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第三十三話 龍


「テメェエエエ何俺のカイに触ってんだーーー! そういうプレイかーーーー!」

「カイ! カイを離しなさいアニマ!」



 ちょうど甲斐の髪の毛を掴んでアニマが引きずっている時だった。



 厚い鉄の扉を紙のように破り現れたのは麒麟だった。

 その上には気付けをされたシェアトと、甲斐を心配したクリスが飛び降りてきた。

 体が痺れて二人の声は聞こえるものの、反応が出来ない甲斐はぐったりとして見える。


「麒麟だと!? どこでこんな……! おい! 警備はどうした!」

「警備ぃ? あんな奴らよりお前が檻に閉じ込めている奴らの方がよっぽど役に立つんじゃねぇか?な んでもいいからそいつを離せよ」


 イライラしているシェアトは犬歯を見せて体を揺らした。

 突然入り込んできた二人にアニマは動揺を悟られぬよう、片手で煙草を取り出して咥えた。


「(こいつらも民警か……? という事は応援も駆けつけちまう……。面倒な事になった。この龍を置いてくのは勿体ねぇがまずは俺だけでも脱出して雲隠れしねぇと……)落ち着け少年、こいつが龍を見て暴れ出したんだ。確かに俺は驚いて攻撃しちまったが正当防衛だぜ?」

「……攻撃する前に民警だってこいつは名乗ったはずだぜ。それでも反撃をしたお前は公務執行妨害だ。そいつを離せって言ってんのが聞こえねぇのか?」



 動いたのはアニマでもシェアトでもなく、麒麟だった。



 高音の音が鳴り響き、二本の角の間に光が集まって行く。


「そいつを止めろ! この龍もろとも消し飛ぶぞ! 麒麟の力を知らんのか!?」


 それに驚き、恐れたのはアニマだ。

 そしてアニマはこの直後、更に驚くことになる。




「力の調整ぐらい出来る……消し飛ぶのは貴様だけだ……!」




 麒麟が人の言葉を話した事に誰もが驚いた。

 その隙を突いて甲斐はアニマの足を掴んで前へと滑らせる。

 掴んだ感覚も実際あまり感じず、体の感覚がまだ十分に戻っていないようだ。


「シェアトー……拘束ぅうう……!」

「お、おう!」


 すかさずアニマに拘束魔法を飛ばし、麒麟をクリスがなだめる。

 異様な状況に捕らわれている龍が混乱しているのか一層声を枯らして叫んだ。








 

「……一件落着、か……。それにしてもエグい事しやがる。こいつ、応援が来るまでこのままか? この装置を止めれねぇのかよ」


 拘束されたアニマは、抵抗できないようだ。


「……ふん、止めたらこいつの命は無い。魔力を取られ続けても生き永らえているのは装置のおかげだ。そうする事でしかこの龍はもう、生きてはいけんのだ」

「テメエ……! なんでこんな事出来んだよ……!」



 シェアトよりも強い瞳でアニマは睨む。



「言ったろう? 金になるからだ! この世界で飯を食う為に何が必要だ!? 金だ! 民警のおぼっちゃんには分かるまい! 俺に従い、付いて来た者達の生い立ちが如何に過酷かを知らんだろう! 世間から弾き出された俺達がこの世界で人間らしく生きる為には多少の非道さも必要だった! それだけだ!」


 四肢を失っても尚、この仕事を続け従業員を抱え、先頭を走って来た彼の眼差しに負けそうになった。

 これが人生経験の差なのか、問答を重ねてもしっかりとした答えを出せそうに無い。




 気圧されかけた時、甲斐が口を開いた。




「でも、やっぱダメなもんはダメだよ。この世界で生きていくならこの世界のルールに従わないと」




 クリスに支えられながら立ち上がり、シェアトに応援を呼ぶように指示を出してアニマの傍から離れる機会を作る。


「不幸だから、困ってるから何をしてもいいなんて間違ってると思うよ」


 間違っていたとしても、彼にはこの道しか無かったのだろうか。

 何が正しく、何が間違いであるか。

 今はまだ、深くは分からないけれど。


「ねえアニマ、この子を助けてあげたいんだけどどうにか出来ない? このままじゃ、可哀想だよ」


 クリスが眉を上げた。

 それに気が付かなかったわけではない。

  

