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第二十五話 クロスとブレイン

 本気で迷惑そうな顔をしているクロスはこの光景を誰かに見られる事を恐れているようだ。

 素早く纏わりつく甲斐を引き剥がすと周囲を見渡した。

 嬉しそうにペラペラと再会を喜ぶ言葉を口から垂れ流している彼女の言葉は恐らく一つもクロスの耳に入ってはいないだろう。


 クロスは兄であるシェアトと同じような身長だが、細身だ。

 肉体派のシェアトと違い、知的なクロスはネイビーのスーツが良く似合っている。

 黒髪は癖毛で遊んでいる毛先があちらこちらで柔らかく弧を描いていた。

 声は低く、落とすように話す落ち着いた口調、そして緩やかな仕草からは十七歳らしさは見受けられない。

 灰色の瞳は眠たげな印象ではある開き方で、普段からあまり表情に変化は無い。


「前から思ってましたけど、ほんっっとうにどこにでもいるんですね。まるでハエのようだ。ああ、でもまだ成長途中か……ウジ……ウジ虫……かな?」

「会って二言目にまさかのウジ虫認定だよチクショウ!」


 この毒舌も学生時代から変わっていない。

 クロスは妙に甲斐に辛辣だ。


「……そして僕は犯罪者と仲良くする気は無いのでさようなら。来世では良い人間に生まれ変われるといいですね、では」

「あらあら~! 犯罪者じゃないならあたし達がベストフレンドになるのになんの問題も無いって事ね! よく見てよく見て! ほらほらあたしのこの制服、見覚えない? ん?」



 まじまじと頭一つ分背が低い甲斐を見下ろしてぼそりと言う。



「警官から身ぐるみ剥がして奪ったんですか? ……流石パワータイプ……」

「違うなあー! どうあがいても絶望なの? あたし、今民警の婦警さんなんだよ! カッコいいでしょ!」

 

 両手を腰にあててえばりくさる甲斐にクロスは首を何度も横に振って、目の前の現実をかき消そうとしている。


「うわあ……うわあ……。もう民警も地に落ちたな……。まあ精々人目に触れないように日陰で生きて下さい」

「なんで!? もうクロスちゃん相変わらず意味不明だなあ! クロスちゃんって何しに来たの?」


 甲斐の質問に答えるべきか否かと迷っていると、クロスの視線の方向であり、甲斐の背後からシェアトがひょっこり現れた。


「カイ! さっきから誰と話してんだ!? ……信じらんねぇ……。寝不足で見たくもねぇ幻覚まで見えやがる……!」

「僕も今見たくもない兄の姿が見えてますが、消えるのは貴方の方ですよ。幻覚かどうか確かめる為に一回殴ってみようそうしよう」

「殴るにしてもそんなに腕を強化しなくてもいいんじゃ……! クロスちゃん、シェアトも一緒に民警に来てるんだよ。お兄ちゃんが警官とかカッコいいね!」

「……ハンッ!」


 クロスは首を斜めに傾げ、強く鼻で笑うとそのまま歩き出した。

 寝起きのシェアトは髪をどうにか後ろに撫で付けながら、クロスを追う甲斐を追いかける。


「ねーねー、どこ行くの? 何しに来たの? 帰っちゃうの? ねーってばー」

「関係無いでしょう……。それに僕はブレインさんに会いに来たんです」


 競歩の大会のように三人が頑なに走らずに足が地に着いた瞬間にすぐ前に出して歩き続け、風を感じる程に速度が出て来た。

 クロスがこのいわゆるパワータイプの二人に勝てるはずがない。

 ちょうど左右に道が繋がっている地点に差し掛かった時、クロスが急ブレーキをかけたので止まり切れずに甲斐はよろけ、その後ろからシェアトが突っ込んだ。




「そんなに急ぐと危ないよ、私に用かな?」




 手の平を見せるように両手を前に出し、柔らかな笑顔でクロスを出迎えたのはブレインだった。

 突然の事だったがクロスはすぐに性格を切り替えてビジネス用の顔になる。


「……私は観測機関のクロス・セラフィムです。先日は直々に観測機関へ依頼を上げて下さり光栄です。突然来社してしまい申し訳ございません、アポイントを取りたかったのですが多忙の為予定が見えないと言われまして……」


