第二百九十五話 SODOMの狙い
「乗っ取り……? そんな、バカな……!」
あまりにも大きくなりすぎた話の規模にビスタニアの思考は付いて行かない。
「そう思うか? 現時点で大手の環境改善事業が『Z』参入によりいくつも撤退している。敵わないと踏んだらしい。そのおかげでその取引先も痛手を被っていたが、『Z』はそこを決して助けない。全て自社開発製品のみを使用する。徐々にSODOMの毒が回ってきているんだ」
『Z』はこれから始動するという段階だというのに、真っ向からやり合うよりも早めの撤退を選ぶ企業が多いという情報は普通の生活を送っていては入っては来ないだろう。
「……それは……」
「それだけではない。SODOMが無くなればどの国も最新鋭の兵器を手に入れる事が不可能になると言われてきたが、このままでは国自体がSODOMに逆らえなくなってしまう」
手始めに環境改善事業に乗り出した。
そこで世界の信頼を集め、圧倒的な開発力と効果を見せつける。
そうすると世界中から褒賞を与えられ、更に『Z』は爆発的に成長する。
次に何をするか。
答えは簡単だ。
他の事業に乗り出すだろう。
その時点でSODOMとZの地位は確立している。
サクリダイスは、まるで毒のようだと笑った。
一斉にあれやこれやと着手すれば各事業が結託し、SODOMの分社化した企業の介入を阻むだろう。
しかし、徐々に一つまた一つと倒れ行く企業が多くなれば阻むどころかSODOMの犬に成り下がる。
そしてSODOMの手により、退路が消えていくのもゆっくりとした速度のせいで誰も気が付かないのだ。
「そうなってしまえば、もう世界の秩序など存在しないだろうな。何も知らぬ人々はSODOMは大層素晴らしい大企業とでも思うだけだろう。だが、そこで起きる争いもトップニュースも全て奴らに操られているものだとしたらどうだ?」
寒気がした。
国を手中に収めるという事はそういう事だ。
どことどこで争い、どの兵器を使い、何を得るか。
全てあのエルガ・ミカイルの指示一つで起きていく。
流れる血も、何かを失う人も、皆彼の野望の為に消えていくのか。
「ここまで言わんと理解しないか。それで、感想は?」
「……恐ろしい、話です……。そんな、まさか……」
「有り得ない、か? では現実になってから手を打とう。その頃にはこの機関もSODOMの駒にされているだろうがな」
唯一、彼らの天敵とも呼べるだろう。
この『世界魔法防衛機関』は。
「……もし、もしも……調査の結果『Z』に問題が無く、本当に環境改善事業としての開発を行っていたら……?」
「その場合の策も勿論用意してある。しかし『Z』は絶対に何かを隠しているはずだ。時間が無いぞ。良く調べておけ。もし、を口にするのは好かんが……『もし』お前の言う通りだったとしてもどの道野放しには出来まい」
友人が世界的機関に疑われているなど、口が裂けても言えない。
明日から、観測機関にも協力を仰ぎ、SODOMとZの様子を見るのだ。
エルガを助けるどころか、追い詰めるような手伝いをするのだ。
この秘密を抱えたまま、甲斐の顔を見る事は出来なかった。
「おい、ほら…まーたンな顔しやがって……。なんなんだよ、俺イライラすんだよ。 なんつーか……そう! あいつだ! フェダイン一年の時に付き合った女みてぇでよおお……! 言いたい事あるなら言えばいいのに言わねえんだお前みてえにいいい……!」
「やめろ! 俺のことを元カノなんぞと俺を重ねて見るな! 気色悪い! 気色悪い!」
鳥肌が立った体を叩いて鎮めようとするビスタニアにシェアトも怒鳴り返す。
「聞こえてるっつの! こんな至近距離で怒鳴んなアホ! まさかお前、昔から嫌なヤツだと思ってたけど職場でもこんなんなのか!?」
「そんな訳ないだろう!? 職場では穏やかだ! いや、一人うるさいのがいるがお前とは違うタイプだ! お前はもう少し落ち着け! こんな少尉に誰が付いて行くんだ!? 子犬の群れでも誘導するのか!?」
「うおおおやっぱムカつくなお前えええ! 俺がワンワン部隊の少尉だとしたらお前を真っ先に餌にしてやらああああ!」
窓を閉めていても外で怒鳴り合う二人の声は聞こえて来る。
クリスは強く鼻を鳴らした。
「ほんと……変わらないわよねえ……!」
「そうだねえ……あの二人って仲良しだよねえ」
クリスとは対照的に間延びした声でフルラは笑う。
「ナバロとシェアトって逆に二人で仲良く肩組んで笑い合ったらどうなるんだろ?」
フルラの顔を無理やり自分に向けているウィンダムに甲斐が話しかけた。
「アレルギー反応を起こして呼吸困難、かな?」
笑いが起きたが、ルーカスは少し離れた場所でただ目を細めて微笑んでいた。
変わっていない方がいいのか、それとも大人になったと言われた方がいいのか。
同意出来なかったのはシェアトの成長した部分に触れて、少しの焦りを感じた自分の醜さに落胆していたからかもしれない。
「……どうかした?ルーカス」
「いや、ちょっと急に眠気が来てね。不規則な生活をしているせいか、たまにあるんだ」
「そうだ、クロスちゃんの話だけどさあ……」
改めてクロスが観測機関の守護者になったという話を持ち出した甲斐は皆の反応を見ていた。
クリスとフルラは肩を寄せ合い、難しい顔をして黙り込んでしまった。
ウィンダムは何度も小さく頷きながら、話が終わってからも口元は笑ったままで、それからも決して開くことは無かった。
ルーカスが最初に口を開いた。
「……守護者、か。でも、僕もシェアトの言う通りだと思う。……彼が自分で選んだ道だ。これ以上、僕らに出来る事は無い。冷たい言い方かもれしないけど大切な人の傍にいられる事は幸せだよ」
「……カイ、まさか貴女本当に乗り込もうなんて考えてないでしょうね……?」
へらへらと笑ってごまかす甲斐にクリスは何度も問いかけている。
良くも悪くも、真っ直ぐな彼女は変わらないで欲しいと、ルーカスは思った。
出会った頃、一人星空の中で流した涙
あの輝きは今も一点の曇りもなく




