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第二百七十一話 ハンティングスタート

 扉を開けてダンスホールの中へ入って来たのはシルキーとシェアトだった。

 ギャスパーは変わらず放水をしている最中で、シャイニールの姿は無い。

 ギャスパーがひたすら水を当て続けているのは出て行った時には存在していなかったはずのドーム。

 これに目を向けて大体の事態を把握したのかシルキーが肩をすくめた。



「『また』終わってない。期待外れなのは二回目だ」

「二度あることは三度あるかもしれませんね」


 振り返りもせず、ギャスパーは言った。



「あの女、とうとう引きこもり出したのか。一生ああしていればいいんだが」


 シルキーのぼやきに応えず、ギャスパーは足音だけでシェアトも傍にいると分かったようで話を振る。


「……ほら、どうしたんですか。シェアト君、私に嫌味を言う番ですよ。台詞的には『苦戦してるとかダッセエな』といった内容で大丈夫です」


 ギャスパーはようやく放水を止めると先端にしていたヘルメットが床に落ちた。

 そして首を揉みながらシルキーとシェアトに何が起きたかを簡易的に説明する。


 明確なシャイニールの犠牲者はこれで二人目になったという事、彼女は損傷した臓器を現在進行形で入れ替えているという事。

 説明している間、ヴァルゲインターは少しでもこちらに近付こうと泡の中で重心をずらしたり努力をしていたが内部からの力では移動しないようだ。



「やってくれる。だが今回の『ジョーカー』は舞台の幕が開くのを待っている。だが、もし一度でも外せばあのビッチの事だ、すぐに対応してきやがる。絶対に失敗させるな、あの女の集中を俺達に向ける。よそ見させるような動きはするな、翻弄しろ。いいな」

「……おお、怖い。私達は身の振り方を考えた方がいいかもしれませんね。標的には魔法は効きませんが、私達には効きますから。鬼隊長の雷が落ちるのはこちらという事をお忘れなく」



 シェアトは無意識にノアと甲斐の気配を探していた。



 どこに待機し、どうやって現れるのかは教えられなかったのは不意に視線をやってしまったり、彼らを庇うような戦い方になってしまう事を避ける為だろう。

 しかし全くといっていいほど気配は無く、不審な物音一つ聞こえなかった。

 場慣れしているシェアトですら見つける事が出来ないのなら、シャイニールにも不可能なのではないだろうか。



「おい、ぼーっとしている暇があるなら昼寝中のそいつを叩き起こせ」


 シェアトが動く前にギャスパーが気を失っているネオを荒く揺すり起こし、頬を指で掻いているギャスパーと腕組みをしているシルキーの前に連れて来る。



「ギャスパー、他の収穫があるんだろ? 話せ。もったいぶっている時のお前はいつも以上に気持ち悪いからすぐ分かる」



 すると本当にギャスパーは小声で話し始めた。



「確かな事かは分かりません。そもそも気が付いてくれたのは彼女、ヴァルゲインター医師です。しかし、信じてみてもいいかもしれません」

「前置きはなんでもいい、聞くだけきいてやる。信じる信じないを決めるのは俺だ。手短に話せ」


「……ギャスパー、もう少し他の方法で次から頼める? 首だけじゃなくて、頭までガンガンする」


 意識がようやくはっきりしてきたネオが空気を読まずに話しかけ、シルキーに目で黙るよう睨まれていた。

 ギャスパーが再び話し始めようとした時、シェアトが声を上げた。



「シルキーさん! ドームの霧が薄くなってます!」

「見れば分かる。ギャスパー、撤回だ。手短ではなく一言にしろ」


「……標的の弱点は、胴体と頭部。『切り離しが出来ず、わざわざこんなに手間と時間、そしてリスクを負ってこの場で臓器の交換をした』事が良い証拠―――とヴァルゲインター医師が」


 指に顎を乗せていたシルキーはにやりと笑った。

 どうやらお気に召したようだ。


「頭部が無くなって平気なのはニワトリかキマイラぐらいという訳だ。……キマイラだってどっちも頭が吹っ飛べば生ゴミだろうな」

「仰る通りで」


 ギャスパーの相槌にますます気を良くしたらしい。

 シルキーは鼻を鳴らし、決断した。


「胴体か、だから魔法を吸収できる仕掛けも胴体のみにある訳だ。……魔法に頼り切って普段の鍛錬をおろそかにしている者はいないな?」


 シェアトはタイミングが合う度に、ノアに稽古をつけてもらっていた。

 思わず自信を持って頷くとシルキーは一歩踏み込み、拳を振りかざすとシェアトの頬に触れるか触れないかといったギリギリの位置で止めた。



「我らをここまで手こずらせ、更に被害者を二名出したあの標的を捕らえろ! 熱くなるなよ、手加減は無用だ! ただ『死んでなければ』いい! ハンティングの始まりだ!」



 ドームの霧が晴れる前にギャスパーは倒れている人々を一塊ごとに分けて泡の中へと包んだ。



 徐々に全貌を現したドーム内には、手足を拘束され、どれだけ叫んだのか苦悶の表所を浮かべた女性が簡素な椅子に座らされていた。

 腰にも太いベルトがあり、病衣の様な物を着せられている女性は顔に血飛沫が残っている。

 もう虚ろなその瞳には何も映ってはいなかった。

 

 ぽかりと開いた口は血を幾度も吐いたのだろう、黒い穴になり、彼女の腹もまた同じように黒い穴と変わり果てていた。



 相変わらずセクシーなランジェリーを纏っているシャイニールは中でシャワーを浴びたのか、濡れた髪を掻き上げて口元に垂れた滴を舌で舐め取る。

 そして血の海となった床を裸足で歩いている。

 彼女は濡れた足の裏を気にせず、血に塗れたままパンプスに足を通した。



「あん、皆でこっち見てるなんて……もう……。待ちきれなかったの?」



 そう甘い声をドーム内で反響させてから指を鳴らしてドームを開くと、女性の座っていた椅子も拘束具も病衣も全てが消え去った。

 全裸の女性は力なくうつ伏せに床に倒れ込む。



「お姉さまは一人で高みの見物ぅ? カンジ悪ぅい」



 ギャスパーとシェアトは両側から挟み込むようにシャイニールに向かった。

 胴体のみを的確に狙い、シェアトの腹への蹴りでよろめいた彼女の後頭部を床に叩きつけるようにギャスパーが掴み、落とす。



「キャハハハ! 焦らなくても相手をしてあげる! キュートボーイ、戻って来たのね! 私がいろんなコト教えてあげる!」



 ゆっくりと歩み寄るシルキーに頬を紅潮させ、甘い声で囁く彼女は異様だった。



「潔癖症なんでね、汚い目で見ないでくれないか」



 頭を床に押し付けられたまま左右の腕を二人に掴まれ、背中に回されているというのに取り乱しもしない。

 皮の手袋越しに感じるのは彼女の腕は見た目以上に細く、そしてあまり体温を感じない。

 シェアトは何を相手にしているのか分からなくなりそうだった。




 この掴んでいる腕も『誰の物』なのかさえ分からないのだが。




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