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第二話 見送る者

 続々と指令室の床に白い魔方陣が現れ、そこから隊員達が帰還してくる。

 アナウンスで名を呼ばれた数名はミーティングルームで作戦を立て、それから現場へと飛ぶことになる。

 少数精鋭のこの部隊では一人につき一日六回ほど出動している日もある。


 一日で帰って来る場合もあれば、こうして数日がかりで帰る時もある。

 数日もかかる大規模な争いに参加する事は稀なのだが。



 全部で十人前後の組織なので甲斐とシェアトは、すぐにメンバーの顔と名前もる程度は覚えられた。

 先ほど出動した中には、シェアトが学生時代の職業体験の際に護衛役兼指導係として付いてくれた風変わりなギャスパーも入っていた。

 甲斐もその職業体験を受けたのだが、彼女の護衛兼指導係だったケヴィンは残念ながらその時の現場で命を落とした。

 

 駆け付けたシェアトとギャスパーにより甲斐は難を逃れたのだが、仲間の死に動じず、眉一つ動かさずに淡々と任務にあたる彼の姿をシェアトは未だに許せていないようだ。

 簡易的な入隊式の時にもあろうことか思い切り睨みつけていたし、毎日先輩から指導を受けているのだが、その相手がギャスパーだと分かりやすく態度が悪くなった。


 そんな無礼極まりないシェアトの態度をギャスパーは特に気にしていないようだった。

 基本的に何に対しても無気力で無関心な彼はいつも目の下に黒いくまを作っており、灰色の髪の毛のおかげで老け込んで見えるが実際はまだ三十にもなっていないらしい。






「あのさあ。ギャスパーはシェアトの事覚えても無かったんだし、もう目の敵にするのやめたら?」

「……いいや、あいつを俺は一生嫌う! つーか、あいつと俺は合わねぇんだよ! 嫌いだ嫌い! 大っ嫌いだ! いくら何を言っても無駄だぜ! あいつはお前を見殺しにしようとしたんだ!」


 シェアトの忠犬っぷりもここまでくると厄介だ、と甲斐は思った。

 どう返答しようかと鼻を鳴らして甲斐が考えていると、ふと影が一つ増えていることに気が付く。





「私、嫌われてたんですか? 私も君を嫌いですからどうでもいいですけど。 むむ? それだとある意味相思相愛。まるで良い関係のように聞こえますね……」





 いつの間に後ろに立っていたのか。





 随分と自然に話しかけて来たのは噂の張本人、ギャスパーだった。

 甲斐はシェアトがひゅっと息を呑み込む音を聞いた。


 だが負けてはいられないようで、またもシェアトは思い切り睨みつけ、歯ぎしりした。

 覗いた犬歯を見て、まるで本物の犬の様だとギャスパーは笑い、更にシェアトは眉間に皺を寄せて威嚇をする。


「お疲れ様、ギャスパー。おかえりー。あれ、戻って来るの早いね。他の人達は?」

「負傷者一名、これは油断した結果ですね。負傷で済んで良かった良かった。他はもう戻って来てますよ」


 ヘルメットを指で回しているギャスパーが着ているのは指定の耐火魔法をかけられているアンダーシャツだ。

 色は黒と灰の迷彩で、その上に着ているのは幾つかのポケットが付いているかなり暗い灰色のベスト。

 よく見るとどちらにも変色した血が付いていた。

 それも無数に飛び散ったものや、大きく跳ね返り、ベストからアンダーシャツへと染みたのだろうと推測させる物もある。

 ベストと同じ色のパンツも土の汚れよりも血の汚れが目立って仕方がない。



 それらは全て本人の血液ではないのだろうと、甲斐は目の前の優秀なベテランの先輩を見ながら察した。



 シェアトは学生時代の体験の際のギャスパーの態度が許せないまま、今もこうして嫌い続けている。

 仕事上は文句無しの出来栄えなのだが、人への無関心さと感情が普通の人間よりも動かぬ冷徹さは戦う者にとってあるべき姿なはずだがまだシェアトは受け入れられなかった。


「……行くぞ、他の奴らの顔でも見に行こうぜ」

「あ、うん。じゃあね、ギャスパー。お疲れ様でした」

「はいはいさようなら。……はあ、子供は無邪気だけど残酷だな」








 久しぶりに帰還した者を迎えに来た仲間たちはもう集まっていた。

 上官はまだ戻っていないらしい。

 作戦にあたる者以外、内容を知らされる事は無いのでどこに行って誰と戦ってきたのかは聞かないのが暗黙の了解だった。


「おう、シェアト。ちゃんと留守番してたか? おら、お土産の骨だ。なんだ、嬉しくないのかよ。犬といえば骨だろ?」

 

 とっくに装備を脱ぎ捨て、上半身は裸。

 肩ほどの長さだろうか、黒髪を適当に後ろで一つに結んでいる細身の男が近寄って来た。

 陽気で軽快、軽口の多いノア・タンザナイトは先輩後輩を問わず仲が良い者が多い。

 口元を斜めに上げて笑う癖のあるノアはシェアトと似た雰囲気がある。

 すぐに噛み付き、大口を叩く小生意気なシェアトは案外ここでの受けは良く、弟分的な扱いをされていた。

 その筆頭はこのノアである。


 手には謎の骨が握られており、乳白色だが汚れが付いていて妙に生々しい。


「っんだよ! 頭撫でんな! やめろ! 俺骨なんて食った事ねぇよ! 口に入れんなバカ!」

「おーう、カイ!  なんだ、お前この留守番中に乳でかくしとけって言ったのに……。一体全体何してたんだよ!? 先輩は悲しいぞ?」


 甲斐がニタリと怪しい笑みを浮かべ、ノアは黙った。

 首を腕で固定されながら、シェアトはそこからの脱出を諦めたように話し出す。 


「……で!? 負傷者誰だよ、てっきりノアがドジったかと思った」

「あん?負傷者?あー、なんてこたない。ネオが相手の攻撃食らっただけだ」



 そう返しながら、ノアは甲斐にも手を伸ばしたがひらりとかわされてしまった。



「公然とセクハラされる職場はブラックかなあ。出るとこ出たらしばら~く遊んで暮らせると思うんだけどどうしよう」

「今はスキンシップすらも許されねぇのか! こりゃ驚いた、たった数日で世界は変わっちまったな! 明日にゃ生ごみが朝食に並んでベッドが便器になるかもしれねぇ!」

「聞けよ! そんでネオはどうたんだよエロオヤジ!」

「うるせぇなあ、落ち着いてセクハラも出来やしねぇ! いいか新入り! 腹が減ったら食堂へ、眠くなったら部屋へ戻る、イラつきたきゃギャスパーと会話、怪我をしたらDrへ! 覚えたか!? じゃあネオはどこにいると思う!?」



 どっと笑いが起きた。



 お決まりの文句らしく、すらすらと歌うように告げられたシェアトは肩をすくめて治癒室へと向かう。

 いつまでも永遠と続くノアの戯れ言に付き合っているのも面倒なので、甲斐はシェアトに付いて行く事にした。

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