第二百五十八話 親玉見つけた
「これより、我らW.S.M.Cは大掛かりな計画を遂行する!」
ミーティングルームに集められたのは拠点にいる面々だった。
アージェントは甲斐とシェアトが民間警察へ出稼ぎへ行っていた間に、遠方でのスパイ調査に出たっきり帰って来ない。
彼を抜かした全員はチームリーダーであるシルキーの声に適当な返事をした。
「……一大任務だというのに、何だその返事は……」
開始早々、シルキーのこめかみに青筋が浮かぶ。
「だってよぉ、たかだか一人の女を捕まえるだけでW.S.M.Cオールスターとか……。他の任務受けて数こなしてる方が金になるんじゃねえのぉ?」
テーブルに足を乗せ、椅子を揺らしているのはノアだ。
「ノア、中尉がこの依頼を受けたのはきっと僕らが幾つもの任務をこなすよりもこっちの方が金になるからだよ。きっと何か国からかの共同依頼のはずだ。『生け捕り』って指定さえ無ければ最高なんだけどね」
ぎらつく瞳と残念そうな声を堪えきれていないネオがシルキーに睨まれ、両手を上げた。
「皆……とうとうアージェントの存在を忘れてしまったんですか? 可哀想に、私は覚えていますよ」
「おお、そういやいたね。今は何処でなにしてるやら」
ギャスパーと甲斐がさりげなく会話を始めた。
こうなればシルキーも怒鳴らずにはいられない。
「話を聞けないならここから出て行け! 分かってるのか? 失敗は許されないんだぞ!」
頬を紅潮させて怒鳴るシルキーの声は上ずっていた。
黙って聞いていたシェアトも苦笑いを浮かべる。
「分かった、分かったよおチビ! 頼むから俺達をオトリになんかしないでくれよ!」
これ以上からかうとシルキーが面倒なことを誰より知っているノアが真面目そうな顔を繕う。
「囮にするぐらいなら、ノアの首を両手で持って献上した方が仲良くなれそうな相手だ」
ふん、と鼻を鳴らしたシルキーが少しだけ落ち着きを取り戻した矢先に甲斐がワクワクした表情で挙手をし出した。
「はいはーい! はーい! ……あっぶな! なんで!? なんで雷落としたの!?」
腕を目一杯伸ばして挙手をした甲斐に向けて一直線に雷が落ちる。
咄嗟に甲斐はミーティングテーブルを蹴って椅子を下がらせて避ける。
キャスターの付いた椅子で無ければ間に合わなかっただろう。
「避雷針のつもりかと思った……違うのか?」
「あたしの知ってる避雷針って立候補制じゃないんだけど……。あのー今回の相手ってそんなに手ごわいんスか? こんな大掛かりなのに生け捕り指定とか……」
「それもこれから説明する。よく聞け。俺達が今まで手を焼かされてきた『後付け』野郎共の母を見つけた」
意味ありげに発表したシルキーに、甲斐はきょとんとした顔をしている。
しかしノアは食いついた。
思わず状態を起こし、手を叩く。
「マジかよ! つーか、あんだけいた奴らの親玉って一人だったのか!?」
「後付けヤロー? 言い訳ばっかしてくる人なんていた?」
「……元々魔法を使えない、適合者じゃない一般人が魔力を体にねじ込んで適合者のように魔法を使えるようになる事だよ。ほら、前にいたでしょ。光に包まれて丸められた男の人」
「ああ! シェアトがゲロゲロしてたあの時か! なんかネオネオも後付けどうたら言ってたもんね」
ネオが甲斐に助言をしていると、それももうアウトのようだ。
「そんなに喋りたいなら任務を外れて二人でティータイムでもしてたらあ!?」
「シルキーさんチョーピリピリしてるぅ! やだぁ~こわぁい!」
「……手土産の生首に付けるリボンはピンクで良さそうだな」
本当に甲斐を追い出しかねないとノアは自分にシルキーの注意を引き付ける。
引きつったシルキーの笑顔は今にも崩壊しそうだ。