 クロスが胸元にかざした手の上には社員証明書が顔写真付きでゆっくりと回転していた。

 ほんの一瞬、それに目を通すとブレインはすぐに長官室へとクロスを通した。

 空腹が限界に来ていた甲斐の腹が鳴ったが、ブレインが二人へ付いて来るように目配せをしたのでどうやら朝食は遠のいたらしい。
















「お忙しい中、出向いて頂いて申し訳ない。本来こちらから行かなければならないのですが……」

「いえ、お構いなく。私は新人ですので。……ご依頼頂いた七件を審議したところ、六件は残念ながら……」

「いやいや、防衛機関を通すような大きい案件でもないがこちらの捜査では時間が掛かり過ぎるからダメ元で頼んでみただけなんです。……それなのに、一件承認が下りただけでも非常に助かります」



 一体どういう話になっているのか分からないまま、甲斐とシェアトはブレインの後ろに立っていた。

 手を後ろに組んでいるシェアトと、手を前で組んでいる甲斐と対面しているクロスは仕事中という事もあってか絶対に見ようとしない。



「では、こちらが調査結果になります。魔法動物密売人として容疑が上がっているアニマ・キャッスルですね。現在、南アフリカで商材の捕獲中といった所でしょうか。地点はこちらです」

「うっわ顔汚な! アニマさんこそでかいネズミみたいだけど……あ、続けて続けて」


 差し出された書類についていたアニマの顔写真は大きい二本の前歯は黄ばんでおり、頭は耳の上にだけ髪の毛がまばらに残っている。

 印象的なのは黒目が大きく、どこかネズミのような顔つきをしていた。

 ぎょろぎょろとせわしなく黒目を動かし、しまいには歯の間に爪を入れて何かを掻きだそうとしている。


「カイちゃんとシェアト君、じゃあ頼めるかな?容疑は魔法動物密輸だね。恐らく複数の人間が関係しているだろうから、上手くやって入り込んで拠点を抑えるんだ。出来る限り民警だってばれないようにしてね」

「ほいほーい!」

「りょーかい、っと」



 少しの間の後、クロスが本気で驚いて立ち上がった。



「えっ……!? あ、いえ……。こ、この二人が出るんですか?」

「ん? そうだよ、中々優秀なんだ。彼らは息も合ってるしいい人材だよ、このまま民警で働いてくれたらいいんだけどね。ああ……そうか、君もセラフィムだったね。シェアト君の弟さんかい?」

「そう……です、まあきっと取り違えとかその辺の間違いだと思ってますが」

「ははは、こんなに二人とも似てるんだ。そんな事は無いと思うけどね……。……あれ、何か悪い事言っちゃった?」


 さっとクロスの顔色が悪くなった。 

 心なしか震えているようにも見える。


「じゃあオニイチャンは頑張って来るとするかな! ご協力ありがとよ」

「じゃあねクロスちゃん。また遊びにおいでよ!」

「遊びじゃなくて仕事で来てるんです!」


 むきになって言い返した時にこの場には取引先の代表であるブレインがいる事を思い出したようだ。

 慌てて笑顔を貼り付けて握手を求め、精一杯の誠意を並べる。


「……あっ、失礼しましたブレインさん。お会いできて光栄でした。また何かご協力できる事があれば私に仰って下さい。出来る限り審査を進めるように協力します」

「若きエースに期待させてもらいます。本当にありがとう」


 実の兄とトラブルメーカーの甲斐が二人もブレインの世話になっていると知り、クロスの態度が軟化した。

 結果として観測機関に人物の所在特定を頼みやすくなったブレインは上機嫌だった。

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