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第二百九十二話 シェアト・シルキー・ダイナの昇進

 W.S.M.Cの拠点で、ダイナは真っ白な軍服に身を包んでいた。

 両肩にある金のショルダーストラップと同じ色のボタンは丸く、右の胸元には黒い長方形のバッジにグレーの字で『W.S.M.C』と書かれており、首元は半分ほど立ち襟に隠されている。

 左胸ポケットからは様々な国から貰ったらしいバッジが国旗の色をしたリボンに繋がれていた。


 ダイナを前に、緊張した面持ちで立っているのはシェアトだった。

 今、上官から告げられた言葉に驚き、目を丸くしながら聞き返す。


「……俺が、ですか?」

「そうだ。シルキーは中尉に昇格だ。少尉、中尉の穴が空いていたとはいえ、適当な人材を充てる訳にもいかん。ここ数年でシルキーの力は目を見張る物となった。そこでお前を少尉に、というよりも補佐役にと思ってな」

「お褒め頂きありがとうございます」


 ダイナの横で手を背中で組み、足を開いて立っているシルキーは愛想よく微笑む。

 そして瞬時に表情を硬くしてシェアトを睨み、少し低い声で話しかけた。


「……悪い話じゃないだろ。それとも殉職待ちだったか? それなら余計なお世話ってワケだ」

「……いえ……、ただ、突然の事で驚いてしまって…。あの、俺は自分で分かるほど未熟です。ノア……いえ、タンザナイト先輩やトパーズ先輩……とか……、力のある人が多いのに……」


 ぎっ、とシルキーに睨まれた。

 出撃でもないのに迷彩服を着用するように言われたのはダイナの前に立つからだったらしい。

 そして今、驚くべき昇進の話を持ち掛けられている。


「受けるのか、受けないのか。尋ねているのはこちらだ。まさか『大尉』の決定に疑問を抱いていると?」


 苛立っているシルキーにおののきつつも、今の言葉に素早く反応する。


「大尉……!? お、おめでとうございます!」


 ダイナが中尉から大尉へと昇格した。

 それによって昇格の決定権も移ったのだろう。


「……戦士たるもの、命は短い。どれだけ注意していても死ぬときは死ぬ。人生など分からんものだ。セラフィム、お前がここへ来た時に部隊長だったヒューも今はいない。上にいくほど死の波に飲み込まれる心配もあるまい」

「そうそう、大尉の仰る通りだ。上にいけばそれだけ天に近付くんだ、神の雷と下から伸びて来る手に捕まらないようにせいぜい気を付けな。敵は天と地、どちらにも存在するからさ」


 シルキーは機嫌良さそうにシェアトを上から下まで舐めるように見た。


「……はい」

「私が大尉になったからには、今までのようにこの部隊を暗躍者になどさせん。この席はシルキー、お前に譲るが戦場に立つことを許そう。そういう約束だったな」

「ご配慮下さりありがとうございます。ご安心を。貴方が大尉の席を捨て、更なる高みへと目指すまでこのシルキー・オンズ、中尉の席を決して誰にも座らせやしません」

「……セラフィム、お前は少尉として避雷針になれるか? こいつの電撃は少しきついかもしれんがな」

「この身をもって、支えさせて頂きます!」


 そう答えるや、シェアトの右腕に光が巻き付いた。

 そして圧迫されるような感覚を覚え、腕を見ると金色の輪の刺繍が一本巻き付くように二の腕部分に施されている。

 シルキーもまた同じように光の輪が金色へと変化し、消えた。

 同じ場所にはシェアトの輪を半分にした細さの輪が二本、縫い付けられたようだ。


「見よ、私が今身に着けている各国からの勲章は我らの血と命を賭けて任務を全うした証だ! 仲間の命もこの中にある! だが、誰がこの功績を知るだろうか! 誰が我らを讃えるだろう!? 決して私はこの部隊を日陰の存在になどするものか! それまで、黙って付いて来い! 私からの命令は二つ! 死ぬな! 部下を死なせるな! それだけだ!」


 少尉、中尉は同時に大尉へ敬礼した。

 尊敬、などといった小難しい感情ではない。

 熱く煮立った思いに動かされたのだ。


 

 シェアトとシルキーはダイナの部屋を出た。

 と、すぐにシルキーの拳がシェアトの背を思い切り殴りつける。



「いてっ! な、なんで殴ったんですか?」

「ハラハラさせやがって……。ったく、上官の言う事は絶対だ。ココにいるとなあなあになるがそこだけは履き違えるなよ。嫌な上官なら、『昇格する身に覚えが無い適当な仕事をしているのか』なんて言ってきただろうし……ったく、甘い環境だとこれだから……。いいか、金輪際大尉の前で余計な口は叩くなよ!」

「すみません……でも、それにしてもやっぱり不思議で……」

「……ノアは確かに腕はいいが、戦場を共に駆け回れる訳じゃない。スナイパーは持ちつ持たれつの関係だ。狙いを定めている最中にどこかから同じように狙撃されて死んでも俺達は気付かないだろ。今後人が増えた時に、信頼を勝ち取るには難しいだろうな」


 納得していないような表情を浮かべているシェアトにシルキーは溜息をついて足を止め、話し出した。


「ネオは戦闘力は高いが、暴走気味だ。あれに指揮を執らせる時は体よくこの部隊を解体する時だな。ギャスパーは冷静だが、慕われるようなタイプでもないし恐怖政治が出来るタイプでもない。冷静沈着だが何を考えているのか分からん。嫌われやすいのはよく分かるだろ」

「まあ……。でも、シルキーさんの補佐なんて……俺に務まるでしょうか」

「お前の仕事に対する姿勢は以前の糞医者の時で分かった。やりやすい。経験など積めばいいだけだ。それに暴走しきれないお前はちょうどいい」

「……はぁ、褒められてる気がしないですけど……」

「まあ、これであいつらも少しは締まるんじゃないか?」


 分析の中に入っていなかった甲斐はどうなのか、と聞いてみたかったが止めた。

 これでまた、仕事に集中できる。

 どたどたと騒がしい足音が近付いて来ているのも、口をつぐむ理由の一つだ。



「おっ、いたいた! やっぱ昇格してたぜ! 見ろよ! あっ、中尉と少尉ぃお疲れ様ですぅ~!」


  

 ノアがへらへら笑いながらシェアトの肩に手をまわした。


「本当だねえ、これでシェアト君にも逆らえなくなっちゃったなあ。お手柔らかに頼むよ」


 ネオは困ったように笑っているが、頬に何故か血と少し桃色がかった肉片がいくつか付着している。


「げっ! シェアトが少尉……! うわあ、クリスに連絡しなきゃ……」


 甲斐はわざとらしくよろめくと、いそいそと自室へ走っていった。


「……シルキーさん、俺、やってける自信、もう、マイナスになったんですけど……」

「……さんじゃなくて中尉、だろ」

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