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第二百六十一話 シャイニール・ロンド

「……ホールマスターのラパスと申します。当カジノは三ツ星ホテルが運営するカジノとなります。その為ドレスコードがあるのですが、ご存知でしょうか」


 ディーラー達と違い、ブラックスーツを着て赤いネクタイを締めている初老の男性はラパスと名乗り、中へ入ろうとするシルキーの前に立ちはだかった。

 ここへ来るまでの間、私服の警備スタッフが紛れ込んでいたのだろう。

 騒ぎも起きていないのにホールマスターが直々に迎えてくれるなど、出来すぎている。


 彼は舞台で一番背の高いノアよりも大きく、スーツの上からも分かる厚い胸板と強靭な腕をもっている。

 その体に似合わぬ爽やかな笑みを張り付けているが、目は全く笑っていなかった。



「W.S.M.Cだ。事前に許可を取っている暇が無かった。通るぞ」

「困ります。お客様が混乱してしまう。どうぞ、お着替えになってからいらして下さいまし」


 すり抜けようとするシルキーを素早く右腕を伸ばして制し、穏やかな声で再度警告した。

 ラパスとシルキーが階段の高低差があるとはいえ、こうして向き合うと大人と子供ほどの身長差があった。


「ドレスコードなんてものは遊びに来た奴ら用のマナーだろ? ここで火災が起きたら消防士にもそう言うのか? 『ドレスコードがあるので出直せ』と? 馬鹿馬鹿しい。そんなに客が驚くのが心配なら黙らせてやろうか?」


 ラパスは無言のまま、シルキーを見下ろしていた。

 そして伸ばしたままだったラパスの右腕をシルキーが無理に下ろさせようと掴んだが、びくともしない。


「……いい気になるなよ、犬にも劣る畜生が。国家にすら属さず、四方八方へ金につられて尻尾を振るお前達は場違いだと言っているんだ」

「任務を妨害するか? だとすれば排除しかあるまい。」



 睨み合いが続く。



 シルキーもラパスの腕を掴んだまま離そうとしない。

 甲斐は小さな声で行われているこの攻防戦が聞こえず、三段下にいるせいもあり、何が起きているのか見えていなかった。

 そっと振り返り、後ろにいるノアとネオに現状確認をする。


「ねー、なんかもめてるみたいだけどなんだろ?」

「そりゃもめるだろ。アポ無しで高級カジノに特攻だぜ? しかもここに標的がいるかどうかなんて分かんねえのによ」

「でも考え無しで動くようなシルキーじゃないからね。拠点がここに近いのか、はたまたここにいるのか。目立つ事が目的っていっても、無謀を好むような人物じゃないからね。頼れるリーダーだから信じていいよ」


 BGMのボルテージは最高潮に近づいているようで、ノアとネオの低い声は全く甲斐には聞こえなかった。


「……ダメだ、ぜんっぜん聞こえない、耳おかしくなりそう」


 その時だ。

 下を向いていたヴァルゲインターが急に顔を上げた。



 変化に気が付いたのは隣でシルキーの様子を見守っていたシェアトだけである。



「今度はなんだってんだよ」

「いるよ、来た来た……。ほら、こっちに向かって来てる。気をつけな、あの女は普通じゃない」

「何? ……標的か!?」


 はぁ、と感動の溜息混じりにヴァルゲインターは笑った。

 シェアトは背伸びをして体格のいいラパスの後ろを見ようとしたが、その必要は無かった。


 白いファーを肩に掛け、左右の腕に巻きつけている女性がラパスの隣に歩み出て来たのだ。

 女の体中に塗りたくられているラメはライトによって光り輝き、シックな深いパープルのドレスはざっくりと切込みが胸からへそまで開いている。

 ボディラインがくっきりと出るこのドレスには余る部分など一ミリも無いようだ。

 足首も隠れるロング丈だが、スリットは際どいラインまで入り込んでおり、女性らしい曲線が妖艶に光る。


 女は肩甲骨まで伸ばしたブロンドヘアを自然な形にに巻き下ろしており、身に付けている腕時計や指輪は明らかに桁が多そうだ。

 ぱっちりとした大きなグレーの瞳と高く小さい鼻、可愛らしく微笑むチャーミングな口元とどれをとっても最上級である。


 細身だが履いているハイヒールの分を考えれば然程身長は高くない事が分かる。

 それがまた彼女の魅力となり、ハイヒールのクリアな底に閉じ込められた赤い花すらも誇らしげに見えた。


 華奢な指で支えているクラッチバッグは赤の蛇革、金色の留め具が怪しく輝いている。

 その姿に誰もが目を奪われたし、こちらを向いてくれないかと祈るのも当然だった。



「これはこれは、ロンド様。お見苦しい所を見せてしまい申し訳ございません。すぐに彼らにはお引き取り願いますので、中でお楽しみくださいまし」

「やだわぁ~、ラパスったら。私が怒ってると思ったのぉ? もう、そんなワケないじゃなぁい。この方たちはどなた?」


 BGMと相反して高く、甘い声はよく響いた。

 シルキーも掴んでいた腕を離し、女を睨む。



「遅い、お前に用があったんだ。シャイニール・ロンド。連行する。拒否権は無い」



 即座にシルキーはラパスの腕から手を放し、シャイニールに腕を伸ばしたが、遅かった。

 シャイニールはラパスの首にしなだれるように腕を回し、顎に美しくネイルアートを施した爪を当てて彼を盾に取るような状態になった。


 彼女こそ今回の任務の標的であり、ヴァルゲインターの妹『シャイニール・ロンド』である。

 


 シャイニールのデータは謎に包まれていた。



 失われたピースの一部はヴァルゲインターが持っていた。

 彼女と共にいたのはヴァルゲインターが十八歳、シャイニールが十六歳の年までだった。


 共にいた年月の中でヴァルゲインターが抱いていた彼女の印象は『良心の欠如』。

 思考回路は自分が中心であり、大切な物は己の幸福のみ。

 簡単に言えばそれだけだが、事は重い。



 彼女には守る物が無い。



 そして頭が切れ、魔力適合者であるせいで力もある。



 非常に厄介な相手である。

 だからこそこれまで捕まらずに逃げ延びて来たのだ。



 観測機関の捜査許可が下りず、掻き集めたデータで強調されていたのはその美しさ・可憐さだった。

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