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第二百九十四話 シェアトの直感・ビスタニアの思い

 玄関のドアに寄り掛かったまま、シェアトは両ポケットに手を入れたまま深刻な顔で聞いて来た。


「単刀直入に聞くぞ、お前ら別れたのか?」

「……はあ?」



 ビスタニアの顔はあっという間に崩れてしまった。

 だが、ふざけきった質問をした当の本人は真剣そのものらしい。



「なんだよ、違ぇのか……チッ! ならなんで、アイツと話さねえんだよ」


 アイツ、というのは甲斐のことだろう。


「……特に理由は無いが? アイツだって、友人と話していただろう」

「……本当に、避けてんじゃねえんだよな?」

「分かった、分かった。お前は何が言いたいんだ?」

「俺だって嫌なんだよ! きもっちわりい! なんで俺が、『あいつ元気ねえな』とかお前の顔色伺わなきゃなんねえんだよ!」


 両手で顔を覆い、わっと叫ぶと今度はこのアパートの住人であるビスタニアが焦り出した。


「情緒不安定なのか!? どうしたんだ!? こんな場面を他の住人に見られては面倒だ! 外に行くぞ!」


 階段を下り、人気の無い道を歩く。

 二人は無言で肌寒い中をただゆっくりとしたペースで歩いていた。


 この辺りには店が無い。

 一軒だけあるしょぼくれたスーパーも、もう店じまいをしたようだ。


「お前、前科あるんだからな。忘れたとは言わせねえぞ」

「急に何の話だ? もう酔ったのか?」

「前も、お前……フェダインの時にそんなツラしてただろ。ダンスパーティーの時だ。アイツにプレゼントやったら今度は自分の着ていく服がねえとかマジで頭おかしいのかと思ったけどよ。『出ない』とか言いながらもそんなツラしてただろうが」


 シェアトのおかげでプロムに出ることが出来た事は、忘れられない。

 ビスタニアの中で、どこかシェアトには絶対的に敵わない部分があると思わせられた夜だった。


「この顔は生まれつきだしお前よりマシだ」

「へぇへぇ、そうですかー。……クロスも、そんなツラしてる時は大抵なんか我慢してんだよ。なんで頭いいヤツって、素直さが無くなるんだろうな。脳の栄養にでもしちまうのか?」


 ビスタニアは黙ってしまった。


 まさか、一番鈍そうな奴に二度も見抜かれるとは。

 プロムの時は迂闊だった。

 自分を毛嫌いしている人間が、自分以上に必死になってくれるなどと誰が想像するだろう。



 だからこそあの時は馬鹿正直に話してしまった。



 それを知っているからこそ、今は何も口には出来ない。

 またコイツは馬鹿だから、一生懸命になってしまう。

 話せない理由はそれだけではないのだが。



「俺にだって、色々ある。……あいつには気付かれたくないんだ。滅多に会えないのに、心配させたくない」



 反論しようとするシェアトより早く、斬り込んだ。



「クロスの事だって、お前は黙っていただろう? ……それと同じだ」

「……そうかよ。まあ、お前までなんかでけえ事なら尚更抱え込むなよ。裏切られるのなんて、一度で十分だ」

「……ああ」



 あの日、サクリダイスの口から語られたのは、SODOMが作り上げた新たな企業『Z』の調査が行われる事になった極秘任務の内容だった。



「SODOMのトップが何を考えているのか、私には分からん。ただ、今度の代表はとんだ曲者だ」

「曲者……ですか」

「ああ、お前もまんまと騙されたクチだったな。ん? SODOMは法が機能し始めた段階から己に有利なように世界を動かしてきた。金にモノを言わせられる時代だったからな、その名残は現代にも通用している」


 調査、というのは何もマイナスな意味合いと決まった訳では無い。

 ビスタニアは動揺しているのを悟られぬように気を付けながら、慎重に話を聞くことにした。


「SODOMが武器・兵器開発を進めていく中で違法なものがないかとこちらでも目を光らせていた。一つでも何かあれば中へ踏み込み、洗いざらい今までのデータや資金繰りまで見られる。しかし、一切ボロを出さない。常にSODOMは完璧だ」


 やはり、通常の企業と違いSODOMは防衛機関にも目を付けられていたのか。

 規模の大きさから、行っている開発事業の内容を考えればこの機関が脅威に感じるのも無理はない。

 スパイを送り込もうにも、SODOMの採用基準は謎に包まれているせいで中へ入り込めない。


「しかし、有り難いことにわざわざ向こうから好機を作ってくれた。それが『Z』だ。謳い文句はご立派だ。環境改善事業だと? 笑わせる。絶対に裏がある」

「……『Z』に不審な動きがあるか、調査をするのですか?」

「そうだ。このタイミングで分社化など、不自然でしかない。あの新しい代表は食えん奴だ。きっと何か裏がある」


 不自然さが分からないビスタニアは黙るしかなかった。

 そのせいでサクリダイスに鼻で笑われてしまう。


「ニュースを見ていてもSODOMを持ち上げるようなものばかりだろうから、何が不自然か分からんだろうな。……いいか、SODOMは分社化するよりもSODOMのまま環境改善事業に取り組んだ方が株が上がる。そうなるとどうなるか? 金が集まるんだ。更にな」


 確かに一つの事業内で行えば機材や土地、建物も人員も新しく作るよりも安く済む。

 そればかりかSODOMのイメージ回復にも役立つのだ。


「あの分社化発表の会見もいわばアピールだな。代表のお披露目は世代交代の度の通過儀礼になっている。そしてあの外見と若さを持った新代表として良いイメージを植え付けた。『ああ、これまでとは違う! なんて若く美しい聡明そうな代表なんだ!』とな」

「なんの為にそんな事を……?」

「ふん、簡単な事だ。SODOMに対する反感を買っている場所でも新たな企業の名前を使い介入しやすくする為だ。そしてあの企業の力をもってすれば、国の一つや二つを助けるなど容易いだろう」


 未だに何が問題なのかピンと来ていないビスタニアにサクリダイスは歯ぎしりをした。


「本当にめでたいな。……いいか、このままでは将来的に世界中がSODOM無しでは回らなくなってしまう。事実上の乗っ取りだ。そうなってからでは遅い。これ以上、あの企業を野放しには出来んのだ!」


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