第三十九話 うそつきはどっち?
「ごめんごめん、お待たせ……カイちゃん? 白目だけどそれって寝てるのかな?」
「寝てる訳なくない? ねぇ、そんな気持ち悪い寝顔な訳なくない?」
考えれば考える程、思い出せば思い出す程どうしようもないような気持ちになってしまう。
何をどうすべきか、人生に正解など無いはずなのに。
もし一つでもボタンを掛け間違えてしまえば、全てが終わってしまうようなそんな気がして。
間違いだと気付く時にはきっともう、何もかも取り返しがつかないのだろう。
「それで……どこまで話したっけ? そうだ、どうして部隊を志望したの?」
「……いーち、異世界人ながらもこの世界を守りたいなって思った。にーい、シェアトが行くからここにした。さーん、前の世界に無かった魔法を使えてドンパチ出来る正当な理由が持てる仕事が良かったから。どれでしょうかー?」
「二、かな? シェアト君、カイちゃんの事大好きだもんね。見てて分かるよ。あれ、でも確かカイちゃんって恋人いるんじゃなかったっけ? どうして恋人と同じ職に就かなかったの?」
「別に好きな人と四六時中一緒にいないと死ぬとかじゃないし……それにそういう意味で選んだんじゃないよ」
頭が良いとブレイン自身も言ってはいたが、どこまで切れ者なのだろう。
誤魔化しきれる相手だろうか。
下手な事を言ってせっかくもぎ取った特殊部隊の合格を今更無しにされては堪らない。
「成る程、ね。カイちゃんが良い子だと思ってるよ。直感型のシェアト君をよく手懐けているしね。でも……」
どこか悲しそうな目をしたブレインに見入ってしまった。
「……君がいない世界が本来の姿なんだから、悲しいよ」
胸か、胃か。
更に内側へとめり込むような感覚がした。
「……君が元の世界に戻る時の事、ちゃんと考えてるかい?」
当然の事なのに、何故こんなにも胸が痛むのだろう。
この世界で一生を終えられる訳では無い。
本当の家族の元で、魔法はお伽話の中へ閉じ込め、ゆっくりとした平穏を取り戻す。
今日の夕飯にはデザートがあった、そんな小さな出来事に笑って、時には泣いて。
いつかは、きっと、必ず。
「ちゃんと……ねえ。そんな準備も無いままこの世界に来ちゃったあたしはどうしたらいいのかな。遺言でも残した方が良い?」
「……恋人や、君が大切だと思う人達は覚悟が出来ているのかい? カイちゃん、君は人を惹きつける魅力を持った人だ。それ故に君の影響は大きいんじゃないかな? ……君と出会って変わった人もいるはずだよ。その人達は君がいなくなっても、大丈夫なのかな?」
出会って変わった人、と言われて真っ先に思い浮かんだのは恋人であるビスタニアだった。
最初は本気で甲斐を嫌っていたビスタニア。
どれだけ毒を吐かれても、冷たくされても、何故だか放っておけなかった。
構いたく、なってしまったのだ。
次に思い浮かぶのは気弱な友人であるフルラだ。
誰かと目が合うだけで顔を赤らめて、誰ともまともに会話も出来ないような状態だったのを思い出す。
おずおずと言いたいことも言えずに、すぐに涙目になってしまうフルラ。
守ってあげたい、とも違った。
この世界を楽しんでほしかった。
仲の良い女子のグループがあったクリス。
クリスだって、派手な女子グループにいて男女関わらず人気者だった。
お洒落や化粧、そんな事が大好きな美しい女性。
だけどどこか、笑うのが下手くそに見えた。
思い浮かぶだけでもこの三人は変わってしまった。
甲斐と行動を共にするようになったビスタニアの幼馴染であるウィンダムは、次第にフルラに惹かれていき、来月には結婚式が開かれる。
運命を変えてしまっているような気がした。
「うーん……。あたしそっくりのクローンとか作れない? それか死んだって事に……」
「事情を知らない人もいるのかな? 戻り方も分からない今、また突然いなくなってもいいように心構えはしておくんだよ」
自分がいなくなった後の事。
それでも、皆一番大切な人はそれぞれ見つけてあるだろう。
『一番大切』だと思ってくれているのはやはり、恋人であるビスタニアではないだろうか。
だが、彼は異世界から来た事を知っている。
頭のいい人だ、覚悟はしているだろう。
想像しただけで、胸の奥がざわつくのはなんだ。
「ブレインさんは……えっ……なに、この世間話がしたかったの?」
「……カイちゃんが一体何を企んでいるのか、興味があってね」
「人聞き悪いな! 滅亡させたろか!」
威勢のいい言葉にブレインは額に手を当てて下を向いて笑うと、涙を拭うのに眼鏡を外した。
それを甲斐がすぐに取り上げて、自分で掛けてみるが、あまりの度のきつさに眩暈を起こしてソファに尻餅をついた。
「君は……無邪気だね。ずるくもないし、かといって頭も悪くない。貴重な人材だと思ってる。一緒に働ける私は幸運だ」
眼鏡を取り返したブレインは柔らかく笑う。
瞳は強い光を持っていた。
「君にしか出来ないことがあるんだろう。そしてそれは、きっと世界を変えるだろう。私はそれが怖い。君一人の力で、この世界を変えられるなんて信じられないがそうなってしまうんだろう」
現実味の無いことを言う人だと甲斐は思った。
世界どころか未来を変える事すらも難しいと思っているのに。
「カイちゃん、君を信じてみるよ。一体何をしでかすのか、楽しみだ」
「……そりゃどーもです。その眼鏡、壊れてない? 何も見えないんだけど。ブレインさんが五人いたよ、戦隊ヒーローじゃん」
「私にはこれが必要なんだ。カイちゃんにもあるはずだ。自分の視界を開く為の何かが。一人じゃ皆、何も見えないからね」
一人では見えないものも、二人ならば見えるのだろうか。
何一つ欲せず、全てを拒絶したエルガ。
沢山の友人を切り捨てて、たった一人の孤独を選んだ彼は大切な何かを見落としてしまうのか。
「ブレインさん、それで……あたしの仕事は? 社内ニートでいいならいいんだけど」
「ああ、そうだ。これをお使いに行って来て欲しいんだ。観測機関に」
名乗りを上げておきながら面倒そうな顔をする甲斐にブレインは書類を持たせる。
「私はここを離れるわけにはいかないんだよ。これ、観測機関に頼みたい仕事なんだ。もしかしたら断られるかもしれないけど、急ぎだからって推してくれるかな? クロス君にも君が届ける事を言ってあるから」
「郵送じゃダメなの? クロスちゃんの仕事姿とかおちょくりまくりたいけど、絶対追い出されるじゃんそれー」
「郵送だとインパクトが足りなくてね。クロス君宛に出してもいいんだけど、新人っていうのもあるしあんまり無茶は出来ないだろうから。カイちゃんが行けば多分大丈夫だと思ってね。頼むよ」
甲斐の足元に魔方陣が展開された。
何か言う間もなくまたも強制的にその体は書類と共に消え、呑みかけの中身の入ったコップと共にブレインが部屋に残された。
封筒を遠隔から引き寄せると、胸ポケットからペンを出して中に入ったままの書類を取り出す。
「カイ・トウドウ……特別訓練場所……民間警察本社……っと。……指揮官……ブレイン……。後は……えー、ああ。面接結果……問題無し。素行良好、考え無しに見えるが機転が利く。……ああ、このままずっとここにいたらいいのに」
彼女の解決へ導いた事件を書き連ねながら、ブレインは鼻歌を歌った。




