第二百五十六話 闇医者の末路
甲斐とネオが闇医者の女性を拘束して拠点に戻った時には、他の隊員達は皆戻り、ロビーに集結していた。
目隠しと拘束をされた闇医者達が中央に集められ、座っていた。
これで二人一組で出動した甲斐とネオの一組を含む三組全員が揃った。
捕えた三名の闇医者全員をノアが背中合わせにしてロビーに座らせる。
シルキーと組んだノアは笑いをかみ殺す為か下唇を噛み千切らんばかりに噛み締めていた。
何を見ているのかと甲斐が視線を追うとそこにはノアの隣で腕組みをしながら舌打ちを乱発している女性……ではなく、シルキーがいた。
普段と違うのは彼の小さく整った愛らしい顔には魅力が良く映える化粧を施され、ウィッグなのか金色よりも柔らかな色合いの地毛によく合う髪がさらりと伸びている。
エメラルドグリーンのワンピースは上品でとてもよく似合っていた。
顔半分の火傷痕を施術理由にしたらしく、それをサイドの髪の毛で隠すようなセットにされている。
頭に乗せられていただろう、足元にはドレスと同じ色のリボン付きの帽子が落ちており、編み上げブーツで踏みにじった跡が残っていた。
「うっわ、超美少女! と思ったらシルキーさん! マジ似合いますね! てっきりノアがさらって来たのかと思った!」
「うわあ、超ブス! と思ったらお前か。何着ても似合わないね。暴力的だから足は仕舞ってくれない?見たくない」
シェアトとギャスパーのコンビは隣り合って立っているものの、シェアトが見ればギャスパーが目を逸らし、ギャスパーが見ればシェアトがそっぽを向くという不思議な関係が構築されていた。
「全員帰還か。ご苦労」
全員が敬礼をする中、甲斐だけがへらへらと笑ったまま軽く頭を下げたので即座にネオに右手を掴んで敬礼をさせられた。
ダイナは身動き一つ取れぬ医者達の周りを靴音を響かせながらゆっくりと回る。
「……連れて来られた愚かな者達よ、これより先の時間は人生で最もきついものとなるだろう。信じる物があるなら祈れ、自信があるなら覚悟を決めよ! そして誓え! 我らに縋らず、媚びぬ事を! これは決して脅しではない。二度とここからは出られん。安らかに眠るか、地獄を先に体験するか、選ぶが良い」
回りながらダイナは隊員全員の顔を見た。
そして言い終わると目を閉じ、去った。
ノアとネオの手により、一人目の痩せこけている無精ひげの生えた男が連れられて行く。
抵抗しようにも体格の良いノアと、拘束魔法を巧みに扱うネオに挟まれては無力同然だ。
その隙に歪んだ笑いを浮かべて甲斐達の連れて来たドクターの前にしゃがみ込んだシルキーはとても楽しそうだった。
「ショータイムの始まりだ。最初が良かったか? まあまあ、まずはゆっくりしろよ。耳を塞ぐ手も使えないからなぁ。上映中はお静かに、だ」
ふぅ、と何も見えていないドクターの耳元へ息を吹きかけるとがちがちと歯を鳴らして震え上がっている。
シルキーのストレス発散法は非常に陰湿だった。
一方で甲斐は連れて帰ってきたこの闇医者たちがここから出られない事に驚いていた。
ダイナまでもが姿を現し、ただ事ではない雰囲気はなんとか感じ取っているようだが全く状況が飲み込めていない。
「あれ……? これってマジで脅しじゃなくて……皆帰れない感じ? うちで働くの? ヴァルちゃんいびり倒しそうだけど大丈夫?」
隣にいるネオにそっと聞いてみると、ネオは困ったように眉を下げた。
「やっぱりちゃんと任務の内容を読んでなかったんだね。彼らは彼らのネットワークがあると踏んでいたんだけど、二人一組、計三組が同じ日、同じような時間帯に闇医者である彼らの予約が出来たという事は密なものじゃないでしょ? でも拠点の動きはどこも似ているから、困った時に使える同業者の連絡帳はあるはずだから……」
ネオの丁寧な説明が余計に甲斐の混乱を悪化させ始めた時、シルキーが離れたことで退屈になったノアがネオの続きを奪う。
「その在処はきっと厳重に隠してるか、こいつらの頭ン中だろ! だったら吐かせちまえば早ぇってこった! それにこいつらは医者になる為の学校なんざ行ってた経歴もないらしいしな! 誰かがこいつらにご丁寧に勉強させたんだろ。その親玉を俺達がぶっ倒すのが最終目標だ!」
「あーあ、僕がカイちゃんに聞かれたのに」
そう言ってネオはノアの顔を見た。
ノアはその表情からどうやら『良からぬもの』を感じ取ったらしい。
口を真一文字に結び、続きをネオに譲った。
「でね、その教祖様がまだ生きているなら他にもこの闇医者の卵がいるだろうし、卵を孵されても困る。でも民警じゃあ制約や人権問題が多くて手荒な真似が出来ないでしょう?」
「そ・こ・で俺達の出番ってワケだ! どの国にも属してねえ分自由も利くし、国ごとの協議で依頼してきてるんだから責められる筋合いもねえ! 表立ってヒーローにゃあなれねえがな!」
再び割り込んだノアの肩をネオが掴んだ。
勿論、変わらぬ笑顔で。
「……もう黙る」
突然、奥から凄まじい悲鳴が聞こえた。
何事かとシェアトが通路の先を覗く。
「始まりましたね。いやあ、いつぶりでしょう。腕の見せ所です」
欠伸混じりにギャスパーは呟いた。
「おい、これ、なんだよ。どこで何してんだ!?」
シェアトが分かる者は誰かと視線を動かす。
ギャスパーだけは見ないようにしていたはずだが、彼が答えた。
「あくまで我々は見張り役です、目を離さないように。審判を下すのは我らが女神ですよ」
「あ、あたしい!? 誤解だって! あたしなんにもしてないよ!?」
この中で唯一の女性隊員という事もあり、甲斐が両手を振って否定する。
「……そっちこそ誤解です。貴女が人体構造やどこをどの程度いじればどうなるかが分かっているとは思えません。ここでイキイキと働いてくれている女性はもう一人います。もっとも、普段とは違う形で……ですが」
甲斐とシェアトがその人物を思い描いたのは同時だっただろう。
口にしたのはシェアトが先だった。
「……ヴァルゲインター……!」
壁を拳で殴り、目をぎらつかせたシェアトが飛び出す前にギャスパーが足を引っかけて転ばせた。
「何処へ行くんです? 任務はまだ終わっていませんよ。それとも、今更汚れ仕事が嫌だなんて泣き言を?」
シェアトは起き上がらなかった。
男性とは思えない金切り声が響く中、震えているのは罰を待つ罪人と自分が信じた正義の実態を見せつけられた影の英雄の一人だった。
甲斐は事実を受け入れながらも、ドクター含めもう一名の医者の事を案じた。
「これって治癒室スプラッタ?」
「覗きたい? 残念だけど諦めてね」
クスリ、とネオが笑う。
「おうおう、ワン公大丈夫かあ? ……ま、こんな事も俺達の業務範囲だ」
ノアの声に誰も、何も、言わなかった。
長い夜は始まったばかりだ。




