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第三十七話 しあわせですか?



 広すぎる部屋には噴水から水が湧き出ては飛沫が落ちる音だけが響いていた。

 緑の中、小鳥が飛び交っているがその声は聞こえない。



 入り口は見当たらず、密室の中にUの字の明るい色のウッドテーブルが置いてある。

 その中心で赤いベロア生地の古びた椅子に座っているのは、美しい金の髪の毛を家紋が彫られた深い金色の髪留めで一つに纏めている人物だった。


 目を閉じて肘掛に肘をつき、頬を手で支えている。

 一見すると美しい女性に見えるが胸にあるはずの膨らみは無い。

 髪の毛と同じ透き通るような金のまつ毛は頬に影を落としている。



 ノックの音が聞こえ、麗人は目を覚ました。



 細く白い指で机の裏に触れると無数の魔方陣が現れ、部屋の雰囲気が一変した。

 白を基調とした中に彼の座る椅子の色だけを残し、植物と小鳥は立体映像だったのか消えてしまった。

 テーブルは黒く重い雰囲気になり、ドアも同じ色に染まって姿を現す。


「失礼致します、本日の郵送物です。我が社宛の者が三百二通、全て担当者に振り分けてあります。昨日、届いておりましたミカイル様宛のこちらの郵便ですが全ての魔法検査にクリア致しましたのでお届け致します」


 郵送物一つを届けに来た眼鏡の男性は緊張した面持ちではきはきと報告する。

 顔を上げる事も無く、ミカイルと呼ばれた男性は低い声で問いかける。

 



 ここはSODOMの本社である。




 本社、支社共に場所も不明にしてあるので郵送物を届けるには少々面倒な手続きを踏まなければならない。

 それでも毎日数百の郵便が届く。





 エルガ・ミカイル。




 彼こそがこのSODOMの現最高責任者である。

 十八歳というフェダインを卒業したばかりの年齢にそぐわぬ立ち居振る舞いと、落ち着き、そして飛び抜けている頭脳の切れと冷静な判断力。

 何もかもを兼ね備えた彼に誰も敵わないだろう。


「……誰からだ?」

「……フルラ・インラインからですね。調べた所、ミカイル様とフェダインで同じ学年であり、同じ月組だったようですが覚えていらっしゃいますか?」



 今日初めてエルガの目が開いた。



 切れ長の瞳はどこか狐のような印象を醸し出している。

 返事を待っていた男性は急に手から素早く抜けていく封筒に驚き、その拍子に手を切ってしまった。

 血が流れ、伝って床へと落ちようとしているが咄嗟に自分の腹部に傷口を押し付けてそれを阻止した。


 手元にその封筒を引き寄せたエルガは、封を開ける。

 中からはセンスの良い結婚式への招待状と小さな文字で書き加えられている一文があった。







―――元気にしていますか? みんな、エルガ君を心配しています。

―――カイちゃんもみんな、貴方を想わぬ日はありません。






「……記憶に無いな。この名前の者からの郵送物、通信関係は全て拒否しろ」

「……かしこまりました、そちらは処分致しますか?」


 彼が言い終える前に、エルガは招待状を灰にして床へ落ちていくのを眺めていた。

 掴んでいた指の間に残った灰は最後に指同士を擦り合わせるようにして落とすその表情からは、何の感情も読み取れない。


「仕事に戻れ。……分社化の人選だが、私が最終選考を行う。リストを後で回せ」

「……かしこまりました……」


 再び一人になったが、もうこの部屋の雰囲気を変えようとはしなかった。

 部屋の照明を全て落とすと、部屋中に世界各国の映像が流れ、ひっきりなしに映像と音声通信が鳴り響く。

 瞬時に優先順位を決め、応える。

 彼の一日はまた、始まったようだ。














「やっぱりここにいた。おはようハニー。愛しのダーリンを起こしにも来ないで何してるのかな?」


 温かな光をよく通す、ガラス張りの温室。

 前後で黒と金に分けられたおかっぱ頭の男性がネクタイを結びながら顔を出す。


「あ、あれっ……? ウィンダム君、早いね……! まだ朝食出来てないよう……急いで準備するからっ……!」


 腰まである淡い桃色の髪を耳より下で二つ結びにして、シンプルな白いエプロンを付けている女性は慌てて立ち上がった際に床に置いてある小さなサボテンの鉢をひっくり返しそうになった。

 この二人が甲斐達と同じフェダインに通い、先日友人達へ招待状を出したウィンダムとフルラである。


「朝食なら、今ここで頂くから問題無いよ」


 後ろからフルラを抱きしめると、無防備な首筋に唇を這わせる。

 びくっとフルラの体が反応するのを楽しむように、彼の口元が緩んだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ……もう! ちゃんと朝ご飯食べないとだめでしょっ……!」


 甲斐と並んでもほとんど変わらないフルラの身長は小さく、平均よりも高い身長のウィンダムに抵抗する彼女は可愛らしい。

 フルラは魔法に関する研究所、ウィンダムはビスタニアと同じく名家の生まれであり、代々長男が最高責任者となってきた世界統制機構で働いている。

 現最高責任者はウィンダムの父であり、まだ世代交代は行われていない。


 卒業後、式や結婚するにあたって両家への顔合わせなどに追われていたが式の予定が立った今はこうして二人、新居で暮らしている。

 仕事上、夜は時間が合わない時もあるが朝はこうして顔を合わせるようにしている。


「……案内状、届いたかなあ?」


 甲斐が異世界から来た事を知らないのはこの二人とクリスだけだ。

 甲斐に出会う前のフルラは誰かと目が合うだけで顔からつま先まで真っ赤になってしまい、おどおどとしていた。

 変わるきっかけをくれた甲斐を、徐々に増えた友人達を、彼女は心から愛しく想っている。


 元々ウィンダムは甲斐を毛嫌いしていたビスタニアの幼馴染だった。

 徐々に心を開いて行く友の変化はウィンダムにとって嬉しい変化であり、こうして今、隣で顔を火照らせているフルラがいるのは彼のおかげかもしれない。


「そろそろ返事が来る頃かもね。職場に転送はかけちゃダメだよ、僕も見たいから。……今日は早く帰って来ようね」

「……はあい……。……エルガ君、来てくれるかな……?」

「大丈夫、きっと『待たせたね! カイはどこだい!?』とか言いながら派手な格好で登場するさ」


 初めて聞いた、彼のエルガの口真似が上手く、フルラはけたけたと笑った。

 笑い過ぎて涙が零れ、やがて嗚咽に変わった。

 抱きしめる力を強めてただじっと伝わってくる熱を体に溶かしながら、ウィンダムは目を閉じる。




 卒業式に見せた、エルガの冷え切った瞳をまだ忘れられずにいた。




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