 『こんな人に頼むなんて! バカね』という声が聞こえてきたような気がした。

 しかし、あれだけ自分のしたことは間違っていないと強調したはずのアニマは誰とも目を合わさぬまま、話し出した。


「……装置を止めればもうこいつに立てる力は残っていないだろう、ゆっくりと自分の血と組成液の中で溺れ死ぬだけだ……。翼ももう、売ってしまった。助け出すような機械だってここには無い」


 絶望的な内容をどうにかできないかと、甲斐は生き物に詳しいクリスを見たが首を横に振っている。

 すると隣に立つ麒麟の姿がどんどんしぼんでいき、タピオの姿に戻った。


「服どうなってたの!? すっげえ、全裸じゃないんだ!」

「俺の初めてのペットちゃんグッバイ!」



 落ち込むシェアトと、はしゃぐ甲斐。



「私……先生を抱っこしてたの……? 院長を抱いた新人……退職かしら……?」

「ええい黙れ、ムードクラッシャーめ! ……ふむ、治してやりたいが恐らく治療に耐える力もこいつの言う通り残っていないだろう。……おい、装置の操作はどこでする」

「……水槽の後ろだ。奇跡なんて起きないと思うぜ。カミサマって奴は本当に助けて欲しくたって見てるだけの時が多いからな!」


 転がったまま吐き捨てるように言うアニマにタピオが近付き、後ろの襟首を掴んで引きずって行く。

 三人も龍の視線を背中に浴びながら後ろへ回った。


「……自分でした事だ、自分で終わらせてやれ。お前にまだ、人の心があるというのならば見よ。私利私欲の為に命を奪うという罪深さを刻むがいい」


 人が近付くとセンサーで認識したのか映像で管理画面が表示された。

 細かいシステムで抜いた魔力が数値化され、龍の心電図、そして設定といったタブもある。

 背中を強く押され、アニマが映像の前に立つと慣れた手付きでパスワードを入力し、マスターエリアへと入った。



「お前達もいい機会だ、刻み込むがいい。今回の事が特別ではない。氷山の一角だろう。だが、忘れてはいけぬ。生き物は他の命によって生かされておる。傲慢な思いが、欲望がこうして命を冒涜している事を。彼らが人間と同じ言葉を話せぬのを良い事に、悲鳴に耳を貸さず、感情を無視する。それがどれ程残酷な事か、よく覚えておくのだ」


 装置停止のボタンを押す指が僅かながら震えているのを、皆黙って見ていた。

 自分の命が誰かの気分一つで終わってしまうものだとしたらどうだろうか。



 こんな辛い思いをする為にこの龍は生まれた訳では無い。

 広い世界で自由に翼を羽ばたかせ、仲間と共に生きていくはずだっただろう。

 傷ついたとしても、それはきっと癒える傷で傷痕すらも生きた証だっただろう。


 機械の稼働音が一度大きく鳴ると、その後空気が抜ける音が聞こえ、やがて静かになった。

 誰よりも先にタピオが水槽の正面へと回り、アニマはシェアトに押されて歩き始めた。




 その光景を、きっと忘れられないだろう。




 ゆっくりと、ゆっくりと翼を失った龍は液体の中へ顔を鎮めていく。

 もう、吠える力も残っていないのか一度小さく口を開いたが気泡が上へと流れ出ただけだった。


 目を閉じたのはそれから暫くしてからだった。

 緑色の中で永い眠りについた龍を五人は見守るしか出来なかった。

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