第四十三話 ビビット・タウン
頼まれていた使いを済ませて民間警察の本社に戻ると、シェアトがソファにふてぶてしく座っていた。
解析された情報データを書類に起こして貰ったので、ブレインに手渡して次の指示を待っていると視線を感じる。
「……あれ? あれあれ? カイ、もしかして俺の事見えてないのか?」
「おっ、一発腹に入れようか!?」
「気付いてたならなんで俺に声かけねぇんだよ! 初めてお互いソロでデビューしたんだぞ! 聞きたい事とかあるだろ!?」
「そんなアイドルみたいに……。えー……そりゃシェアトが棺桶に入ってたならなんか言うけどさあ……」
「ほらほら、二人共すぐに次の仕事に行ってもらうよ。ここは厄介だから二人で行って来て貰おうかな」
ケッ、と小さく言ったシェアトにブレインが苦笑する。
「シェアト君はカイちゃん一人でクロス君のいる観測機関に行ったのが気に食わないんだよね? 弟に会いたがるなんていいお兄ちゃんじゃないか」
シェアトは即座にげんなりした顔をブレインに向けると大袈裟に身振り手振りを付け、声を張って今の言葉を否定する。
「やめろよ! ブレインさん、頭良いって疑わしいぜ……! 俺はこいつが一人で成果を上げられるか心配だっただけだ! それとまあ……俺がむさ苦しいマフィア壊滅に放り込まれて汚ぇ面見ながら戦ってる時に、こいつの仕事がお役所に書類を届けるってぇだけの素敵なミッションだったっていう格差にイラついてるんだ!」
「シェアト君、適材適所だよ。これはどちらも逆では務まらなかったと思う。私は私なりの考えがあって君達を仕事に当たらせているんだ。だからこそ、君達が来てくれたおかげで多くの事件を解決できた。感謝しているよ」
褒められても尚、不満そうな顔をしているシェアトにブレインは軽く頭を掻くと立ち上がって二人の前に座った。
「……実を言うとね、君達の上官であるダイナ中尉から直々に特別訓練という名目でこちらにヘルプとして君達を送ってくる時に評価をするように言われていたんだ」
「……評価ぁ? あんのタヌキオヤジ……どこまでも人を馬鹿にしてやがる……」
「まあまあ。でもこれは大きなチャンスでもあったんだよ。最初は随分と小生意気な男の子とおかしな女の子が来てくれたと思ったけど、荒削りながらもお互いをカバーし合う力もあった。それに全てを解決に導けたじゃないか」
「おかしな女の子なんていた?」
甲斐の言葉を二人は無視する。
「……とにかく、私の中で君達の評価と信頼は高いよ。そのままダイナ中尉にも伝えさせてもらうつもりだから安心したまえ。それに部隊をクビになったら民警に来たらいいさ」
「……なんだよそれ、褒めるならもっとストレートに褒めろよな……。ほら、次の仕事があんだろ!」
立ち上がって背を向け、伸びるふりをするシェアトは恐らく照れ隠しのつもりだろう。
分かりやすい彼に甲斐は冷めた目線を向ける。
「……この仕事が終わったら、とりあえずこっちで溜まっていた仕事としては完了かな。……今回の仕事は、危険が多いから気を付けてね。部隊と民警を比べる、いい機会だと思うよ」
「はあ?危険って……今更何言ってんだ?」
「なるほど、ブレインさんにとって今までの事件は『安全』だった……と?」
「あんまりいじめないでくれないか。じゃあ、これが終わったら後は君達は夏休みをここにいる内に取ったらいい。部隊に戻ってからではきっと夏休みなんて取れないだろう」
思いがけない素敵な提案に二人は色めき立った。
「海! 山! 川! ナバロ!」
「おい、ワクワクの中に一つ不愉快な単語入ってたぞ。そこは俺の名前にしろ!」
「も~! さっさと終わらせてがっつりバケーションしよシェアト!」
「結婚式もあるんだぜ、忘れんなよ。……式の日は絶対に休みてぇから、仕事があるなら遠慮せず俺達を使ってくれよ」
「休みをしっかり取るのも仕事だよ。じゃあ、気を付けてね」
二人は口の端を斜めに上げて笑った。
ブレインは優しい笑顔を崩さず見送った。
「……若い蕾が咲くかどうか、試すのは性分じゃないんだけどな」
案件としては、町の封鎖と書かれていた。
容疑者はこの町の住民全て。
誰一人としてここから出さぬようにとの事だった。
人口百人程度の町は夏の陽気に浮かれ、祭りが開催されるのか辺りにはポスターが貼られている。
本物の様に羽ばたくバルーンの鳥はふわふわとあちこちに浮いていて、シェアトの頭に何度も当たった。
「……にしても、フッツーの町じゃねぇか。……小せぇしな、結界張って一気にカタつけるか」
「そうだねぇ、あたし達の顔知らない人が怪しんで逃げ出されても面倒だし……。いっちょやりますか?」
路地に入って町全体を覆うように結界を展開させようと二人がマップを確認して力の配分を調整している時、同じ制服を来た一般警官が走り込んで来た。
よく肉が付いており、そのほとんどは脂肪のようだが肌のツヤは抜群だ。
「お疲れ様です! 本官はこのビビッド・タウンの一般警官、ドッペルであります! この町が捜査対象と通達が入りました! 内容は私どものような町警官には伏せられておりますが、お手伝いできる事があればと思いまして参上致しました!」
「……お疲れ、俺達は……」
シェアトはあまり関わったことのない人種のようで、その暑苦しさから逃れようと距離を取ったがすぐに詰められてしまった。
「知っております! シェアトさんとカイさんですね! どちらも特殊部隊から……」
「わーわーわー! ダメでしょ言ったら! 何このでぶっちょ! 明らかに爆発して死にそう!」
「悪ぃけど、俺達は俺達で仕事があるんだ。パトロールなら他で頼むぜ」
「そうですか、お邪魔をしたようで申し訳ございません! では、失礼致します! ……あ、そうだ……。今日から、この町ではお祭りなんですよ。小さな町です、皆家族みたいなもんんですがこうして四季を楽しんでおります。お暇があれば、覗いて下さい!」
「……おう、ありがとよ」
短い手足を一心に振って、ドッペルは道行く人々に挨拶をしながら戻って行った。
「なんか、うまそうな人だね」
「げっ、お前『食べちゃいた~い』を地でいくのか…」




