第二百六十六話 まさかの苦戦?
「貴方たちって、優しいのね。私を殺そうと思えば殺せるのに、急所を外してばかりなんだもの」
見抜かれている。
だから彼女はここから死ぬ気で逃げ出そうとはしないのだ。
パーティの余興程度にしか考えていない。
「……あ~ん、じれったぁい!」
体をくねらせ、無事な片方の手で唇をなぞるシャイニールは心なしか頬が赤らんでいるようだ。
そうしている間にシャイニールの両腕は元通りになってしまっている。
人の山の中から、腕を取られた人物を見つけようにも暗すぎる。
このままでは失血死だってあり得る。
ネオはシャイニールの首を片手で掴んで彼女の体ごと持ち上げた。
「痛みが無くても苦しみぐらいは分かるんじゃない?」
拘束魔法を掛け、彼女の自由を奪う。
これで身動きは取れないはずだ。
なんの攻撃すらしてこない彼女を警戒しすぎていたのだろうか。
「ネオっ! わ、やめっ……」
油断していた。
ヴァルゲインターの事を気にしていなかった。
彼女がいる事すら忘れかけていたのだ。
振り返った瞬間に顔に強い衝撃を受け、シャイニールの首を絞めていた手が緩む。
床で咳き込みながら口を押えて楽しそうに笑う彼女は美しかった。
瓶で殴られたのだろう。
揺れる視界は滲んでいる。
痛みよりも頭部に熱を感じる。
ヴァルゲインターを見れば吹き飛ばしたはずの男達に囲まれて組み伏せられていた。
「皆さん頑張ってー! お姉さま、やぁっと『大人の階段』を登るのねぇ……」
シャイニールをいくら壊しても、自身で治療してしまうだろう。
厄介な魔法の使い方と医療技術に特化しているせいで埒が明かない。
ヴァルゲインターに襲い掛かっている男どもを再び突風で吹き飛ばしたが、続々と周囲の人の山から起き上がる者が増えていた。
ネオの頭に浮かんだのは『面倒だ』という思いだった。
「(一人なら……戦いやすいのに)」
たかだか女一人にここまで手こずらされているというのに、生かした状態で連れて帰らなければならない。
周囲にいる客達もまんまと彼女の魔法にかかり、敵と化しているがシルキーの理想的な任務遂行に従うならば、殺してはならないだろう。
更にヴァルゲインターという『お荷物』がいるのだ。
「(自衛も出来ない人をいつから戦場に連れてくるようになったんだろう……)」
何もかもが向いていない。
「(僕には……誰かを守る様な事は出来ない……)」
いくら大切だと思っていても、いつかこうして面倒に思ってしまうのだろうか。
表面上をいくら取り繕っても、綻びが見えてしまう。
皆、そうではないのか。
きりのない、血も悲鳴も無い中でヴァルゲインターを守りながらネオの瞳が暗い色に飲み込まれかけた時だ。
扉が思い切り開かれた。
「なんだ、まだ終わってないのか」
靴を鳴らして現れたのはシルキーだった。
新たな登場人物に襲い掛かる操り人形達は次々と壁に引き寄せられていく。
この暗いフロアで彼らの背中と壁の間に走る激しい閃光は綺麗に見えた。
「まさか苦戦中でした? なんて」
後から現れたギャスパーはヴァルゲインターを大きな泡の様な中に入れ、宙に漂わせた。
これでもう、敵の攻撃は届かないだろう。
万が一届いたとしても、防ぐことが出来る。
「さっさと終わらせましょう。遊び過ぎるのが君の悪い癖ですよ、ネオ」
「分かってますよ……やだな、もう」
シルキーは欠伸をしながら襲い来る人々を壁のインテリアに変えていく。
「レディ一人に三人がかり? ……もう、仕方ないわねぇ……4Pなんて……サイッコー!」
シャイニールはおもむろに纏っていたファーを捨て、ドレスを脱ぎ捨てた。
翼の形をした白のヌードブラと、全てがレースのショーツ。
この光景に誰もが困惑しただろう。
一瞬止まった時を戻そうとシルキーが咳ばらいをした。
ネオは両手を交差させ、シャイニール目掛けて鋭い風の攻撃を仕掛ける。
露出度の高くなった彼女の体全体に大きく×印を付けるようにして命中したが、その傷口に向かって風が吸い込まれていく。
そのままネオの魔力を吸い出すように、攻撃を止めることが出来なくなった。
「……止まらない……! ギャスパー!」
ネオがいくら力を抑えようとしても、全てシャイニールへと飲み込まれて行ってしまう。
呼ばれたギャスパーはネオの首の後ろを叩き、気絶させることによって強制的に魔法を終わらせた。
「あぁ~ん、もっと欲しかったのにぃ! ……ね、ね、貴方はどのくらいの力持ってるの!?」
倒れたネオを担いだギャスパーは入り口付近にいるシルキーの元へ素早く戻る。
そしてシャイニールを見た状態で唇を動かさずにシルキーへ話しかけた。
「……こりゃダメだ。リーダー、どうします?」
「……都合の良い時だけリーダー扱いしないでくれないかなあ!?」
リーダーと呼ばれた事でおだてようとしたギャスパーの作戦は失敗ではないようだ。
「魔法以外の攻撃って出来ないか?」
「……肉弾戦でも彼女の体内に尚更持っていかれる気がしますけど。マシンガンとかあります?」
「生け捕りだっっつってんだろ!」
多少の怪我を負うのは良いが、彼女の中に体ごと吸い込まれては笑えない。
シルキーはすぐに泡の中に入ったままギャスパーの隣にいるヴァルゲインターに話しかけた。
「……おい、女医! こいつとネオのやり合い見てたんだろ!? 他の能力は!?」
「えっと……痛覚麻痺と、体から一部を切り離されてもコントロール出来るらしく、ここに倒れている人の一部を切り取り、自分に縫合したり……。今の状態ですと肌に魔法攻撃が当たるとそこから術者の魔力を吸い取るのかと……」
「……こりゃダメだな。殺すしかない。……よし、俺は抹殺命令に変えてもらえないか直談判してこよう、そうしよう!」
大きく頷くと、シルキーはギャスパーににこりと笑いかける。
「それじゃ、それまで逃がすなよ」
そういってシルキーはさっさと出て行ってしまった。
シルキーがいなくなってしまい、彼の魔法でどさどさと壁に貼り付けられていた人々が床に落ちる。
ギャスパーは無言のまま、首の骨を鳴らした。
「な~んだ、さっきのキレイな男の子が良かったなぁ……。ああ、でも貴方も素敵よ。なんだかニヒルな感じで……さあ、遊びましょ」
「……先に地獄へ行っていてください。私も後から行きますので」
先手必勝、ギャスパーはシャイニールの背骨を折るつもりで横から強烈な蹴りを入れた。
「……そうですねえ、五十年ほど後にでも」
魔法が駄目なら肉弾戦しかない。
見た所鍛えているような体ではなさそうだ。
確かに捉えた。
シャイニールは予想以上に軽く、吹き飛び、壁に当たり、跳ね返った。
すぐさまギャスパーは彼女の元へ走り、硬い靴の底で何度も腹部を踏みつける。
しかしそうされている当の本人はその様子を見て口から血のあぶくと笑い声を出しながら見つめていた。




