第五十一話 深夜のラブコール
「っていう訳でさあー、ホント今日は疲れたっていうか……ショッキング甲斐ちゃんな訳。ねえー、ナバロぉー。聞いてるー?」
「……聞いてるが……何故今このタイミングで映像通信を……? ああ……時差のある場所にいるのか……? 悪いが俺の所は今夜中の三時なんだ……」
ビスタニアの言う通り、現在時刻は夜中の三時である。
恋人からの通信なので何かあったのかととりあえず受けてみたが、挨拶もそこそこ、愛の言葉はまだ無いまま聞かされたのはそれは重たい話だった。
ベッドに横たわったままのビスタニアの部屋には一つだけ柔らかい光が浮かんでいるだけなので、肝心の甲斐の姿よく見えない。
眩しいのか片目だけを薄く開けて、甲斐を見つめるビスタニアはいつもしっかりとセットされた真っ赤なあの髪型ではなく、寝癖なのか大人しい形になっている。
「ん? なんか少女漫画とかだと夜中に電話とかして相談したらズバギュンギュンッてくるよね?」
「……共通言語を話しているよな? ……全く相談されている気もしないし、仮に相談されたとしてもそんな物騒な武器で惨殺される様な音も聞こえてこないだろうな……。それなんだ……? なんの音だ……?」
眠気のせいか、ビスタニアの発言にはキレがない。
「あらら。でも落ち込んだ時には恋人に電話ってテンプレな気がするんだけどなあ。元気も出るし、なんていうか通信する直前の高揚感とかは確かにあるし……」
「……ふん、そうか。夜中に起こして盛り上げておいて、このままおやすみとはいかないよな? もっと俺に言う事は何か無いのか?」
頬杖を突く形で寝そべったままにやりと笑う彼は服を着ていないようで、程良く締まった体が光に映し出される。
寝起き特有の擦れた声も、甲斐にとっては新鮮なものだった。
「せ、セクシーっすね……! じゃあ、とりあえず布団から出て恥ずかし気にカメラ目線いってみようか!」
「誰なんだお前は……。……その寝間着姿、懐かしいな」
ようやく目が慣れてきたビスタニアは甲斐をまじまじと見て感想を言う。
ベッドの上にあぐらをかいて座っている彼女は、最初にこの世界に来た時に着ていた元の世界の部屋着だった。
淡いピンクのタオル地で出来たキャミソールワンピースは丈が短く、色々と見えそうで見えない。
そういえば、この姿のまま裸足でフェダインの中をうろつく彼女に出会ったのも夏だった。
「ああ、そういやそうだよね。わざわざパジャマ買うのも馬鹿らしくて相変わらずこれ着てるんだ。……ナバロの部屋、初めて見たけど綺麗にしてるんだね」
「……ああ、お前がいつ飛び込んで来てもいいようにな。なんなら転がり込んで来てもいいんだぞ、ベッドはセミダブルにしてあるから二人で寝ても狭くないだろ」
手を伸ばして微笑むビスタニアに甲斐は戸惑いながらも重ねるように手を合わせた。
感じる事が出来ないはずの温もりを、手の平から感じたような気がする。
「じゃあ、今度お邪魔しようかな。……明日からあたし、夏休みなんだ。だから、卒業前にした約束を果たそうと思って」
「約束……? ああ……ん? お前、まさか俺の……実家……に……?」
確かに卒業前、そんな話をしていた。
それどころかビスタニアの方から卒業したら家に招待する、などとふざけきった提案をしていたのだ。
あの時は首席での卒業が出来なければ名を捨てて、家を出るという父親との約束のせいで気が触れていたのかもしれない。
防衛長であり、公私ともに冷徹な氷の心を持った父・サクリダイスにこの失礼の塊のような甲斐を引き合わせて良い事が起こる予感など一切しなかった。
それどころかサクリダイスは甲斐がこの世界に来た時点で異世界から来た者を消し去ろうと躍起になっていたし、在学中も彼女を監視する役目をビスタニアとクロスに課してどうにか葬り去る口実を探していたほどだ。
それを甲斐は知っているはずなのに、何故こうも会いたがるのか理解に苦しむ。
一歩間違えばサクリダイスが憤慨して、彼女と何ら関係の無いこの世界の日本を消し飛ばし兼ねないのだ。
万が一にも笑い合って食卓を囲む絵面など、見る事は叶わないだろう。
ギリギリ同じ食卓に座るとするならば片方が死体となっているか、それとも料理と化しているか。
はたまたどちらかが毒を盛り、相手が食べるのを楽しみにしている状況だろうか。
「……戦争は、きっと止めるべき者が勇気を出せないから起きるのかもしれないな……」
「なんの話!? ねえ!? びっくりした! 今そんな話してなかったよね!? あ、仕事!? 仕事が忙しいの!?」
「いや……それで、なんだ?お前は家に来て、父をどうしたいんだ?」
「どうしたい!? いや別に人様の親御さんをどうこうしてやろうとかそんな事生まれてこの方思った事ないけど!?」
「そうかそうか……。いや、俺も男だ。お前の望みを叶えてやるさ……。任せておけ……」
「ナバロ待って! あたしそんな無茶な事言って来る姫みたいな立ち位置になりたくない!」
「だああああ夜中にごちゃごちゃうるっせえよ! 俺の部屋まで聞こえるってどういう事だ! 寝言なら頭ちょん切って窓から捨ててやるぞテメエ!」
足音荒く、ドアを蹴り上げて入って来たのはシェアトだった。
下着一丁で乗り込んで来た彼に、ビスタニアが珍しく笑顔で対応する。
「おはよう、駄犬。鼓膜を破れば気にならないはずだ、さあ小屋に戻れ。ハウス」
「ワーオ! カイ、とうとうこいつが死んだのか? 降霊術が出来るなんてすげえじゃねぇか!」
「あれ? 二人とも久しぶりの再会じゃない?」
「俺は次にこいつの面拝む時はこいつが棺桶に入った時と決めてたんだ!」
「最近の犬はジョークまで言えるのか、テレビ局に連絡しておこう。良かったな、一躍有名人……いや、有名犬だぞ」
「なんだ、全然シェアト元気じゃん。心配して損した」
三人の会話にならない会話は結局、陽が昇るまで続いた。
その中で唯一当日も仕事のビスタニアは、幸せそうに眠りこけている二人を横目にスーツを着て出勤して行ったのを誰も知らない。




