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第三十話 最悪ペアよ、それゆけほいほい


「聞こえてきたな……。皮肉なもんで強い生命力は苦しみを伸ばすだけだ。ほら開くぞ、よく目ん玉磨いておけよ!」

「目ん玉取り出すの怖いからやってくれる?磨くにはヤスリがいるかな?」


 強気にアニマへ軽口を叩いてはみたが、中へ入らずとも不安な気持ちになる鳴き声が反響して聞こえていた。

 必死に叫んでいる声、諦めかけているのか弱々しい声。

 言葉は違えど悲痛な思いが籠っている。


 本気で言っているのか冗談なのか分からず曖昧に笑うアニマは通路に何重にも設置されている鉄格子のスライドドアを、右へ左へ開けて進んで行く。

 頭上にはパイプ、床には開閉式の仕掛けがされているらしく一度でも力を入れる方向を間違えるとまずいのだと鼻高々にアニマは言った。


 最後の通路と空間を隔てていたのは透明なガラスだった。

 そのままアニマは目を閉じて進むと水の中に油を落としたように、ガラスが彼に触れるのを拒み、体型通りの空間を作って中へ誘う。


「なんか傷つく……。これってなんか意味あんの?」

「防音だ。これが無いとうるさくて敵わねぇ。ほれ、早く入って来い」


 後に続くと、確かに鼓膜を何十種もの声が一斉に震わせた。

 コンサートホールのような広い空間に無数の檻。

 どの中にも甲斐が見た事の無い動物が感情を失った瞳を二つ並べて入っていた。


 男たちは警備の為か中には入らず、ガラスの壁の向こうで談笑している。

 確かにあの透明なガラスが強力な防音装置だったらしい。

 この中へ入った時に耳への違和感と、もう一つ、鼻を殴られたような強烈な獣臭がしたが、何度か呼吸をすると慣れてしまった。



「どうだ? 驚いたろ! 少数精鋭でここまで集められるんだぜ!」

「この子達、どうすんの!?」



 片耳を押さえて声を張るとそれに反応したように更に鳴き声が大きくなった。

 助けを求めているのだろうか、甲斐は檻の中の動物達を見ると体を大きくしたり口から火を噴いたりと威嚇している。


「商材道具だ、あんまり目を合わせて興奮させんなよ! 生きたまま欲しい奴には檻ごとくれてやるさ! 尻尾や羽が欲しい奴には解体して送るんだ! 希少価値の高い奴は繁殖させてある!」


 言葉を失った甲斐は周りを見渡す。

 部屋中に意思が渦巻いているのを考えると怒りよりも悲しみが浮かんだ。

 

 こうしてこの中を歩いているアニマと自分を、彼らは一体どういう気持ちで見ているのだろうか。

 己の命を握るに値する相手と、決して認識してはいないだろう。








「酷い……。綺麗にはしてるけど……大型鳥類は翼を広げられないじゃない……!」


 甲斐の視界を共有しているクリスは怒りで体が震えていた。

 命の重さを、捕らわれた気持ちを、何もかも無下にしているアニマ達が憎い。

 ここから出たところで、生き物達は一生この体験を忘れない。

 必要以上に人間を嫌い、憎むようになるのだ。


「ますます悪いな……。あの動物好きの爺さんは乗り込んでったけどこの映像も見てんだろ。ばったばったとあいつらをなぎ倒せるとは思えねぇ……。出来るならやって欲しいけどな!」

 

 シェアトは暴走したタピオの事が気にかかっていた。









「……なんか凄い声が聞こえるんだけど……これはどこから?」


 アニマの腕を叩き、耳を近づけさせて甲斐は言う。


「やっぱいい耳持ってるな、流石同業者だ。一番奥だぜ、腰抜かすなよ?」


 臨場感ある動物の鳴き声の中、一際大きく吠えている動物がいる。

 流石のクリスも多くの声が混ざり合ってどれが一つの動物の声なのか判断できない。







「それにしてもすげえ声だな……! お前が俺に怒鳴り散らしてる時と良い勝負だぜ……」

「あらそう、私が本当にあんな声かどうか確かめてもらいたいわね! 今すぐ耳元で怒鳴ってあげましょうか!?」

「うるせえ! 大声出すなバカ! バレたらどうすんだ!」



 ようやくアジトの入り口に着いた二人はタピオの視界を展開させようとしたが上手くいかない。

 視界共有を拒否しているらしい。


 そうしている間にも甲斐はアニマに付いて檻の合間の道を進んで行く。

 どうやら檻の外へ向けられる魔法動物の攻撃は全て見えない壁で遮断されているようだ。



「ジジイはどうせあいつらの ファンシーなペットコーナーに向かったんだろ。捕まってないといいけどな。でもカイがいるとこにゃ、どうやら見張りがいるようだがはぐれジジイは攻撃魔法使えんのか?」

「院長と私が日常的に攻撃を仕掛けあってるとでも思ったの? 私たちは医療専門よ? 確かにそうしてやりたいと思う事は一時間に何回もあるけど」

「そうかよ、じゃあ祈っとくんだな。ほら行くぞ、足手まといになるなとは言わねえ。……絶対に余計な事を口走るな、勝手に行動するな、身元を明かすな。いいな?」

「何故かしら、貴方に命令されると無性に歯向かいたくなるのよね。とりあえずオーケー、よ」



 シェアトとクリスの相性の悪さはピカイチだ。



 記憶に新しい居住区を抜け、まだ開いている通路を進む。

 静かな空間なので甲斐のいる場所から聞こえる通信、そして複数の瞳は集中力を鈍らせる。

 すぐに辿り着くだろうとシェアトは通信を一度解除した。



「あら、ここシャワールームあるのね。それにしてもよくこんなに散らかせるもんだわ。見て……こんなテーブルでよく食事が出来るわね」

「シャワールームを初めて見たか? いいか、ここはお前の家じゃない。どんなに散らかってようが大きなお世話だ。それとさっき俺が言ったのは要望じゃねぇ、命令だ。分かったらその口に落ちてるゴミでも詰めて付いて来い!」

「どうしてそんな言い方なのよ!? 呆れた、私は一般人よ! 魔法が使えるからって貴方の部下になった覚えは無いわ! ちょっと話しかけただけじゃない!」


 カッとなったクリスの声量は、シェアトの注意する声の二倍はあっただろう。

 彼女はこれまでの暑さにやられ、冷静な判断力が無かったのだ。

 何故シェアトが怒りながらも普段より声を抑えているのかを考える力が無かったのだ。 

 



「おい! 誰だ!?」

「女の声が聞こえたぞ! ……様子を見て来い!」




 順調に状況は悪くなっていく。

 こちらへ向かって来る足音を聞きながらクリスは目を左右に動かして肩をすくめ、誤魔化そうと無表情のシェアトへ笑いかけた。




「……ご感想は?」

「彼らは耳が良いみたいね!」




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