじゃないかって気がする……。唐突にどうしたの……」


 ベッドの上で頭を抱え、死んでしまいそうな顔をしているビスタニアの隣に甲斐が座ると深いため息が聞こえた。


「……今の俺には二つ、大きな問題がある。それを言う前に伝えておきたいんだ……。お前の前向きで、どうにかしてやろうという思いやりと、それを実行に移せる力は俺はとても好きだ。そこはお前の長所で、そんなお前に救われた者は多いはずだ」

「照れるよー! ……ってこれ、遺言じゃないよね? 急に寿命来たとか言わないよね?」

「聞け……! いや、聞いてくれ! 問題の一つが悩ましい事にお前なんだ。きっともう一つの問題を口にすれば、俺の髪の毛は抜け落ちてしまうだろう。……何故なら、お前がなんと言うかが分かるからだ……!」

「どういう事か話が見えないんだけど……。とりあえず言ってみ?それからだよ! あとハゲても好きだから安心して!」



 荒く頭を掻いてから、大きく息を吸っては吐いてを繰り返す。

 そしてとうとう目を見開いて一気に最後の問題を口にした。

 




「これは予感じゃない、確信だ。ついさっき、父が帰宅したんだ……!」





 にまぁ、と甲斐の口が横に伸びた。

 そして予想通りの言葉を口にする。


 

「会おーっと! ほら、ご挨拶しなきゃ!」

「……おい」

「ん? 何?」

「俺の髪の毛はまだあるか?」

「大丈夫、ふっさふさの赤毛だよ。ほら行こう!」

「……そうか、抜け落ちるとしたらこれからか……」

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