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第二十八話 グッバイ・バイバイ

「そりゃいいや! お前さんはジャパニーズか? ははあ、たまげたぜ! 真面目で融通の利かないマニュアル人間ばかりだと聞いてたがこんなクレバーな女もいるもんだな!」


 右手を差し出されたので握り返すと、強く手を引かれた。

 その力に合わせるように立ち上がると、アニマは甲斐の肩を抱き寄せ、集まっている男達に向かって高らかに宣言する。


「俺はこいつを気に入った! 世間に流されず、俺達と同じ仕事に誇りを持ってる! そしてどこにも属していない! ……あー、カイだったな?こいつを仲間にしてやろうと思う! 異論は無いな!?」


 囃し立てる声と口笛の音が沸き立った。

 アニマの体からは汗と土、そして何かは分からないが生き物の匂いがした。







 木の陰からシェアトが飛び出そうとするのを抑えているクリスの力は限界だった。

 見兼ねたタピオが一度指でシェアトの脇腹を突くと、全身の力が抜け、動く事が出来なくなる。


「静にせんか。あいつはお前の恋人か?中々頭が切れるな、上手くやったようだ。ほれ、移動して行くぞ。付いて行くんじゃろ?わしらはお前さんに付いて行く。だがわしらを危険に晒すような行動は許さん。分かったな? ……よし、分かったんだろう」


 力が入らないので頷く事も首を横に振る事も出来ず、ただタピオを睨んでいたのだが、どうやら勝手に納得したようで再びツボを突くと徐々に体の感覚が戻って来た。

 先頭を歩いているのは甲斐とアニマ、そしてその後ろをぞろぞろと男達が付いていく。

 動物の気配が無いかと前後左右を見ながら歩いているので迂闊に近づけそうにない。






「あの野郎……、ビッグキャッツに食われちまえ……!」

「あら、ここにビッグキャッツはいないわよ? そうね、ここにいる大型肉食獣で可能性がありそうなのは例えば……ほらあれ! マウンテンマウスよ!」

「生息分布なんて知らねぇよ……、そりゃあようござんし……はあああ!?」


 思わず普通の音量で声を上げてしまったが、マウンテンマウスに襲われた男の絶叫がタイミング良く重なった。

 どよめき、突如現れた肉食獣に男たちは散って行く。

 忠実な者はアニマの前に立ち、手ごろな太い枝を手にしているが甲斐は一体この状況で何がそんなにおかしいのかへらへらと笑っている。


 マウンテンという名に相応しい体はゆうに成人男性の身長を越え、その体を支える為の四本の足は筋肉の塊だ。

 マウスという割に瞳は全く可愛げは無く、蛇の様な目をしており、黒い切れ長の瞳孔が大きくなったり小さくなったりしている。

 一本一本が確認できそうな程太い体毛は根元が白く、毛先につれて黒くなっており、興奮している今は普段の二倍の大きさに膨れていた。

 ネズミに見えるが尖った鼻先と口元から覗く牙は犬と似ている。


「こいつかあ……。肉も旨くねぇし希少価値のあるもんじゃあねぇが、俺の仲間をやってくれたんじゃあ見逃してやる訳にもいかねぇなあ」

「も、もふもふしたい……。触りたい……! 可愛い……可愛い……」

「カイ! ああいう奴に会ったらどうする? 見た所そのナイフは全部新品だな? どうやって狩りをしてたのかは後でにするが……魔法の使えない俺の答えは最新の武器を使う、だ!」


 アニマは煙草を咥えて小さな乾電池のようなものをポケットから取り出すと、一度指で弾く。

 両端から青い電気が音を立てて大きくなり、それが激しくなってきた頃にマウンテンマウスに向かって投げつけた。


 一瞬、辺りに妙な衝撃が起きた。

 人間の声の様な断末魔を上げたマウンテンマウスからは煙が立ち上り、獣の匂いとそれが焼けた匂いが体全体に纏わりついて来る。

 風が吹かないので辺りはその匂いに包まれていた。


 顔をしかめている甲斐は、そんな状況よりもこれからアニマに尋ねられるであろう狩りの仕方をどうやって言い訳しようかと頭を悩ませていた。

 何故か皆、痙攣しているネズミよりも甲斐の方を見ている。

 へまをしてしまったのか、何かおかしな言動があったのかと甲斐は身をこわばらせた。

 


「俺の好きなロッカーと同じ髪形になってるぜ。俺はその髪型もイカしてると思うが、お前はどうだ?」



 長い髪の毛はヘルメットで抑えられた部分を除き、針金のように不自然に持ち上がっていた。

手で触れるとどこまでも付いて来る。

 アニマは豪快に笑いながら甲斐の背中を叩いた。


「と、まあ……これが俺らのやり方よ。従業員の命優先! お互い命賭けてんだ、殺そうが殺されようが恨みっこナシ! ほれ、お前にもこれやるよ。あんま乱暴に扱ってると数か月前に感電死したバジェットに会う事になるから気を付けろ」


 ぽいと投げて渡され、甲斐は必死にキャッチする。

 受け取ったバッテリー・ボムを珍しそうに見ると、表面には注意書きと共に『SODOM』と書かれていた。


「初めて見るか? まあ無理もねぇさ、俺らはソドム様に足向けて寝れねぇ! これも表立っては言えねぇが、俺達は一応小企業としてやってんだ。輸出業としてな。似たような奴らと一緒にこういう獲物を手軽に狩れるような武器を開発申請したんだよ。もっともらしい理由を付けてな。半年もかからなかったぜ! 試作品が届いたんだ! そりゃあ金は掛かったさ、でもこの先の利益を考えたら安すぎる位だ!」

「……そう、なんだ。ソドムって、こういうのも開発してるんだね。今の代表って息子さんでしょ。なんか変わったりした?」


 甲斐の知るエルガは武器や兵器を開発し、金の為に悪に目を瞑るようなタイプでは無い。

 最後までSODOMの前代表の息子であること、そして卒業後は後継者となる事を友人たちへ隠し通した彼に対し、直接連絡を取る事が出来ないので少しでも状況が知りたかった。




 もしかすると、彼が継いだ事により何かが好転しているかもしれない。

 そんな淡い期待もあっての問いだった。




「変わった事かあ? んー……俺達からしたら特にねぇなあ。ただ今まで取引してなかった奴らにも武器回してるみてぇだが、その辺は詳しくないんでな。なんだ、知り合いでもソドムの武器で殺されたか? ん?」

「……仲良かった人を一人、取られちゃったんだよね。ま、取り返すつもりだけど」


 不敵な笑みを浮かべた甲斐にアニマは頼もしいと言って背中を叩いたが、強すぎる力に甲斐はまだ熱を持っているマウスの毛に埋もれた。

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