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第二十九話 危機一髪の尋問


「ここだここだ、下がれほら」


 アニマは首に下げていた大量の鍵の束の中から一際大きい鍵をつまんで何もない空間に差し込む。

 今度はその腕が震える程の力を込めてゆっくりと回す。

 すると重厚な錠が開く音が次々に聞こえ、最後の小気味良い音を最後に地面が震え出した。



「そら、進め。ここで物怖じするな! 周りの景色を取り込んでいるからな、たまにハード・ホーンが突っ込んでこの辺で死んでるがそれもラッキーだ!」



 ばしっとまた背中を押されて甲斐は前へ飛び込むようにして消えていった。












 急に甲斐の姿が消え、他の男たちも続々と中へ入っていく。

 おかげで距離を詰める事の出来たシェアト達は何も無いはずの空間に現れたままの波紋を見ていた。



「拠点は見つけたが、他の仲間を待ってるのかまだ鍵は開けたままみてぇだな。中の構造が分からねぇから鉢合わせちゃ気まずいしよ……」


 独り言にしては大きいが、誰の返事も待たずにシェアトは音声ガイドへ指示を出す。


「……おい、通信を繋げ。ナンバー省略、カイ・トウドウへ。俺からだと伝えろ。ああ、その前に絶対に声を出したり反応するなって念を押せ」

『只今お繋ぎしております。……繋がりました。カイさんからビジョン共有の申請が入っております、共有しますか?』

「してくれ。……こいつらにも分かるように出来ないか? ああ、こいつらのビジョン開通に関してはブレインに今すぐ二人を協力者として扱えるか聞いてみてくれ」


 先にシェアトの視界が、現在甲斐が見ている映像に切り替わった。

 これが『ビジョン共有』である。

 狭い部屋に染みの多いソファと銃痕の残るクッション、ダイニングテーブルの上には食べかけの菓子や潰されたビールの缶が散乱している。



「よくこの部屋に人を招こうと思ったね……! これって皆の普通?」


 甲斐がアニマに話しかけると、愉快そうに彼は笑った。


「男しかいねぇとこうなるんだよ。だが体は清潔だ! むしろカイの方が匂うかもしれんぞ?」

「あたし一応女なんだけど何この言われよう」









 甲斐の目線は低い。

 その上珍しがってあっちを見たりこっちを見たりと視界の移動が激しい。


「おい……カイ……俺の吐く音聞きたくないならもっとゆっくり動け……」

「凄いわ! これカイの見てる映像!? ワオ! カイー! 無事!?」

「話しかけんなバカ! あいつの性格的に普通に答えちまうだろ! 怪しまれたら終わりなんだぞ!」

「うるさくて会話が聞こえんわ。……もう怪しまれそうだがフォローを入れなくて良いのか?」


 高度な通信技術に興奮を隠せないクリスを制している内に、タピオは真剣な表情で傍聴している。

 アニマが一番まともそうなソファに足を組んで座り、尊大な態度で甲斐に問い掛け始めていた。










「……それでカイ、お前はどうやって狩りをしてたって? そもそも何を狙って来たんだ? 獲物はどうやって持って帰るつもりだ?」


 アニマの目つきが変わった。

 場の雰囲気は張りつめているだろう。


「それが来たスポットの場所が分かんなくなってさあ。あ、獲物はこの網に入れて持ってこうとしてたんだよ」


 肝心の『何を狙ってここへ来たのか』という目的部分をはぐらかしているのは甲斐なりのヘルプだろう。

 しかしシェアトがいくら考えても穴のある言い訳しか思いつかない。

 ガイドのブラウザタブを左に展開し、ここに生息している動植物の一覧を見ても希少価値が高く、一般人でも狙える動物がどれか分からずに絞り込めない。



 焦りが、シェアトを苛つかせた。



「カイ、聞こえてる? 雨期に入る前のデリシャスフロッグと、ボエボエガーが本命って言って」


 クリスの声に、甲斐は二度瞬きをしてからアニマへ答える。


「あ、雨降る前のデリシャスフロッグと…… オエオエ……ボエボエガーが本命だったんだ」

「ああー! なるほど! 結構お前さんは手広いんだな、まあ顧客なんてその辺りの食材用ならいくらでもいるしさばきやすい。安心したぜ、こりゃモノホンだ」


 上機嫌になったアニマに合わせるように周囲から友好的な笑いが起きた。









 ほっと息をつくと、クリスが得意げに鼻を鳴らしてシェアトを睨む。


「勝手に話しかけても、良かったかしら?」

「いーんじゃないですかね! ホントお前って性格良いよな! サイコー!」

「一々うるさいのは若い女だけではないようだな。……ほれ、何やらアニマが立ち上がったぞい」









「お前に良いモン見せてやるよ、付いてきな。俺達の戦利品コーナーへ案内してやる。あれを見たらヨダレ垂らして泣き笑いしながら俺の足元に縋りつくだろうな!」

「ヨダレ垂らしていやらしく泣き笑い……足に縋りつく……。オッケ、任して! できる限りリクエストに応えるよ!」



「物の例えだからすんなよ!そんなとこで人間辞めんな!」



 甲斐の自信に満ちた声にシェアトは冗談に思えなかったらしい。

 思わず大声で指示を入れてしまった。


「……初めて君がまともに見えたぞ……。やはり難関校ともなると、どこか壊れた者ばかりなのかね?」

「違うわ、このバカは見ての通りだけど……カイはちょっとお茶目な所のある可愛い女の子なんです!」









 アニマに連れられて甲斐の進んでいく通路は下へ向かっているようだ。

 坂道に足が速まっている。

 ようやくナビの室内解析が完了し、甲斐を含む四名の視界にマップが表示された。


「よし、んじゃそろそろ突撃といくか。お前らはここで待ってろ、証拠も押さえて来るから時間はかかるかもしれねぇが動かなきゃ迷わねぇだろ」

「そうね……。心配だけど仕方ないわ。カイの事、よろしく頼むわよ」



 ようやく仕事の目途が立ったと思った矢先だった。

 今までこの三人の中で一番大人しく、そして冷静だったはずのアニマの様子が一変したのだ。



「むむっ……!? やはり! やはりだ! ここにいるな……。可哀想に……可哀想に!」




 大きな独り言を呟いた後、タピオはゆっくり立ち上がった。




 二人の注目する中、止める間も無く全力で駆け出した老人の姿は目立つ白衣を着ているはずなのに数秒で見失う。

 背の低さも相まって茂みがアニマたちのいるアジトへと向かう様に揺れ動いた。



「マジかよあのスピードジジイ! 人間じゃねぇぞあの速度!」

「だから言ったでしょ!? 院長は色々と凄いの! おかげでこの有様よ!」

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