第二百八十話 シャイニールの過去①
物心が付いた瞬間を覚えてる。
あの頃から私ってやっぱり当然、特別だったのかもしれない。
ああ、どうしてこんなに昔の事ばかり思い出すのかしら。
子どもは嫌い。
何をするか分からないから。
私の美しさを壊すような事をしでかすかもしれないし、なんのメリットも無いもの。
二十年後にカッコよくなっていて、自由に使えるお金があって、誰もが羨むオスになったなら相手にしてあげてもいいけど。
あそこにいるのは、あれは、昔の私ね。
可愛い、どこにいても、何をしていても目立つ存在だから。
いつだって私は特別なの。
鏡に映った私を見る事が何より好きだったわ。
テレビに映る子ども達よりも、近所にいるクソガキ達よりも、誰より私が一番素敵だったから。
「ママ、これなあに?」
「それ? それは……あなたが生まれる前の家族写真よ。お姉ちゃん、可愛いでしょう?」
幸せそうに、笑っている三人は今と違った。
年齢だけでなく、着ている物の質から三人の瞳まで、ありとあらゆる箇所が違った。
写真の中のお姉さまは私ほどではないものの、まあ見れる程度には可愛らしく、そして高そうなフリルブラウスを着ていた。
こんな服、私は着たことが無い。
ママもパパも、今では見た事も無い宝石や時計を身に着けて、これまた見た事も無いいわゆる『幸福』に満ちた瞳を輝かせて笑っていた。
『幸せ』とやらは一体どこに売り払ってしまったのか。
ああ、この時の私が何を考えていたのか覚えている。
『幸せ』は『お金』の数で決まるのだ。
その証拠がここに映されている。
楽しそうに笑い合ってはこちらを指差して手を振るフォトフレームの中の家族。
それをいつまでも、いつまでも見つめ続けているママを見て確信した。
そしてもう一つ。
『姉』であるあの人さえいなければこの写真の中の服も靴も私が着ていただろうと三歳だった私は幼いながらも憎しみを確かに覚えた。
また、場面が変わる。
パパが部屋に籠り切りになった頃、家の中は暗かった。
ただでさえ広いこの家の中には最低限の家具しか無くて、よくアルバムを開いては想像をした。
頭の中で昔あったという家具をこの広い家の中に並べて遊んだっけ。
おいしい料理が沢山並んで、優しいママは沢山お洋服を買ってくれて、カッコいいパパは私を色んな所に連れてってくれるの。
そしてお手伝い天使と一緒に働いているのはお姉さま。
メイドさんでパパとママに嫌われているけど、帰る場所も無いからここにいるの。
いつも一人、部屋に籠って窓の傍で本ばかり読んでいるあの人は、正直気持ち悪かった。
姉と兼用で与えられたクローゼットの中にある、比較的新しく、綺麗な物は全て私が貰ってた。
サイズが大きい物が多かったけどママに仕立て直してもらったり、お手伝い天使にこっそり頼んでサイズを変えてもらってた。
それじゃなきゃ、服が可哀想。
お姉さまは困ったような顔をしていいよ、なんて上から目線で言っていたけど当然なの。
家畜が人間と同じ物を着る?
着ないでしょう?
ペットにたまにお洋服を着せている人がいるけれど、この人もそれと同じだと思った。
着れたらいい、それだけなんだから。
× × × × ×
「おとーさま、入ってもいい?」
「おお、シャイニール。どうした、お姫様ごっこか? 『お父様』なんてどこで覚えたんだ?」
「ごっこじゃないの! お姫様なの!」
「そうかそうか。うちのお姫様は世界一可愛いな」
自分はお姫様だと気が付いたのは、アニメ映画を見ていた時だった。
美しく、世界中の誰より愛らしい。
この言葉が似合うのは自分しかいないと確信した。
お姫様として、普段の口調から変えていかなければならない。
だから私は家族の呼び方を変えた。
「こころ優しいお姫様だから、これをあげるの!」
手に握っていた札束を差し出した時のパパの顔は信号みたいに色を変えた。
面白くて笑ってたら、急に耳鳴りがして壁にぶつかって……そこでようやくぶたれたんだって気付いた。
まくし立ててるお父様が怖くて泣いていたら、お母様が飛び込んで来た。
「……これ、どうしたの? 答えなさい! シャイニール!」
「お金が無いからしあわせじゃないから……だから、私、幸せそうな人から分けてもらったんだもん……! 少し位、分けてもらったって…!」
「盗んだの!? どこから!?」
「違うもん! 向かいのおじさんに貰ったんだもん! 写真を撮らせてくれって言われたから……! だからこれはそのお礼なんだもん! 私が可愛いからだもん!」
あの頃は、バカだったと思う。
今私のヌード写真を撮るとしたら、島の一つか二つじゃ割に合わないのに。
その次の日から、お父様は入院したみたい。
早く治して、家族の為にたんまり稼いでくれないと困るのに。
気付いたら向かいの家は空き家になってたけど、私からするとどうでも良かった。
ああ、今度はあの日?
テーブルの上に見慣れない籠があった。
中には鳥がいて、夕食のチキンかと思ったのよ。
ただ、とてもキレイな翼をしていたから。
私に付けたらとても素敵だと思ったの。
それに、こんなに美しい羽をただの鳥が持っている事がなんだか許せなかった。
籠にはお父様へのメッセージカードもあったけど、こんなもの必要ない。
お父様の工具箱を引き寄せて、籠から鳥の翼を傷めないように両手で抱えて出したけど大きいから捕まえやすかったわ。
首を抑えつけてると大きな翼がバタバタして顔に当たるの、腹が立って付け根に向かって何度も何度も何度も刃物を振り落としてようやく両翼が取れた頃には鳥ももう動かなかったの。
体を抑えて、乗っかるようにして翼を上に引いてみたけど取れなくて、回すように捻じりながら引っ張ってようやく布が裂けるような感触と一緒に千切り取れたの。
自慢しようと思って、きっと羨ましがられるだろうからお姉さまに一番最初に見せに行ったのにあの女、走って逃げだすんですもの。
きっと、お母様に告げ口をしに行ったのね。最低。
やだ、今度は引越の日?
わざわざ思い出さなくてもいいのに。
あんな、下らない思い出。
「……シャイニール」
「なあに? お姉さま。……やだ、虫が出そうねここ」
「私は貴女を見放さないから覚悟しなさいよ。……たった一人の、可愛い妹なんだからさ」
何が、私『は』なのかしら。
お父様もお母様も、見放した訳じゃないわ。
ただ、確かに私が何も考えずに問題を起こしたせいで近所の視線がきつかったのよ。
お母様は精神的に参っていたし、こうなったのは当然だわ。
でも、お母様は私の本当のお母様じゃないのよ。
だって美しくもなんともないんですもの。
「お姉さま、私お家に戻りたいわ」




