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第二百六十話 W.S.M.C様御一行

 先頭のシルキーは迷わず、甲斐が見惚れていたきらびやかな店へと向かって行く。


 大きな噴水がライトアップされ、その縁では露出度の高いドレスを着た女性をはべらせている太めの男性が葉巻をくわえながらいかがわしい手つきで彼女達を撫で回していた。

 入り口までの道は黒と白の大理石が一松貼りで作られており、その上に上質なレッドカーペットが敷かれている。


 建物自体、元の姿が分からない程に壁全体が発光しており、常に色を変えていた。

 宮殿のような外観は幾つものライトが縦横無尽に走り回り、輝く光の玉が人々の間をすり抜けながら漂っていく。

 花々も花びらの一枚一枚が虹色に輝いており、芝生さえも光が波打っているように見えた。


 こんな華やかな楽園で、ノアは顔を歪めていた。 


「おい! 財布持って来たか!? 俺持ってねえんだよ! クソ、こんなの聞いてねえ!」

「カジノか、僕も来た事無いんだよね。ポーカーとかしてみたいけど、また今度だね」


 まだ入り口が遠いというのに、腹の底に響く低音と激しいミュージックが聞こえている。

 周囲を物珍しそうに見ている甲斐は周囲の視線に気が付いた。


 どこを見渡してもドレスアップした女性と、タキシードやスーツの男性。

 ラフな格好の人間さえいない中に迷彩服に身を包んだ集団が堂々と正面から入ろうというのだ。

 甲斐と目が合った瞬間に走って外へと逃げ出す男性もいた。


 何かやましい事でもあるのかと思ったが、突然特殊部隊がカジノに現れておいて穏やかにゲームをして帰って行くとは思えないのは当然だろう。

 店と客にはいい迷惑だろうし、こんな注目のされ方は流石に照れてしまう。



「ここにまた来る度胸があるならネオ、どうかしてるよ……。あたしなら死ぬまで迷彩服の集団の事忘れないし、顔も覚える努力をするからね……」

「うーん、今日の終わり方次第でまた来れるかどうかが決まると思うんだけど」



 ヴァルゲインターは甲斐とシェアトに両側を固められ、後ろにはノアとネオ、前にはシルキーとギャスパーという防衛網を張られていた。

 シェアトは押し黙ったままのヴァルゲインターの顔を見てぎょっとした。

 薄ら笑いを浮かべ、この施設のカラフルな光を反射させているレンズの下の目は吊り上がっている。



「……はいはい、なるほどねえ……。流石というか、馬鹿っていうか……。いる、絶対にいる……」

「おい……大丈夫か? 標的見つけたのか?」



 BGMが大きすぎて、ただでさえヴァルゲインターの呟きは小さいせいで何も聞こえない。



「……ココ、悪臭がするね。金とそれに群がる化け物達の腐臭がする。あいつらの中にも可愛いピンクの内臓が詰まってんだ。内臓だけじゃあバケモノとニンゲンの区別なんかつかない。他の動物なら一目で分かるのに。じゃあ何が違う? あたしはずっと考えてた」


 低い声で淡々と話し出したヴァルゲインターの声は幸いにも前を歩くシルキーの耳には入っていないらしい。

 すぐ隣で彼女の話に耳を傾けているシェアトですら、所々が聞き取れない。

 カジノ施設の入り口へ近づいていくせいで徐々に大きくなってきたBGMに掻き消されてしまう。



「違うのはココ。アタマの中だよ。それも見て分かるのはシリアルキラーだとか、そういう類がたまに腫瘍で大事な部分が圧迫されて凶行に及んだとかそんなぐらい。じゃあ、腫瘍も無いけどアタマおかしいってのは? そうなってくるといくら切り刻んでも分からない。透かして見えんのは体の異常だけ、医者じゃあどうしようもない事ばっかりだ」


 苦労して聞き取ってみても、ヴァルゲインターが何を言わんとしているのかシェアトには分からなかった。

 医学論を語っているのかと思いながら、普段とは違う雰囲気の彼女にシェアトは尋ねる。


「……どうしたんだよ? 賑やかなトコが苦手か?」

「いやいや、普通だよ。好きでも嫌いでもない。妹と違って、ね。こうして何年かぶりに外に出れたのも麗しの妹のおかげだ、感謝しないと」

「感謝してるっつーツラしてねえけどな。……仲、悪ぃんだな。深入りするつもりはねえけど、妹が殺されるっつーのに協力する姉って珍しいと思うぜ」


 入り口の扉は開け放たれたままで、階段を昇る前から中の様子が伺える。

 タキシードに黒いベスト、蝶ネクタイをしているのはディーラーだ。

 男女共にゲームボードの内側に立っており、ブロンドヘアに青い瞳、白い歯とため息が出る程の容姿とスタイル。



「入社試験とか厳しそうだね……」



 本気とも冗談ともとれる甲斐の発言に、誰も反応しなかった。



 中をうろつく客の合間を華麗にすり抜けるのは黒い猫耳と左右に揺れる長い尾、手足は猫足といった出で立ちの女性達だ。

 皆肉球の上に銀のトレイを載せており、その上には飲み残しの入ったカクテルグラスやこれから届けに行くらしいオリーブの詰まったグラスなどが入っている。


 服と呼べるかは微妙だが、ティ―バックにその前部分には黒のバタフライ、胸の部分は細い鎖が二重に巻き付いており、赤い首輪に付いた金の大きな鈴が歩く度に揺れる胸に押されて鳴っている。

 外側にはねている黒髪は耳より少し下と、皆揃いも揃って同じ容姿だった。



「バニーちゃんじゃなくて黒猫ちゃんなんだ……って、見て! おしり丸見え! ノア! ノア!」

「バニーだと!? それもいいな、見た事ねえけど!」


 興奮した甲斐はノアを手招きした。

 そしてノアも最も話が分かりそうな甲斐に笑いかける。


「あれ、ラブキャットってんだ! バストサイズはF以上! だが脂肪があるのはそこだけだぜ! 見ろあの長ぇ手足! あの華奢な腰! ケツも締まってていいんだが……なあ……」

「え……何がダメなの?」

「あいつらの顔がなあ……。目ぇ見てみろよ、完全にネコだろ。目だけじゃねえんだよ……なんか怖くてなあ……。ああやって化けて無きゃあまだ可愛いんだぜ。ああ、ほらアレだ」



 客に飲まされたのか、入り口の隅の方でうずくまっている黒猫は成体にしては二回り以上大きく、首には赤い首輪が付いている。



 上下する尻尾の下には太い鎖が二本、鎖が落ちていた。



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