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第三十六話 招待状


 ある日曜日、それはよく晴れた夏の日の午後。

 甲斐の机に一通の郵便物が届いていた。

 白い封筒に触れると桃色の蕾が花開き、風にそよいだ。 


 久しぶりの休みを貰い、昼過ぎまで寝ていたが気温の上昇と共にじっとりとした汗の感覚に起こされたが差出人を見るとそんな寝起きのもやつく感情は吹き飛んでしまった。



「フルラ! フルラだ! なんだろ……あたしへのラブレターだったりして!」



 とにかく早く中身を見ようとしたが、何故かどうにこうにも破れない。

 刃物を探すが小ざっぱりとしている机の上には数本のペンが転がっているだけだった。

 魔法で開けようかと思ったが細かい力の調整は苦手なので中身ごと切断してしまうかもしれない。

 封筒は赤い蝋を丸く垂らして封をされているがいくら爪を立てても破れなかった。



「あ、そっかそっか。これ、飾っとくやつか」



 そっと咲き誇る花を見えるように机に置き、壁に立てかける角度を調整すると満足そうに頷く。

 シャワーを浴びに行く用意をして部屋を出るとドアの閉まる音を聞いてシェアトが呼びかけて来た。


「カイ! 起きたか! 郵便見たか!? 本当にやったな!」

「あ、おはよーう。見た見た。凄い綺麗な封筒だったね。シェアトにも来たんだ! ちゃんと飾ったよ」

「そうかあ? その辺はよく分かんねぇけど、とにかく休み申請しようぜ!」


 勢い良くドアを開けて興奮しながら話すシェアトの手には鮮やかなチラシが握られていた。

 もぎ取ってチラシを読むと、紙の中で自由に羽ばたいては木の上で休む小鳥達の中に綺麗な文字が書かれている。






―――家族になります。


―――ウィンダム・アビヌス

―――フルラ・インライン


―――永遠なる愛の誓いを見届ける証人として是非お越しください

―――8月9日 11:00~

―――スポットナンバー 987544321254


―――親愛なる皆さまへ










「なんでえええええ!? なんであたしにはくれなかったのおおおお!? 女子でよくある仲良い風に見せかけて腹の底では殺したいほど憎かった系いいいいい!?」

「あいつに限ってんなこたねぇだろ! お前も郵便来たって言ってたじゃねぇか! 中身はなんだったんだよ?」

「中身なんて封筒が開かないんだから見れないよ……! うおお絶対集合写真には不気味に映り込んでやるううう! 黒髪ロングの怖さをナメんなよおおお!」

「開かねぇって? お前、ちゃんと蝋に指付けたか? あれで承認しないと開かないんだぜ。じゃないとセキュリティ上で問題あるだろ」

「……へ? な、なにそれ……自分が知ってる事がみんな知ってると思うなよ!」


 捨て台詞を吐いて自室へ駆け込んで行った。

 魔法の無い甲斐の世界では一体どうやって郵便送っていたのかシェアトには想像できない。


「うひょおおおお! 来てた来てた来てたああああ! だっよねー! だと思ったんだ! 封筒だけ送って来るとかどうも変だと思った!」


 奇声を上げて喜んでいる甲斐は満面の笑みを浮かべて出て来た。

 恐らく今頃、他の友人達の元にもこの幸せな通知が届いているだろう。














「はあ……もうこんな時間か……」



 汚れたマントを脱ぎながら暖色系の部屋の明かりを見るとほっとする。

 甲斐がこの世界に来て最初にフェダインで出会ったのは彼だった。

 柔らかなミルクティ色の髪の毛と、優しさが滲み出ている瞳は垂れ目気味で、細身のルーカスは日付が変わった今、仕事から解放された。


 『光無き神の子』の一員として戦場を駆け、軍や部隊、国籍人種を問わずに反国家精神のグループであろうと負傷者を助けるこの魔法医療団体は古くから名を轟かせていた。

 その為、戦場に彼らが駆け付けると敵味方関わらず負傷者を治していくので疎ましく思われ、真っ先に片付けてしまおうという動きを見せる相手も少なくない。

 

 勿論そんな事を上官が指示しているとなれば、問題視されてしまうのであくまで個人的な動きや敵と勘違いしてしまったというお決まりの文句を述べるつもりだろう。

 兵士と同じように戦場を駆け、迅速に処置を行うには高い技術力と攻撃から身を守り抜く力が必要だった。

 運用資金は上の者が上手くやっているらしく、ステルス迷彩を魔法で展開させる事の出来るマントや便利な魔道具が支給されてはいるがそれに頼るだけでは仕事にならない。


 命を救おうとして自らの命を失う団員だっている。

 そんな過酷な医療団に数年ぶりに採用されたのがルーカスだった。

 



「あれ……珍しいな、郵便なんて……。フルラから? ……もしかして……」




 急いで蝋に指を押し付けて開封すると、予想通りの案内状が入っていた。

 まだ卒業してから四ヶ月しか経っていないはずなのに、二人の名前を見ただけで様々な気持ちが湧き上がる。




「休みを取らなくちゃな……。皆に会えるのか……。シェアトは変わらなそうだな」




 そう零れた言葉は喜びから震えた。


 彼の首から下げられた皮紐には二つのトップが付いていた。

 一つは家族の写真が入ったシルバーのロケット。

 もう一つはクリスの写真が入ったゴールドのロケット。


 活きる技術を、必要な知識を、大切な人達を全て与えてくれた場所。

 フェダインでの三年間は確かにルーカスの中で今も輝いていた。





「……君も、来たらいいのにね……」





 もう、声の届かぬ場所へと姿を消した友人を想う。

 この先二度と交わらぬ線なのだろうか。


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