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第五十五話 ビスタニアのお部屋

 広々とした階段は手すりすらも細かい細工が施されていた。

 段差自体は白のカーペットで覆われており、足跡が付いてしまうのではないかと心配になってしまう。

 上にはリビングと同じ大きさのシャンデリアが吊るされていた。


 二階には一つ一つのドアの感覚が遠く、沢山の部屋があるようだ。


 幾つもの部屋を通り過ぎ、一番奥の部屋のドアを開くと目を疑ってしまった。

 二十帖はあるだろうか、子供部屋にするには広すぎる空間。

 天井は高く、今の空をそのまま切り取ったようでゆっくりと雲が流れていく。

 壁一面が本棚となっており、二重になっているのか若干ずれているのが分かる。


 読書用のスペースには丸い木目の分かるテーブルと深い青のローソファ、そして黒いスペースラグが敷かれている。

 床は全て大理石のタイルで立っている人物が映るほど磨かれている。


 勉強机は横に長く、教材や問題集が並べられている。

 目の前には宇宙の景色が同じ長さで映し出され、見ている中で漂う岩が燃え出した。


「……ここ、三人家族なら住めるんじゃない?」

「キッチンは無いがいいのか? 冷蔵庫もテレビも無いぞ。セレブ達の子供部屋には普通付いているらしいがな」

「……レベルが違いました。家の中に家作ってどうすんの……?」


 大きな両開きの扉はクローゼットのようだ。

 他には一切無駄な物は見当たらない。

 フェダインに入学する前のビスタニアは十五歳までこの部屋で過ごしていたのだろう。

 例えばプラモデルや、歌手のポスター、下らない雑誌一つ存在しなかった。

 

 とりあえずローソファへ並んで座るが、甲斐は小刻みに震え出した。


「……え、エロに関する物はどこにありますか!?」

「どこを探してもらっても構わないが、俺がそんな物を持っていると思うのか?」

「だってなんか……金持ちの中年オッサンの部屋みたいなんだもん……! 部屋に入ってゆっくりするどころか緊張するよ!」


 両手で顔を覆って喚く甲斐に、ビスタニアは酷く衝撃を受けたようだった。


「なっ……! お前は部屋で何をするんだ!? どこもこんな感じだと思うぞ!」

「部屋で漫画読んでみたり、ゲームしたり……あとは……ああ! 寄生虫とか調べたり!」

「それはお前だけだ! 絶対に! これは譲らん!」


 

 少しビスタニアは考えていた。

 そして、ようやく何かしらの結論が出たらしい。

 


「……マンガ、か……。そういえば読んだ事が無いな。あれは絵と……文が融合した物なんだろう?ん?絵本とは違うのか?」

「お坊ちゃんかよ……ああ、お坊ちゃんだった。絵本とは全然違うから! じゃあ少年誌にある過激すぎないけど工夫を凝らした際どいエロシーンに感動したり、見えそうで見えない女キャラにドキドキしたりもした事無いんだ……」

「無いな。そしてそんな事を考えながら読んでいたのか……。一気に俺の中のマンガに対するイメージが悪くなったぞ」

「うおわあ、ちょい待ち! あとはね、熱いバトルに感動したり……友情に心震えたり……」

「バトル……? という事は読んでいる側に火の粉がかかったり、錯乱魔法にかけられて部屋を荒らしたりするのか?」

「この世界の漫画って読者を別な意味で巻き込んで来るの!? ……ごめん、あたしが知ってるのって前の世界の奴だから参考にならないかも……」


 落ち込んでしまった甲斐をなだめようにも、ビスタニアの部屋には本当に娯楽が無いらしい。


「いや……。ゲーム、か……。そうだな、ボードゲームならあったような気がするが……」

「ああ! 昔友達とでもやってたの!? あたし分かるかな?将棋ならちょっと分かるよ! チェスは……よく分かんないけど、将棋みたいなやつでしょ! チェックメイト! 一回言ってみたかったんだ!」


 ゆっくりと甲斐から目線を外すと、お手伝い天使に飲み物を頼む。

 そして飲み物が届くまで、ビスタニアは口を開かなかった。


「……あ、あれっ? ナバロ?嘘でしょ? 思春期特有の急にキレ出しちゃう感じじゃないよね?」

「……ないんだ……」

「ん? なに? ワンモアセイッ」

「友人を家に招いた事も無いし、ましてや部屋で一緒に遊ぶ、なんて事も一度も無かったんだ」


 他人が見れば、今のビスタニアの表情は怒っているように見えるだろう。

 しかし、相手は甲斐だ。


「えっ? じゃあ、あたしが初の侵入者? マジか! やったー!」


 無邪気にはしゃぐ彼女に、ビスタニアはほっとしたように表情を緩めた。

 何度、彼女に救われただろう。


「それなのになんでナバロ、ボードゲームなんて持ってるの?」

「……たまたま、学校のイベントで当たったんだ。捨てるのも悪いと思って持って帰って来たはいいが、一人でやるのも馬鹿らしくてな……」

「えー、じゃあ今日遊ぼうよ。絶対楽しいよ。あ、でも二人だとすぐ自分の番になるか……。今度ナバロの一人暮らしの家で誰かかんか呼んでやろうよ」

「……そう、だな。ただあいつは部屋に入れないが」


 


 昔にどこかへ仕舞い込んだボードゲームを、探さなければならない。

 本当に、仕方ない。


 


 ボードゲームがしたいと誘ってくれる、そんな相手が出来るなど昔の自分は考えもしなかったのだ。

 だからきっと不要な物を、無駄な物を貰ってしまったと今日までその記憶すらも奥へ奥へと仕舞い込んでいた。


 勇気が無い自分は、その分諦めるものが多かったように思う。

 皆よりも酷く臆病だったのだろう。



「ねえ、ナバロってどこで寝るの? この部屋、ベッドが無いみたいだけど。……まさかベッドまで無駄だとか思ってたんだじゃないよね?」

「ああ、寝室は隣だ。ほら」


 トン、と軽くかかとを鳴らすと巨大な本棚は自動ドアのように一瞬の内に中央から左右に分かれて開いた。

 どうなっているのか甲斐の理解の上だが、開いた先には黒と白基調のベッドルームがあった。


 その中で良く目立つのは真紅のベッドカバーだった。

 何度寝返りを打っても決して落ちないだろうベッドと、十個の枕は全て大きさと厚みが違う。

 黒と白が交互に組み合わせたストライプの床と、幾つも飛び交っている光の玉。


 壁は暗いグレーで絵画が飾られている。

 大きな絵には地平線にゆっくりと太陽が沈んでいく様子が描かれていた。

 これも動いているようなので、何度も沈んでは昇っているのだろう。


「……これ、ナバロの趣味? ご両親の趣味? デザイナーの才能を目の当たりにしてるんだけど」

「最初は父の趣味で真っ黒だったが、目を開けているのか眠っているのか分からなくなって徐々に変えたんだ。俺の趣味だな」


 ベッドに腰掛け、物珍しそうに部屋を見渡す甲斐の隣にビスタニアが座った。

 そっと距離を詰めて彼女の頬に手を添えると、動揺しているのが分かる。

 甲斐の足をまたぐようにしてビスタニアが覆い被さると、抵抗無く甲斐はベッドへと倒れ込んだ。

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