第二十六話 タピオ・アイビス
密林の中を歩く二人はまるで探検隊の様な出で立ちだった。
一切肌の露出の無い迷彩服のつなぎを着用し、頭には耳まで隠せるヘルメットを被り、足元は防水仕様の頑丈な皮のブーツを履いている。
一切素手で植物や生き物に触れないようにと念を押されたので、皮の手袋を付けていた。
更にその中には薄手の生地で作られた対魔法攻撃用の服を着ているのでとにかく暑い。
ごわつくつなぎは動きにくく、転送されるまでに幾つものワクチンと抗体を作る薬を飲まされており、気分も最悪だった。
「……大丈夫か……? 先に言うが俺はかなりやられてるぜ……。今すぐこの装備全部捨てて帰りてぇ……」
「同感……。口の中カラッカラ……。もう……何これ……。 汗止まんないけど全部服に吸収されてるんじゃないの…」
常夏の気温、カンカン照りの太陽、そして息を吸っても吸えた気がしない湿度のせいで二人の体力は削られていた。
怪しまれぬよう、珍しい魔法動物を探しに来たというハンターとして動くように言われているので手には投げると広がる伸縮性の網や拘束用のロープ、腰のベルトには複数のナイフを刺したまま非魔法使用者として木々の生い茂る道無き道を進む。
意識がもうろうとしてきた頃、甲斐がか細く声を出した。
「あれ……? あたし達……どっから来たっけ……?」
「ああん……? どっからって……後ろの……」
振り返ったシェアトは固まった。
確かに真っ直ぐ歩いて来たはずなのに、背後は木と蔦で塞がれており、勿論足跡一つ残っていない。
左右はというと、似たような木々ばかりでどちらから来たかは分からない。
聞いた事の無い鳥の鳴き声が不気味に響き、四方八方からは何かが草を揺らす音や急に何かが飛び立つ羽音が聞こえていた。
「んなこた帰りに考えりゃいんだよ…、それにナビだってあんだろ……。今回ばかりは拠点までの案内は使えねぇな……。こんな森みてぇなとこで迷いもせずに辿り着いたらどう考えたっておかしいだろうし…はあ……」
「……あっつい……なんでこんな事しなきゃなんないんだ……。敵見つけたら炎で焼いてやる……」
「……おい、人の声聞こえねぇか?」
耳を澄ますと確かに聞こえる。
女性の声と、言い争っているような語気の荒い男性の声だ。
空洞になっている木の幹にシェアトと身を寄せて入り、縁から顔を覗かせて状況を伺う。
「だからお前と来るのは嫌だと言ったのだ! このクソアマが!」
「なんとでも言ったらいいわ! 私別に付いて来て欲しいなんて言ってないけど!? 帰ったらいいじゃない! ここからは! 私と! 先生は! 別行動にしましょ!」
「こしゃくな! わしはこっちに行くのだ! 貴様は他へ行け! 付いて来るな!」
押し合いへし合いを繰り返しながら近付いて来たのは三頭身の白い顎ひげを胸元まで見事に伸ばした老人と、短髪ですらりとした体系に目鼻立ちのはっきりしている女性だった。
老人は白衣を着ており、頭は日光をよく反射している。
女性はジーンズにグレーのパーカーを着ていた。
やけに身軽な老人はぴょんと跳ねるように倒木を避けていたが、女性がそれに気が付かずに躓いた。
「ぎょへー! 馬鹿め! こんな奴に構っておれんわ! 先に行くぞい!」
「最低ね! 待ちなさい! 女性を置いて行くっていうの!?」
そこら中の蔦が一斉に命を吹き込まれたかのように、小さな老人に襲い掛かる。
避けるのも間に合わなかったようで、老人はそのまま宙に持ち上げられてばたばたと短い足を動かしていた。
「……シェアト……、あれって……あれってさあ!」
「……今日は同窓会か? しかも俺の天敵ばっか……。とことんツイてねぇや」
「むむっ!? そこにおるのは誰ぞや!?」
耳打ち程度の声だったはずだが、老人には聞こえたようだ。
こちらを見つめる女性の表情は警戒したような表情から最上級の驚きへ変わり、口を両手で抑えて聞き取れない高音の悲鳴を上げた。
「やっほークリスー! それ新種の生き物?」
「カイ! カイ! カイ! 嘘みたい! まさか、こんな所で……!」
飛び出した甲斐を抱きしめ、回るこの女性はクリス・ポーター。
甲斐とシェアトと同様、魔法学校フェダインでの同級生である。
「……出てらっしゃい! 隠れても無駄よ! 貴方も相変わらずね、シェアト!」
「なんでそう喧嘩腰なんだよ……。変わらねぇなあ……。それより、その爺さんいいのか?」
「あら、いけない。紹介するわ、私のいる動物総合病院の院長でタピオ・アイビスよ。私の綺麗な髪の毛をばっさり切るきっかけをくれた素敵な先生」
職業体験の際に当時ロングヘアだった彼女は結う事もしないまま命の現場へ臨み、タピオに怒鳴られ、ハサミで髪の毛を切り落として体験を続けたという思い出がある。
手荒く蔦の操作を打ち切るとタピオは落下し、良く分からない悲鳴を上げた。
ひげの形を整えながら小さな目でクリスを睨み、大きく咳払いをすると今度は二人に胸を張る。
「いかにも! 君達はなんだ……? 何者じゃ? まあいいわい。わしとこの馬鹿女を転送装置の場所まで連れて行ってくれんか?」
「あら……? 貴方達がいるって事はもしかしなくても任務のさいちゅんぶっ!?」
余計な事を口走りそうになったクリスの鳩尾を殴る事に、甲斐は一切躊躇しなかった。
特殊部隊の隊員であること自体、あまり知られていいものではない。
任務の内容がどういったものかも同様だ。
その間にシェアトは手に持っていた網をポケットにしまい込む。
「殴ってごめん! あとあたし達はちょっと……その、仕事中なんだ……」
「仕事、とな……ほう……。おぬしら、まさかとは思うが……違法に生き物を捕獲などしてないじゃろな?」
じろり、とまん丸の目が二人を怪しむように半月型になった。
「胃の中身出そうよ……。先生! 私の友人に失礼な事言わないで下さる? これだから老人って嫌だわ! この二人はね、動物を守る事はあっても悪いようになんてしないわよ!」
「安心しろ、ただ内容をここでペラペラ話せるような仕事でもねぇんだ」
「ほうほう、口では何とでも言えますがな」
「老人って被害妄想が入ると目も当てられないわね!」
「……仕事が終わるまでお前らここで待ってるか?」
クリスとタピオは顔を見合わせて、お互い舌打ちをし合うとそっぽを向いた。




