第三話 ネオ・女医・美少年
治癒室からは絶叫、としか言えない声が聞こえていた。
正直な気持ちを言うとこのまま前を素通りしてトレーニングへと向かいたい。
やはり余計な心配などするものではなかった。
二人の視線は重なった。
絶対に同じ気持ちのはずだが、ネオの容体も気に掛かる。
「……先に見てきてもいいぜ?」
震える声でやっと出した言葉は優しさだろうか。
今こうしている間にも悲鳴とチェーンソーのような機械音が響いている。
「最低。歴史上最高の最低だわ。むしろ高い」
「いやいや、俺ホントにグロいのとか無理なんだよ。学生の時もお前が嬉しそうに持って来た巨大ミルワーム見た瞬間気絶したろ!?」
「気絶したのをステータスみたいに言わないでよ! 気絶ならあたしだってちょっと脳揺らされたら気絶するけど!?」
「誰が物理的にノックアウトされた話してんだよ! ?も~……いいから行けよー……」
泣きそうな声でシェアトが甲斐の背中を押し始めた。
その瞬間、異様な機械音がぴたりと止まり、ドアが開く。
「入るなら入る! うるさいよ! おら、早くしな!」
血まみれの白衣はもはや白衣とは言い難い。
彼女の姿を見たシェアトは一瞬血の気が引いて行くのを感じたが、甲斐に腕を掴まれ逃げる事も出来ない。
中へ無理やり甲斐に引き込まれていった。
× × × × ×
「なんだ、ネオ元気じゃん。やっほー!」
「そっかー、僕の吹っ飛びかけた腕を見てもその反応かー」
おっとりした口調のネオは甘いマスクの好青年である。
黒に近い藍色の短髪で、何もかもがノアとは対照的だ。
ベッドに横たわり、腕をキャスター付きの白い台に乗せて大人しく治療を待っている。
いわゆるお見せできませんといったテロップが必要な状態だったが、ヴァルゲインターが手をかざすと一瞬で通常の状態に戻った。
固く目を閉じているシェアトはそっと薄目で状態を確認すると、案外平気だと判断したらしい。
さっきまでの怯えはどこへやら、前に出てネオに挨拶をする。
「ドジったんだって? 良かったな、腕で済んで!」
「そうだね、お見舞いありがとう。それにしてもこんなに馴れ馴れしい新人は君たちが初めてで、僕はようやく慣れて来たけど他の人には言葉遣い気を付けてね」
苦笑しながらもネオは優しい口調でシェアトを咎める。
甲斐は素知らぬ顔をしているが、『たち』とネオにまとめられていることを理解しているのだろうか。
「つーかさっきの悲鳴はなんだったんだよ……」
「ヴァルちゃんが酷くてさあ~……、他の怪我人にはいつも無痛で処置するのに僕の時だけは最初は激痛を引き起こすんだよ……。何度かショック死寸前だったし、怖いよ~?」
両の手を白衣のポケットに突っこんだまま、ヴァルゲインターはふんと鼻で笑う。
「私が手を下さなくてもこの調子なら近いうちに死ぬよ、アンタ。それが嫌ならちゃんと攻撃を回避する事を覚えて。何度痛い思いをさせてもこいつが改善しないのが悪い」
「やっぱりわざとだ! もう、やめてよヴァルちゃん。カイちゃんからも何か言ってやって! ほらほら!」
甲斐はネオとヴァルゲインターを交互に見た。
そしてこの専属医に喧嘩を売っても良いことは一つもないらしい、と理解したようだ。
「それにしても、あたし達が入隊してからネオが出動すると必ず怪我して帰って来るよね。なんで?」
「……アンタもこいつと一緒に戦いに出たら分かるよ。聞いた話じゃあこんな怪我で済んでいるのが奇跡だ。 ……人の仕事を増やしやがって……!」
「ほら! 聞いた!? ヴァルちゃん、僕の心配とかじゃなくて自分の仕事を減らそうとしてるだけなんだよ! 愛が無いよ~!」
「治してやったのにその言い草……。成る程。よし、腕はさっきの状態の方がいいんだろ? 戻してやるよ」
カチャカチャと指を全て医療機器に変化させたヴァルゲインターと怯えるネオ。
二人は音を立てぬよう、そっと退出した。
元気そうなネオの顔も見たので目的は達成だ。
トレーニング室に向かおうとした時、後ろからわざとらしく踵を鳴らした足音が聞こえてきた。
甲斐はすぐにその足音の人物にピンときたようで、上を見てげんなりとしている。
「どうしてこうタイミングが良いんだろうね……。あーあ、厄日かな」
「聞こえてるよ? よく足音で俺だって分かったね。そのちっちゃな頭のちっちゃな中身で考えたのか?」
「シルキーさん……お疲れ様です。ご無事で何よりです……」
背の小ささは部隊一のシルキー・オンズ。
二十歳をとうに超えているはずの彼は部隊の中でも実力者であり、作戦のリーダーになる事も多い。
その身長に合った童顔は甘く、白に近い水色の瞳はきらきらと光をよく取り込んだ。
色素が薄いのか頭も黄色みがかった白色の猫毛は癖が強く、毛先は丸くなっている。
高い鼻と小さな口元から出る声は鈴のようで、声変わりという文字は見えない。
一見すると可愛らしい少年のようだが、中身は最悪だった。
誰に対しても毒を吐き散らし、敵に対しては高笑いをしながら殲滅という狂戦士。
新入りの甲斐に目を付け、女嫌いなのかと仲間内から疑いが出る程に日々噛み付いている。
流石に先輩の中でも力のある者なので歯向かわないようにと周囲からきつく注意をされているので、何も言い返せないのが甲斐のストレスを蓄積していた。
「ネオの見舞い? そりゃいいや。でも、君達のようなタダ飯食らいを養ってる僕の身にもなってもらえな~い? 少しは部隊に貢献してくれよ。まだトレーニングするの? いいねぇ、それで給料出るんだからさぁ~」
「……給料がシルキーさんのポケットマネーから出ているなんて初耳です」
「……カイ!」
「ああ、いいよいいよ。敬語も最近覚えたようなガキの言葉に一々目くじら立てるような小物じゃないからね俺は。さーてシャワーでも浴びるかな」
見下したような冷たい瞳から、甲斐は目を逸らさなかった。
それが唯一許される反抗だ。
「シェアト、あたし上官のとこ行ってくる。いつまでもここで魔法鍛えてるのも、もう限界」
「だーっ! 言うと思ったぜ……。お前の導火線は何センチだ? 新入りが上官に直談判ってどうなんだろうな……、待てっておい!」




