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第二百七十話 ダンスホールでは

 シルキーが離脱してから、ギャスパーも徹底的にシャイニールを攻撃した。

 魔法攻撃は吸い取られるので使えないという事を踏まえ、仕込んでおいた体術を駆使し、相手が成人男性であっても再起不能であろうという程のダメージを与えた。

 最初に胴体を狙ったのも、そう簡単に交換できないだろうと見込んだからだった。


 この一方的な暴力の現場にいるのはギャスパーと泡の中に避難させられたヴァルゲインターだけではない。

 まだ意識が戻らず床にうつ伏せに倒れているネオもいる。

 空中を漂う泡の中でヴァルゲインターはギャスパーの動きによって起きる微細な風の流れに乗って引き寄せられたり離れたりを繰り返しながら存在していた。



 そろそろ、シャイニールの体は痛みが無くとも、臓器に与えた損傷はやがて生命維持に支障をきたす筈だとギャスパーは読んだ。

 予想通りシャイニールの細い胴体には真っ赤に腫れ上がったし、引き締まっていた腹も中の出血と臓器の破裂によりだらしなく張り出てきた。

 それでもまるで優しく恋人に愛を囁かれているかのような表情と足で踏みつける度に漏らす熱い吐息は異常だと思った。



「(これは……まだ何か、策がありそうだ……)」



 そしてある瞬間に、シャイニールは突然自身の手首を切り落とした。

 ヴァルゲインターだけでなく、医療魔法を扱う者特有のあの指で。

 五本の指を全て医療器具に変え、メスや鉗子、その他必要な物を指先に宿し、器用に扱う。


 シャイニールの場合はそれが少し特殊だった。


 左の指は確かに全てが医療器具に変えられていたが、右手は親指を除く四本の指が裁ちバサミのように二枚の刃に分かれ、大きな刃となり、左手を挟み込むと紙でも裁断するように切り落としてしまった。

 ギャスパーが飛びのくと、自由になった左手は蜘蛛のように指を足にして床を走り、どこかへ消えてしまった。



 これがヴァルゲインターの言っていた状態だろう。



 視界の端で行方を追っていたが体を起こしたシャイニールは残された手で左手の止血を済ませると、今度は右手の指を医療器具へと変化させた。



「(治療をさせる訳にはいかない……!)」



 ギャスパーが接近し、拳を打ち込んだが遅かった。

 びりびりとした衝撃がギャスパーの腕に響く。



 シャイニールは透明の防御魔法を床に半円を被せたような状態で展開させた。

 ちょうどギャスパーとシャイニールの間合いを縫って現れた白っぽい膜は、ギャスパーの侵入を拒んだ。



 手を振ってギャスパーに挨拶するとシャイニールは自らの腹にメスを入れた。

 そこからせきを切ったように我先にと零れ出す血肉を手を突っ込んで掻き出すと、もう彼女は手探りで中の様子を確認しているようだ。

 この防御膜はいくら蹴りを入れてもびくともしないが不用意に魔法で攻撃も出来ない。



 その時、ギャスパーの背後から何かが迫って来る気配があった。



 振り向けば迫り来るのはあの左手。

 足のように動く指の一本がフックのように変化し、気を失っている女性の服に引っかけて引きずっていた。



「人助け、なんてガラじゃないんですがね……」



 そう言いながらも、狙いを定めて女性の足を掴んだ。

 しかし魔法の力で動いている左手の力は相当なものでそのままギャスパーも引きずられ、シャイニールの元へと引き寄せられていく。

 そして強化ガラスにも似たシャイニールの盾まで来ると、女性はまるで液体に包まれるかのようにして中へと入り込んでしまった。


 同じように中へ引きずり込まれるのは得策ではないと判断し、瞬時に手を離したのは正解だったようだ。

 シャイニールは傷口から大量の血を吐き出しながら、左手を愛しそうに撫でると女性をしげしげと眺め、指の一部を鋭い針に変えて腕に差し込んだ。



「はぁ、生き返る~! 血が出過ぎちゃってるから、補給しないと! あん、ちょっと待っててね! 見ちゃイヤ!」



 そう言うとドームの中には白煙が立ち込めた。

 集中の為か、それとも殺菌の為か。



「……女性は怖いというのはなるほどですねえ」



 泡の中にいるヴァルゲインターは遠くから二人の様子を見ていた。

 シャイニールはあの中で左手に連れて来させた女性の臓器を損傷を負った臓器と入れ替えるのだろう。



「(なに……?なんか違和感……なんだ……?)」



 正体不明の感覚を突き止める前に、ギャスパーが近くに戻って来た。

 ヴァルゲインターが被っていたヘルメットを床から拾い上げると上へ放り、落下に合わせて手の平の照準を合わせ、水を放った。

 水圧は凄まじく、術者であるギャスパーすらも足を広げ、腰を落とし、放つ右手を左手掴んで腕の揺れを抑えていた。



 ヘルメットを先端にしてシャイニールのいるドームの一点を集中的に攻める。

 あの防御魔法に魔法攻撃が当たれば吸収される仕組みだったとしても、先がヘルメットであれば問題無いだろう。


 水しぶきすらも操り、シールドに跳ねる前にまた水柱へと戻るように調整しているようだ。

 良い手だ、とヴァルゲインターは感心しつつも考えを巡らせる。

 弱点が無いとすればそれは最早人間ではないだろう。


 あのドームの中からの音が聞こえてこない。

 手術をするには集中できる環境は必要不可欠だ。



「(この状況からしてもチャンスとばかりにこうして攻撃される事は百も承知……。あの中を曇らせたのは見られて恥ずかしい、なんてバカな考えじゃない。集中するため……って事は、こっちからの音も聞こえないんじゃ……)ギャスパー! ちょっと! ギャ・ス・パァ! ギャスパーーー! ねえってば! ちょっと!もう!」

「これでも意外に細かい作業なんですよ……私が魔力吸い取られたら貴女が妹さんと一騎打ちになりますがいいんですか? ああ、その方が良いならどうぞご自由に。ただ先に私はネオを連れてここから出させて頂きます」

「違うんだって! 聞きなさい! あの女の弱点、分かったかも! 放水止めないで聞いて!」



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