「……それで、ああ、クソどこまで話したっけ……」
「そもそも後付けが人体に及ぼす影響とリスク、そして社会の安全を脅かす存在に成り得る事から全世界で禁止されているという認識確認。そして今はこれまでに任務で出会った後付けされた者達のリストと、彼らが後付けされたであろう時期の特定結果をヴァルゲインターに作ってもらったという話でした」
すらすらと要点を述べ、シルキーを助けたのは今まで沈黙を貫いていたシェアトだった。
ミーティングルームに沈黙が流れる。
それはシェアトにしては妙に落ち着いた言い方だったからでもあるし、『尋問』以来シェアトが初めて皆に向けて発言したからでもある。
「……えっ、死体って回収してたの!? そ、それらはどこに!? ……ハッ……! あたし達の日々の食卓に彼らは存在していたのです……!?」
「ば、ば、バカ野郎! 違う意味で泣く子も黙る部隊じゃねえか! 違ぇよ!」
耐え切れずにノアが甲斐に突っ込みを入れたが、すぐにシルキーの鋭い視線に気が付き正しい説明を添える。
「細胞一つで分析したり、とにかくアイツは優秀なんだ! 話してるだけで唾液も飛ぶし、そいつの血液でも分析できるからな! だろ!? シルキー!」
「……ああ、そいつらに後付けを施した医者はこれまで特定が難しかったが、今回の闇医者達のおかげでようやく見つかった。闇医者達を育て上げたのはたった一人の女だった。後付けを行えるのも、闇医者共が知る限りではこの女以外いないというから面白い」
これまで何度か甲斐も対峙してきた『後付け』を行った人々。
彼らに『後付け』を行った医師は皆違えど、医師の親は同じだという。
「へぇ、そんな優秀なお医者さんを捕まえに行くんだ。スカウト用の名刺も持って行くべきかな」
冗談を交えたネオはどこかシルキーの沸点を試しているようにも見える。
「その必要は無いが注意点がある。今回、この任務には同行者がいる。というのも、恐らく標的となる女は警戒心が強いはずだ。だからこそこれまで逃げ延びてこれたんだろう。拠点を抑えてはいるが、先日の闇医者三名一斉検挙の話は耳に入っているだろう。上手く姿をくらまされては敵わん」
「同行者あ? おいおいおいおい……勘弁してくれよ……。生け捕りすんのに余計なヤツと一緒に行動だあ? ボーナスでも出なきゃやってらんねえって」
不満を口にしたノアは本当に嫌なのだろう。
「この同行本人の希望でもあるが、これは確実に任務を遂行する為に必要なものだと中尉も判断した。同行者は標的の姉だ。単純な手法で上手くいくとは思っていないが、僅かでも成功の可能性が上がるのならば使いたいと思う」
「へえ、確かにお姉さんの前で殺す訳にはいかないよね」
つまらなそうにネオは爪の甘皮を剥きながら言う。
制限のある任務はネオにとって興味の対象外だ。
「いや、それについては了承を得ている。ただ、殺す前に洗いざらい話してもらう必要があるから生け捕りにした後、『尋問』にかけることも了承済みだ」
「……お優しいお姉さまですこと……」
それ以上の言葉は甲斐には浮かばなかった。
「……本当、素敵な姉妹ですね」
ギャスパーも少し引いているようだ。
珍しく甲斐の言葉に便乗した。
「で、どこで落ち合うんだ? 作戦立てても素人一緒なんじゃあどうしようもねえな」
肩をすくめてノアがめんどくさそうに言うとシルキーはにやりと口元を上げた。
「だからこそ、今回はチームリーダーである僕の言う事を聞いてもらう。傍受される恐れがあるので通信関係はいつも通り不使用だが、離れたら臨機応変に対応しろ。同行者は拠点にいる。挨拶は不要だが……」
そこでシルキーが言葉を止めると、皆の注目が集まった。
「凶暴だ」




